公民館
「何だったんだ……いったい」
ようやくある程度の事は分かってきた。
とはいえ、現実として受け入れるには、どうにも突飛すぎる。
彼等の言うことが全くの嘘っぱちではないことは、あの巨大笹寿司とおまつさんの能力を見れば分かる。何より俺は昨日、そのイーヴィルとかいう連中の手先を倒して……あれ? ってことは俺がリアルで『イナヅマン』だってのは、夢でも間違いでもないわけだよな……
だが、一向に『我が地域のサポートチーム』とやらから連絡がないのは何故なんだ?
あいつら、認識が無いだのレベルが低いだの言いたい放題言ってくれたが、そんなもん、説明されなきゃ分かるわけないだろ。
俺は猛然と腹が立ってきた。
おまつさんはたしかに俺好みの美人だが、その辺をきちっと理解させて、謝らせなければ気が済まない。
俺は通学用自転車に飛び乗ると、稲津町公民館、すなわちイナヅマンの本部基地へと向かった。
「え? 何コレ……」
国道×××号線を横目に、田植えが終わったばかりの水田地帯を抜けてやって来た稲津集落。
そのほぼ中心部にそびえているはずの、無駄に立派な公民館は……瓦礫の山と化していた。
突然、肩を叩かれて俺は我に返った。どうやら自転車に跨ったまま、数分間そこで固まっていたようだ。
人間、本当に驚いた時は、何も出来なくなるものらしい。
「堤君……来たのかね」
振り向くとそこには、見知った顔が立っていた。
企画打ち合わせからイベント作業まで、ずっとイナヅマンをプロデュースしてくれた公民館長だ。役所のOBらしいってことくらいしか知らないが、なにかと気を使ってくれる上に気前もいいので、俺も気安く話させてもらっていた。
「館長。これは一体どういうコトなんです!?」
館長は哀しげに頭を振ると、思いがけないことを言いだした。
「残念だ。伊志河県に続き、この腐杭県までもヤツらの手に落ちようとは……」
「ヤツらって……あの、悪魔みたいな連中のこと、やっぱ館長も知ってたんスか!? どうして、ヒーローの俺にそのこと、教えてくれなかったんス!? それに、手に落ちたって……俺はまだ負けてません!! むしろ昨夜は……」
「いや。腐杭のヒーローは既に負けたんだ」
「だから!! イナヅマンはまだ――――」
「イナヅマンは当地のヒーローでは、ないんだ」
は? 俺は館長の目を見たまま凝固した。
何言ってんだこの人。俺はご当地ヒーローとして選ばれたはずで、ずっとそのつもりで活動してきた。そりゃ、本物だなんて思ったことはないが、昨日は変身もしたし、武器も使えた。
何より、おまつさんもササズシも、おれを適格者と呼んでいたではないか。
「違うんだ。本当のヒーローは別にいた。だが、彼等はあまりにも一般ウケしないヒーローだったから、君に表の顔をやってもらっていたんだ」
「表……?」
「これが、当地の真ヒーロー……ヘレンボイジャーだ」
うわあ。何コレ。
館長がスマホに映し出した画像を見て、俺は全身に鳥肌が立つのを抑えられなかった。
そこに映っていたのは……五体の怪人、いや怪物の姿だったのだ。濁ったような緑に、黄土色のストライプ。全身がぬめったように光り、目も鼻も耳もない。口と思しき部分からは透明な粘液を垂らし、五人とも這いずるような姿勢からこちらを向いて……。
あ? コイツら!?
暗がりだったから、ディテールはよく覚えていないが、あまりにも似ている。
「あの……コイツら……いえ、この方達ってもしかして……」
「分かっている。君が……いや、君達が昨夜、倒したそうだね」
「まさか……彼等が本当のヒーロー?」
「そうだ。だが、気に病むことはない。あの時点で彼等は既に敗れ、ダークネスウェーブの尖兵と化していたのだから」
いやまあ、敵でも味方でも、キモイ事には変わりはないが。
申し訳程度に短い手足がついた、あまりに怪物じみたこの姿は……水田でよく見かけるヒルに雰囲気がよく似ていた。
「ヘレンボイジャー……ヘレンボって……まさか?」
ヘレンボ、とはこの辺の方言でヒルのことなのだ。
「そのまさかだ。吸血変神ヘレンボイジャー。彼等五人は、チスイビルの戦士だったのだ」
「どどっ……どうしてそんなもんをモチーフにッ!? デザイン変えればいいやないですかっ!?」
しかも吸血って……たしかにそんなもん、ヒーローとして表に出すことは出来ないだろう。
「そうか。君はまだ何も知らんのだったな。いいかね。何がモチーフになるかは、こちらで決めることは出来んのだ。ヤツらが境界面を越える時に破壊されたこちらのモノが再構成される際に、周囲の生物や器物、場合によっては人間にまでも取り憑き、その敵に対応した強力な戦士を産み出す……それがご当地ヒーローなのだよ」
「へ? でも、俺のイナヅマンは……」
「たしかに君がデザインした。それは間違いないのだが、あの烈空装甲の基本機能は、ヘレンボイジャーの乗機である、サワガニーのコピーなのだ」
「さ……サワガニ?」
サワガニってアレか? あの、山の方で谷川の石ひっくり返すといる、あの小さいカニのことか?
