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もう一度妻をおとすレシピ 第5冊  作者: 奄美剣星(旧・狼皮のスイーツマン)
散文
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随筆/歌劇トゥーランドットみた ノート20141212

 ――トゥーランドットって?

 フィギア・スケートの荒川静香が、二〇〇六年のトリノ・オリンピックで金メダルをとったときに流れていた曲で記憶に残っていた。オペラ? それにしてもそれって美味しいの?

 程度の認識だった。

.

 二〇一四年夏。

 いきつけの図書館が駅前ビルに収まっている。借りた本を小脇に抱え、地下駐車場に降りる途中、吹き抜けになった二階から下をのぞくと、フラダンス・コンテストが行われていた。

「で、奄美さん、パンツみえた?」

 ふん、俗物どもめ。腰蓑は中がみえない構造。そういう愚問を私に振らないように。

 そんなことはどうでもいい。

 エスカレーターを降りてゆくと、女子高生と思われるグーループが次から次へと演じている様子で、買い物客に混じって、通路を行き来してゆく。生鮮品を扱っている店の横にあるホールを通り抜けるとき、ふと、壁際に催し者のチラシがあった。

 ウクライナ国立歌劇場キエフ・オペラ……『トゥーランドット』。

 ふーむ。

.

 ヒロイン……中国の王女トゥーランドット

 相手役男性……亡国の王子カラフ

.

 ――な、なんじゃ、こりゃあ!

 私の中の妄想舞台に立つ松田勇作が、刑事ドラマ『太陽にほえろ』で伝説の殉職シーンを演じている。

 チラシの二人は、ポチャ系。

 いや、ポチャどころの話ではない。これでは海獣トドではないか!

 そこで家内がいった。

「あのさあ、オペラの場合って、声量が必要だからどうしても主役級のオペラ歌手さんってドラム型になっちゃうのよ」

 一番いい席の予約チケットを買ったら一人分が一万五千円とけっこう高い。

 仕事と家庭環境の制約で、一緒にいる時間というのが限られるため、たまには豪華に催し物をみにゆこうということになったわけだ。それに一生一度みれるかみれないかで、隅田川の花火大会をみるのに、東京―いわき間を特急電車で往復するよりも安上がりではないか。

 というわけで、昨夜二〇一四年十二月十一日、いわき市役所の横にある、いわきアリオスにいった。公演は十八時三十分。ホールの奥に舞台。すぐ下にオーケストラボックス。客席。壁際には四層からなるバルコニーがある。満席というわけではないが六・七割の席が埋まった状態だった。

 二階の中央席に座った。

 左に、はしゃいだおばさん二人組が少しうるさい。

 そのさらに左側に、開演前に入った劇場付属レストランで横の席にいた美女がいた。

 右のおとなしい紳士は寡黙で、オペラグラスで舞台をみていた(この人、通だね)

 プログラムを読むと物語は全三幕で構成されている。

 メインキャラであるトゥーランドット皇女(テチヤナ・アニシモヴァ)、カラフ王子(アンドリィ・ロマネンコ)、侍女リュー(オリハ・ナホルナ)、元ダッタン王ティムール(セルヒィ・マヘラ)、皇帝アルトウム(オレクサンドル・ジャチェンコ)のほかに、口上を述べる役人(イーゴリ・エフドケンコ)がおり、またピン・ポン・パンの三人組が掛け合いをやって物語のナレーターをやっている。

 昔あった「ピン・ポン・パン体操」というのはここからきていたのかと感心した。三人組は皇帝に仕える重臣たちで、ピンが大蔵大臣(ヘンナジーィ・ヴァシェンコ)、ポンが料理長(セルヒィー・パシューク)、パンが内大臣(パブロ・プリイマク)となっている。

.

 第一幕の舞台は明朝あたりと考えられる北京の皇城・紫禁城門前の広場だ。

 絶世の美女トゥーランドット皇女は氷点下世界・ツンドラ系だった。押し寄せる世界中の王子たちに、謎かけをして、問題が解けなかった王子たちを次から次へと処刑してゆくのだ。その日は、ペルシャの王子が処刑されるところだった。

 たまたま城門前の広場を通りかかった亡国ダッタンの王子カラフは、そこで、国を失って放浪中である父ティムールと、侍女のリューが群衆の中にいるのをみつけた。献身的なリューは盲目となった亡国の王が飢えそうなときには物乞いまでしていたという。

 「一目ぼれしたから皇女に求愛する」と、王子カラフは、父と侍女に告げた。

.

