悪役
サーベルと槍でつばぜり合いをする俺たちの足下に、突然炎が巻き起こった。
「うわっちち!! いや、熱くないか。何だコレ!?」
俺は思わずジタバタと足を動かし、警戒したラ・フランスは大きく飛び退いた。
そして、そのまま一般市民達を飛び越えると、前の演目の大道具が残された舞台の上にふわりと舞い降りる。
「バカ!! せっかく隙を作ってあげたのに!!」
俺の後ろからよろよろと歩み寄ってきたのは、おまつさんだった。
そうか。今のはイナヅマン・フレイムの雷炎砲だ。出力をかなり絞ったのだろう。あの程度の炎なら、一瞬であれば雷鎧で充分耐えられると見越して、俺ごとラ・フランスに攻撃を掛けたのだ。
薄手のスーツをまとったラ・フランスには、少しではあるがダメージもあったようで、体から白い煙も上がっている。
「サバズシの言う通りよ。あいつはね。自分の意思でイーヴィルに忠誠を誓った……さっきハッキリとそう言ったわ!!」
「おまつさん!? 大丈夫なんですか!?」
半身残ったおまつさんのアーマーからは、いくつもの火花が散っている。
パワーサポートが切れた状態では、歩くだけでもキツいだろうに、あんな炎を放つなんて相変わらず無茶する女性だ。
「大丈夫。なによ……このくらいっ!!」
「無理しないで!! それより、ローメンマンさんを診てあげてください!! ラ・フランスの銃をまともに食らったんです!!」
「なんですって!?」
さすがに本職は看護学生。
おまつさんはの表情は、あっという間にヒーローの顔から『医療従事者』の顔になった。
そして、大の字で倒れているローメンマンさんに歩み寄ると、自分のダメージも忘れたように、しっかりした手つきで手当を始める。
その時。
ブツン、ガーガーという古くさい音が響き渡った。続けて数秒のハウリング。
場内スピーカーのスイッチが入ったのだ。ようやく市民に向けて避難誘導でも始まるのか、と思った俺の耳に飛び込んできたのは、無駄にカッコいい青年の声だった。
『そこまでだ!! お前達!! ゲル・ファーザーに洗脳された悪のヒーローどもめ!!』
そして一般市民達の向こう。舞台の袖から颯爽と登場したのは、一体のヒーローであった。
妙な昆虫っぽいビジュアルの茶色いヒーロー、どちらかというと怪人寄りのその姿に俺は見覚えがあった。
「げ。ザザムC!? ってことはつまり……っ!?」
目を剥く俺を尻目に、ザザムCは続けて叫ぶ。
『みんな!! 安心してくれ!! 今日は俺だけじゃない!! 志蛾県と砥山県、仁井方県からも、ヒーローが応援に駆けつけてくれたぜ!!』
踊るように華麗な動きでステージに登場したのは、砥山の光神ホタルイカイザーX。仁井方の田園刑事ヘギソバン。そしてなんと……ウミニンレッドであった。
「コウッ!! おまえ生きていたのかッ!?」
思わず叫んだ俺の声も聞こえないかのように、ウミニンレッドは他のヒーロー達と同じようにポーズを取る。そこへ、舞台に上がっていたラ・フランスも歩み寄って加わった。
「ああっ!? あのヒーロー!! さっき天使様を殺したヤツだよ!!」
先ほど助けた子供達が俺を指さして声を上げる。
大人達もざわつきだした。どっちが自分たちを守ってくれていたのか、分からないとは情けないが、この乱戦模様では仕方が無いのかも知れない。群集心理とはそんなもんだ。
それでも、悔しさに変わりは無い。おまつさんは負傷、ローメンマンさんは明らかに重傷なのだ。俺は思わず叫んだ。
「ちっくしょう!! 話が違うじゃねえか!! これじゃまるで、俺達の方が悪役だ!!』
だが、ここでいくら叫んでみても、市民達に信じてもらえるとは思えない。
いかにも天使っぽい姿のイーヴィルどもを蹴散らしたのも俺達なら、大人気の美女戦士ラ・フランスに攻撃を加えたのも俺たちなのだ。
「やられましたね。イベント会場を利用してきたのは、あっちも同じってワケですか」
呆然と佇む俺の横に、赤い姿が立つ。
見分けはまだつかないが、アップルレンジャーの一人、サンフジレンジャーの声だ。
「外は片付いたのか?」
「ええ。天使どもはいなくなりました。事態の沈静化には、青いイナヅマン……小鮎さんが頑張ってくれてます」
「あいつらが敵なんでしょ? 俺たちも手伝いますよ」
振り向くと、六人のアップルレンジャーが全員揃っている。素人集団とはいえ、正直言って心強いが、子供達からはまたも恐怖の声が上がった。
「あの赤い怪人たちだ!! 僕たちを食べようとしたんだよ!!」
「何だと!? 奴らヒーローのクセに人を食べるのか!? とんでもない奴らだ!!」
大人達からも上がり始めた屈辱的な罵声に、サンフジレンジャーが拳を強く握ってプルプルと震わせているが、今は甘んじて受け止めるしかない。
「しかし、ヤツらもどうする気だ……こんな状況で真剣に戦ったら人死にが出るぞ……」
