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もう一度妻をおとすレシピ 第5冊  作者: 奄美剣星(旧・狼皮のスイーツマン)
チャーチル・ノート
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チャーチル・ノート/002 受験

 チャーチルは、サンドハースト士官学校受験に二度落ちた。受験科目のうち、ラテン語・フランス語・国語・数学・化学の五科目を選択。このうちラテン語と数学は必須科目で他は選択科目だった。

 ラテン語は死語だという持論があってやる気が湧かず捨てた。数学は苦手だったが、ラテン語のような死者の言語じゃなく、少年の冒険心をくすぐる工学・天文学へと道を開く学門という感覚がありまだ光明がさしている。さらにH・P・メイヨー先生の特訓により六か月で修得することになった。これがチャーチルに攻略できないものはないという自信を与えたのだと思う。

 第一回試験では二千五百点満点のうち五百点だったものが、第二回試験では二千点にまで飛躍的に伸びた。

 いくら苦手だとはいっても、第一回試験次点で、十進法・分数は理解している。そこから六か月間に、『不思議の国アリス」の世界だと彼がいうところの二次方程式、指数、二項定理。〝悪竜の巣窟〟というところの微分学。響きは良いが峻厳な山岳地帯をくねる〝回廊〟みたいなというところのサイン・コサインとゆく。

 チャーチルは、「数学は(※一八九四年、士官学校を卒業した十九歳のときに)永久に決別した」と自著『わが半生』で述べている。

 第三回試験に落ちると受験資格を失うので、ハロー校を退学して、クロムウェル・ロードにあった予備校にゆくことになった。講師にはジェイムズ大尉がいて、試験官が作成する受験問題を分析して、傾向と対策を効率よく伝授してくれた。

 この予備校に通っていた時期に、父親ランドルフ・チャーチルの姉にあたるレディー・ウィムボーンが所有するウィムボーン付近の別荘で、ランドルフ一家が過ごしていた際、ウィストン・チャーチルは従兄や弟と兵隊ごっこをしているとき、吊り橋から落ちて瀕死の重傷を負うものの、奇跡的に命をとりとめる。そして、病院のベッドで受験勉強をして、難関を突破することになる。

 ここで。

 試験官がだす数学試験の嗜好についてのチャーチルの感想が面白かったので紹介しておく。

 その後、試験官の任命までするようになったチャーチルは、試験官について尊敬するが、他人の人生を左右するほどの大役を演じる者はないとした上で、彼の人生哲学における持論・自由意志と宿命が同質のものだとしている。

「私は昔から蝶が好きだ。ウガンダへ行ったとき、非常に美しい蝶を見たことがあるが、その蝶の羽の色は見る角度によって濃い朽葉色から、輝かしい瑠璃色に変化ずる。またブラジルにも周知の如く、これと同種類の蝶で、形もいっそう大きくまた色彩ももっと鮮明なのがいる。その対照はまったく極端。これほど極端に色の効果が対向するとはほとんど考えられないくらい。それでいて同じ蝶なのだ。この蝶が『事実』バッとひらめき輝き、瞬時太陽に向けて拡げて休むかと思えば、もう森の陰深く消え去るのである」

 ――という比喩をつかい、青年層を対象とした読者を励ます。そしてこう続ける。

「君が自由意志を信ずるともあるいは宿命説を信ずるとも、それは(※神の?)御心任せだが、すべては君が、すべて羽の色を、しばし瞥見することいかんによるものだと思う――そして、それは実は少なくとも同時に二色なのだ」

 ここで脱線。

 チャーチルがみた蝶はなんだろうか。

 ――私はタテハチョウ科モルフォチョウ属のものだと考える。

 タテハチョウは熱帯に多く生息する大型のもので、そのなかでこの人が描写するのと同じタイプの南米産モルフォチョウというのがいる。……そして、紹介例は少ないがアフリカモルフォ蝶というものもいるらしい。

 モルフォチョウは、大変美しい絶滅が危惧される希少種であるため、ワシントン条約により輸出入に制限がかかっている。

     * 

 晴れて入学を果たした士官学校。

 果たしてチャーチル青年はどんな授業を受けていたのだろうか。

 戦術、築城、測量(地形学)、軍法、軍政。このほか、教練、体操、乗馬。

 ウィストン・チャーチルの伝記を書いた歴史家は、父親ランドルフ卿は、息子とのコミュネケーションが不足していると書いているのだが、親孝行な息子は、なにかと鬱病を患った父親をもちあげる。

 卿は、本屋のペイン氏に命じて、息子が必要だという書籍をどんどん彼の宿舎に送らせた。窮乏化してゆく家計のなかで、馬を買うことはできず、馬術練習場では馬を借りた。

 チャーチルはいう。

「競馬をやって身を滅ぼす人はいくらでもいるが、乗馬をやって破産した人というのはきいたことがない。――子女には金をやるな。馬をやれ」と。

 チャーチルは、士官候補生になって、父親のお供をして帝国劇場にはじめていった。ロスチャイルド家のパーティーにも出席した。

 庭に兎がでてきたとき、父親の書斎の近くに逃げ込んだところを猟銃で仕留めた。

 このとき、ランドルフ卿はカンカンに怒って庭に飛び出してきたのだが、銃を持って縮み上がった息子の顔をみて、帝国軍人が銃を好むのはよいことだ。――といって、いままでにないほど長く話し込んだ。

 そんな父親は最晩年になってから、息子とよく話すようになったのだ。

 一八九四年、息子の士官学校時代に、サー・ランドルフ・チャーチルは永眠する。「いい馬は買えたか」と息子にいい残して。

     *

 ウィストン・チャーチルの士官学校時代の思い出の一つに教官・ボール少佐のことが綴られている。サンドハースト校の士官候補生たちは、ウェールズ連隊に所属していて、少佐が中隊長になっている。少佐は強面で几帳面、やることなすこと完璧だ。――士官候補生たちは教官を恐れ、その人には叱られないよう、縮あがって行動したものだ。

 チャーチルが、休暇日、オルダーショット基地にいる友人に会いにゆこうと、二頭立ての馬車〝ダンデム〟を借りてでかけてゆくとき、外出届をだすのを忘れてしまった。

 しかしまだ早朝で、少佐の出勤時間にはまだ間がある。

 ところがだ。戻ろうとしたとき、教官の馬車とすれ違ってしまったのだ。

 もしかしたら、少佐はまだ外出届をみていないかもしれない。一か八か、外出届のノートにサインしてしまおうと開いてみた。するとだ、なんと自分の名前が書いてあったではないか。――少佐が書きこんでくれたのだ。

 部下の心をつかむのはけっきょくのところ情けだ、とチャーチルは感慨深く思った。

 もちろん、この人は同じ過ちをおかさなくなったということはいうまでもない。

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