紀行・舞鶴/東郷邸(日本海海戦の提督官邸)
俗にいう東郷邸。
正式名称を海上自衛隊舞鶴地方総監部会議所といい、旧称を舞鶴鎮守府総監官邸といった。
初代鎮守府初代司令長官が、当時中将だった東郷平八郎で、十月一日に着任し、一九〇三年(明治三六年)に連合艦隊司令長官になるまで過ごした。以降は歴代鎮守府司令長官の官邸として使用され、戦後は、自衛隊の会議所となり、現在もつかわれている。二〇一五年現在、毎月第一日曜日に一般開放されている。私が前日にここを訪れたとき、会議が行われており、門前には警護の自衛官二人が立っていた。公開日当日は気さくな係員が、ジョークを飛ばしながら、来訪者の質問に応じていた。
一九〇一年(明治三四年)、鎮守府開庁に合わせて造られた木造平屋の和洋折衷建築である。下の写真に示すように、明治時代、文明開化をあらわす洋風建築と、伝統的な書院造りの和風建築を結合したもので、皇族・貴族・政財界といった要人たちの邸宅はこんな感じのものが多かった。実に日本的な発想でつくられている。おもてなし空間「ハレ」の場が洋風、慣れ親しんだプライベート空間「ケ」の場が和風というわけだ。
和風庭園の縁側に近いあたりは白砂が敷かれてよく掃かれ、奥は「一心池」と呼ばれる池が穿たれている。洋風棟内部ベランダ部分が資料展示室となり、応接室が現在でも海上自衛隊幹部の会議につかわれている。
司馬遼太郎の小説でNHKがドラマ化した『坂の上の雲』が記すごとく、一九〇五年(明治三八年)、東郷は日本海海戦において、ロシア・バルチック艦隊を撃破し、その勲功で元帥号と伯爵号を受けることになるのは周知のことだ。
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正門
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和風の玄関
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洋室棟外観
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和室棟外観
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日本庭園
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洋室ベランダ
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洋室・応接室
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和室・床間
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和室・居間
『もう一度妻をおとすレシピ』稿了です。またしてもただの取材ノートにしてしまったのではりますが、それにもかかわらず、ご高覧くださいました皆様には深く御礼申し上げます。