「うむ。サワガニーを立花君が複製し、君のデザインしたスーツに、その機能を付加した。だから大した攻撃力は持たないし、防御力も無いに等しい。無力、というわけではないが、実際に戦ったりしたら殺されるだろうから、君には黙っておいたのだ」
主人公のはずの俺が完全に蚊帳の外だった理由が、これでようやく理解出来た。
主人公は他にいたわけだ。そして俺は、偽物ってわけではないが、本来のヒーローじゃない脇役ってワケだ。
「ででで……でも……昨夜の俺の攻撃力は、すごかったッスよ? 本当のヒーローを倒せちゃったわけで……何でなんです?」
「そうだ。ヘレンボイジャーは全滅した。君の攻撃を受け、ただのチスイビルに戻ってしまったのだ。そして、イーヴィルの群れに襲われた本部基地もこの有様だ……」
館長は跪き、悔しそうに瓦礫の上に手を置いた。
それにしてもチスイビル……って……あのどう見ても怪人にしか見えない“本物のヒーロー”達は、人間ですらなかったらしい。
「ヘレンボイジャー達は、敗北の瞬間、君に……イナヅマンにすべてを託したのだ。」
「……託した?」
「そうだ。イーヴィルの総攻撃を受け、敗北し、ヤツらに操られるしかない、と分かった時、ヘレンボイジャー達は、悪に利用されるよりは、とブライトネスパワーをすべて、君の雷鎧に異空転送したのだ」
「……じゃあ……あいつら、自分のパワーで自分たちを……」
「そういうことになる……な。敵の手先として生き延びるより、君という希望を残したかったのだろう」
「どうしてこんなコトになっちまったんです? いきなり二県のヒーローが負けちまうなんて」
「分からん。だが、これまでヒーローが負けた例は数多くあるが、大抵の場合は隣地区のヒーローやサブヒーローがフォローして敵を倒してきたのだ……」
「その隣県がやられてんでしょ? じゃあ、反対側の偽婦県か翅蛾県のヒーローにでも助けを……あ!! そうだ。おまつさん、知ってます?」
「トシイエイザーのヒロインだな。彼女がどうした?」
「昨夜ウチに来て、助けてくれって……襲ってたのがヘレンボイジャーだったんスよ。で、俺、イナヅマンに変身して助けたんスけど、朝になったら、別のご当地ヒーローんとこに行くって飛び出しちまって……」
「バカな。彼女一人でだと? 何で止めなかったんだ」
「でも、ササズシとかって、めちゃ強い機械に乗っていきましたし、事情には詳しそうでしたよ?」
「ほう、トシイエイザーの乗機は無事だったか……しかし、危険なことには変わりない。堤君、いやイナヅマン。彼女を助けに行ってくれんか?」
俺は顔の前で全力で手を振った。
「冗談じゃないッスよ。何で俺があんなクソ生意気な女を助けに……」
「彼女が死んでも……かまわないかね?」
「……死? まさか……」
俺は言葉を詰まらせた。
脳裏におまつさんの姿が蘇る。
たしかに口が悪く、高飛車で、人の話を聞かないイヤな女だった……だが、死ぬってどういうことだ……そういえば、倒された伊志河県のトシイエイザーとかっておまつさんの相棒は……死んだってコトなのか?
あの高飛車な態度も……恐怖を誤魔化すため、精一杯虚勢を張っていたんじゃないのか。
大切な相棒の死。知らない土地で敵に囲まれ、疲労で倒れそうになりながら、細い足で踏ん張って立っていた彼女。
肝心の俺は頼りにならず、やめるとか言い出す始末。
そして、あの時、こぼれ落ちた……涙。
「腐杭と伊志河、両地区のヒーローがいなくなった今、君達が力を合わせる以外に、この地方を守る方法は……ない」
「あいつが言ってたように、よその県のヤツに助けてもらえないんスか?」
「現状、まったく連絡の付かない地区が複数ある。連絡がついたところも戦闘中とのことだ。おそらく日本全国が一斉攻撃を受けたのだろう。地域は地域で守るしかないんだ。それに、のこのこ行ってもし、敵に操られているヒーローに騙し討ちで殺されてしまうかも知れん」
「殺す……って、いったいヤツら何なんです? 何の目的でこの世界を侵略してくるんスか!?」
「ヤツら……ダークネスウェーブが、この世界を侵略してくる理由……それはな、人間を食うためだ」