「むしろそれが狙いなんでしょう……こんなに人がいる場所では、俺達は本気で戦えない。だけど、奴らはこっちのせいにしていくらでも攻撃できる……」
アップルレンジャー内の知性派、アイカノカオリレンジャーが言った。正確な現状分析ではあるが、まるで人ごとだ。
で、舞台上のヒーロー達とにらみ合ったまま、身動きがとれないこの状況をどうすれば打開できるってんだ。
一触即発。
その場の全員が、密かに決め技の準備を終えていることは、俺にも分かった。あとは、わずかな切っ掛けでもあれば、この場は一瞬で戦場になる。
だが、その凍り付いた空気の中、一人だけ……いや、一体だけ動き出したものがいた。
『はい、皆さんどうぞこちらへ~。次の幕では舞台を外に移してヒーロー同士の大決戦が始まります。このゲートをくぐって外へどうぞ~。外の観覧席は自由席でございます~』
それは、白いネコをモチーフにしたゆるキャラであった。ちょうど兜のように、金色の棒状の前立てが二本ついた、お城の天守閣のような妙なモノをかぶっている。
ゆるキャラの案内に、一般市民は色めき立った。自由席、となると早い者勝ちだと思ったのか、俺たちの脇を通って我先に出口へ向かい始めたのだ。
ザザムC達がうろたえている様子が手に取るように分かるが、彼らの欲しいのは生きた人間のはず。ここで攻撃するわけにもいかないし、俺たちが睨みをきかせているため、迂闊に動くことも出来ない。
中身が何者かは知らないが、あのゆるキャラ、いいタイミングでいい仕事をしてくれた。
だが、そのまま人質をすべて解放してしまうほど、敵も愚かではなかった。
「おい。貴様、何のつもりだ!?」
そのネコゆるキャラの後ろにすっと立ったのは、ウミニンレッド。
そうか。あいつは忍者系ヒーロー。俺たちの隙を突き、また一般市民にも気取られないよう敵の背後に近づくなどはお手の物だ。
ウミニンレッドはいきなり日本刀タイプの得物を振り上げると、最後の一般市民の背中を押して振り向いた、ネコゆるキャラの脳天に向けて打ち下ろした。
本当に洗脳されてしまったのか、その斬撃には容赦がない。あれではゆるキャラは一刀両断されてしまう。
「やめろコウッ!!」
だが、思わず飛び出した俺の目に映ったのは、上下逆さで宙を舞うウミニンレッドの姿だった。
意外すぎる展開に、ザザムC達も、俺も、アップルレンジャー達も、おまつさんも、呆気にとられた表情で見つめるだけだ。
関節を極められたまま、背中から地面に落下したコウは、呻き声を上げて転がる。
『なかなかやるぞ。あのゆるキャラ』
「サバズシ!? どうなった? 何があったんだよコレ!?」
『最小限の動きで剣を躱した。そして、そのまま腕をとって投げたんだ』
「み……見えなかったぞ。あんな格好してて……バケモンかよ」
『そうかもな。見ろ。変わるぞ』
サバズシの言う通りだった。
そのネコ型ゆるキャラが、一連の変身ポーズらしきものをとって拳を前に突き出すと、ぬいぐるみ部分がシャープな切り口で展開し、メタリックな装甲へと変形していったのだ。
カラーリングはゆるキャラだった白猫のまま。
頭部もネコを思わせるアンテナ状の耳を立て、腕もネコの前足のような形状になっているが、先ほどまでの動きにくそうなぬいぐるみとは全く違う、西洋の甲冑を思わせる、滑らかかつピッタリとした装甲へと変化を遂げていく。
すべての変形を終えてその場で一回転したネコゆるキャラ……いやメカネコヒーローは、人差し指を天に向け、高々と名乗りを上げた。
『鎧装獣神!! ガルフェリス!!』
「が……ガルフェリス……?」
俺はぽかんと口を開けたまま、そいつの名乗りをリピートした。
聞いたことがない。イナヅマンを引き受けた時に、一応ほとんどのローカルヒーローの名は、覚えさせられたはずなのだが……。
「サバズシ?」
『私も知らない。データに無い戦士だ』
ガルフェリスは手にした武器から光条を放ち、ホタルイカイザーとヘギソバンの武器を撃ち落とした。
その様子を見て、形勢不利とみたのか、ザザムCがイラついたように叫ぶ。
「くっ……この作戦はここまでだ。コイツらを片付けて帰るぞ!! ウミニンレッド!! いつまで寝てる!? そのガルフェリスとかってのを斃せ!!」
がらっと悪そうな口調になったザザムCが、ラ・フランスをぐいと抱き寄せた。
「聖羅、おまえはよくやった。あとはここの後始末だ。出来るな?」
「はい……武志様……」
ラ・フランスは、ほんの少しためらった後、ザザムCの胸に顔を寄せた。
なるほど、そういうことかよ。
ラ・フランスは、ザザムCと恋人同士だったってワケだ。アップルレンジャー達も、かなりショックを受けた様子で立ちすくんでいる。
「くっそー。俺、聖羅さん、けっこう好きだったのになあ……」
「言ってる場合かよ!! 来るぜ!!」
ザザムC以外の洗脳ヒーロー、ホタルイカイザーXとヘギソバン、ようやく立ち上がったウミニンレッドが、武器を振りかざして襲いかかってきた。




