もう一度妻をおとすレシピ /戦艦大和のオムライス ノート20150306
三月、とある日曜日。
ありあけ月の光はおぼろげで、彼方にある越後山脈が薄桃色にかすんで見えます。白鳥もそろそろシベリアに帰り支度というところでしょうか、しばらくしたらオーストラリア界隈の燕が入れ替わりで飛んでくるかもしれません。
街路を往来する人はまだまばら。柔らかくなった空気を楽しみながら、肩を並べ、奥方とゆくあなたは、ちょっとした陰謀をめぐらしているのでありました。
――そうだ。オムライスをつくろう!
旬の料理とはまったく脈絡もない、どちらかといえばこれは昼のメニュー。しかし季節は嵐と共にライオンのごとく駆けてきて、羊のようにいつの間にかいなくなるというではありませんか。などとぶつぶつ意味不明のいいわけをつぶやきながら、散歩から帰るなり、あなたは厨房に飛び込みます。
さてさて。
目の前に並んでいるのはまな板・包丁・ボールに各種具材・調味料。
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バターを入れた汁鍋に鶏肉。賽の目に切った玉葱・人参。ほんの少しのサフラン。そこへ水で研いだ白米を入れて、火にかけ、ちょいと煎ります。これに、コンソメを溶かした湯を加え、リゾットの要領で少し芯を硬くして焚きあげましょう。そしてできあがるのがチキンライス。
チキンライスができるまでの間に、卵をかき混ぜオムレットをつくらねばなりません。
一人に対し卵二個、二人分で四個をボールにおとし、塩・胡椒を加え、かく絆。
まずは一人分を仕上げてみましょう。
フライパンでバターを溶かし、ボールの溶き卵を流しこみ、半熟状態のそれを木葉形に拡げて、軽く包み込みます。
お皿に盛って、デミグラードソースをかけてやり、缶詰の塩ゆでグリンピースをまいてやればできあがり。
同じ要領でもう一皿。
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では……。
沸騰したケトルの湯をダージリンの葉が入ったポットに注ぎ、カップに注いだところで、奥方を呼んでやりましょう。カップの紅茶にジャムを加え、強引に、春を演出。
隣の部屋のドアが開き、奥方が入ってきます。
「あらロシアンティーね」
そこでこういってさしあげるのです。
「――苺のように、いつまでもキュートだけれども、酸味が案外と爽やかな君を思い描いてつくってみたんだ」
「まあ」
ポッ。
これで、あなたの奥方は、イ・チ・コ・ロ♫
了
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第二次世界大戦のときに撃沈された旧日本戦艦武蔵を深海一千メートルのところで、マイクロソフト社の共同創業者ポール・アレン氏が、三月二日に、太平洋・レイテ島沖で発見して下さったのこと。氏が艦の乗組員に捧げたように黙祷。姉妹艦である大和の艦内食堂レシピを添えることとします。……実は、武蔵が沈没したとき、たまたま私の親族も乗っており、脱出し、燃えている重油漂う海面を避けて潜水遊泳。やがて木材につかまって、数日間漂流し、味方艦艇に救助されたとのこと。
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引用・参考文献/平間洋一・高森直史・齋藤義朗『絶品海軍グルメ物語――海の男の艦隊料理』新人物往来社2010年
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