 第二幕の舞台は紫禁城の玉座の間。

 皇室の祖先に、ダッタン国によってさらわれた皇女がいた。その皇女を崇拝するトゥーランドットは男性不信とダッタン国嫌いの原因だ。

 他国の王子たちが解けなかった三つの質問を、つぎつぎと解いてゆく、挑戦者カラフ王子を廷臣たちもおもわず応援。皇女に叱責される。

 ついに全問正解となった。

 皇女の父親である皇帝アルトウムは、約束だから王子に嫁ぐべきだと諭す。

 しかしトラウマのある皇女は、自決せんとする勢いだ。気の毒に感じた王子は、

「逆に質問をだしますから、貴女が解いてくれませんか? 期限は明日の朝。私が勝ったら妻になってください。私は名前を名乗っていません。さて私はなんという名前でしょう」

 という。

. 

 第三幕は宮城の外苑の夜だ。

 例の荒川静香のフィギアのときのメロディーをカラフ王子が歌う。

 トゥーランドットが、

「北京の者どもよ、誰も寝てはならぬ。私が敗れたらおまえたちは皆殺しよ」

 という命令をだした。

 いい迷惑だ。

 民衆は、「好きなだけ美女をやるから、町から出て行ってくれ」と懇願したのだが、カラフ王子の心は揺るがない。

 半狂乱となった皇女が、盲目の廃王と侍女を捕えてきて、拷問を加え口を割らせようとする。

 侍女リューは、

「自分は王子を愛している。それゆえに口を閉じるために死にます」

 といって短剣で胸を突いて自死してしまう。

 ティムール王とリューの骸を担ぐ民衆が嘆き悲しみながら退場する。

 皇女はなにゆえに、侍女が、王子のために死んだのか。考えた。

 朝になった。

 王子は半ば強引に唇を奪った。

 皇女は、王子との勝負に敗けたというより、侍女が自分の死以上に王子を思いやる心「愛」というものを悟り、父皇帝に報告にゆく。

 第三幕冒頭のテーマソングが、出演者一同の大合唱でなされ、幕を閉じた。

 それから。

 四回幕が開いて、出演者一同の、御挨拶があった。

.

 映画というか名画というか、舞台がスクリーンのようでもあり、額に収まったキャンバスのようにもみえた。

 いやあ。よかった!

 空席が目についた客席だったのだが、通路からでてゆく客は、意外と多かった。

 階段を降りてゆくとき、満足しあるいは興奮する客たちの顔がみえた。

 家内も満足そうな顔だ。

「高いチケット代の価値はあったわ」

「しかしあの侍女リューはキュートでよかった」

「貴男のお気に入りね」

「そうそう。しかし素朴な疑問もある。……つまりアレだ。ふつう、あの『ツンデレ・トド』を射止めるために、カラフ王子は侍女リューを見殺しにしたのは頂けない。ここはやはり、父親と侍女リューを助けて故国に帰るのが人の道ではなかろうか? それで王国を再興し、中国に征服王朝をぶったてる!」

 クルっ。

 私のほうを振り向いたのは家内ばかりではなかった。

 階段を降りる人混みの熱気が一瞬凍りついた。

 ――えっ、皆さん、私、なにかいけないことをいいましたか?

     了 


 キエフ・オペラ(タラス・シェフチェンコ記念・ウクライナ国立歌劇場オペラ)『トゥーランドット』 作曲:G・プッチーニ、イタリア語上演、日本語字幕付き。指揮:ミコラ・ジャジューラ 管弦楽・合唱・バレエ:ウクライナ国立歌劇場管弦楽団・オペラ合唱団・バレエ団 /上演時間二時間五十分(休憩時間含む)第一幕三十五分、休憩二十分、第二幕四十五分、休憩三十分、第三幕三十五分


     ノート20141212

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