裏切り
「おまつさん!!」
駆け寄って抱き起こした途端、下から思いきり振り払われた。
「余計なコトしないで!! これはあたしのミスなんだから……ッ」
口ではそう言いながらも、立ち上がったおまつさんの足元は相当ふらついている。
イナヅマンシステムのパワーサポートが切れているのだ。おそらく半身だけ残った装甲も、機能を果たしてはいないだろう。あれでは、もう一撃でも食らえば命に関わる。
だが、底抜けの意地っ張りであるおまつさんに、そんなことを言っても聞いてくれるとは思えない。俺はおまつさんを追い越して、正面玄関に駆け込んだ。手を貸したり助けたりするのを諦め、先に敵の方をぶっ倒すことにしたのだ。
敵がいなくなれば、おまつさんも無茶しないはず。こういうひとは、そうやって守るしかない。そう思ったからだ。
おまつさんに大ダメージを与えた敵は、どうやらすでに体育館の中にまで入り込んでしまったようだ。
下足箱の脇を駆け抜けると、入り口の鉄扉が変形して転がっている。薄い鉄板を貼り合わせたもので、そう強くはないといっても、こうまで原形をとどめない破壊力は恐ろしい。
いったい、どんな敵が襲ってきたのか。
巨大な異形の怪物か、それともクールで知的な敵幹部か、どちらにせよ死闘は避けられない。
そう覚悟して体育館内に飛び込んだ俺の目に映ったのは、信じられない光景だった。
「なんで……あんたらが戦ってんだよ……?」
左手に赤い鳥居型の武具を持ち、右手に竹を編んだような材質の盾を構えた、ソース色のヒーロー、ローメンマンさんと対峙していたのは、西洋風の剣を構え、美しい金髪をなびかせた仮面の美女、聖女ラ・フランスであったのだ。
ラ・フランスの背後、ステージ側の客席にはたくさんの一般人が抱き合うようにして固まっている。その中にさっき逃げ込んだ子供達の顔を見つけて、俺は少しホッとした。
一見してどうやら、ラ・フランスが背中に一般人をかばってくれているように見える。何かの演し物の最中だったのか、市民には何体かのゆるキャラまで混じっていた。
一人、戦闘態勢でラ・フランスと対峙しているローメンマンさんは、俺の方をちらと見ると、俺とラ・フランスの両方に対して、半身になるように向きを変えた。
明らかに、俺のことも敵と見なして警戒している態度。
まさか、百戦錬磨のベテランヒーロー、ローメンマンさんが敵に回っていたってのか?
だが、身構えた俺にサバズシが警告を発した。
『違うぞ。落ち着けイナヅマン』
「何が違うんだよサバズシ? ありゃあどう見ても、ローメンマンさんが敵だろ?」
『ラ・フランスの手元をよく見ろ。ローメンマンは人質を取り返そうとしているだけだ』
「なんだって!?」
言われて初めて気づいた。
ラ・フランスが左手に持つ洋風のサーベルは、たしかにローメンマンに向いている。しかし、右手に携えた、洋梨をモチーフにしたピストル状の武器が向けられているのは、怯えた表情の一般人達に対してだったのだ。
「どーいうことだよ!? まさか、ラ・フランスが敵だってのか!?」
その声を聞きつけたローメンマンが、ホッとしたようにこちらに向けていた警戒を解いた。
「堤君。君は、どうやら洗脳されてはいないようだな」
「え……ええ。いったいこれは……!?」
「詳細は分からん。ただ、いきなり彼女に切りつけられたんだ。君の彼女……おまつさんといったか? 彼女が咄嗟にかばってくれたので、軽いダメージで済んだ。彼女は無事だったか?」
「あ、はい……っていやいや、彼女じゃありませんから!! って違う!! えっと、おまつさんは無事です!! でも、どうしてラ・フランスさんが……」
その時、ラ・フランスが一歩前に出た。
目を隠したドミノマスクでは、その表情は窺えない。が、下からのぞく口元は悲しげに歪んでいるように見えた。
しかし、透き通る声で言い放ったのは、凍り付くような冷たい台詞だった。
「あなたまでいらっしゃったのね。イナヅマンさん。なんとか、ローメンマンさんだけを相手にして、ここの人たちをイーヴィルにお捧げしようと思ったのに……これじゃあ、あなたも殺さなくちゃいけませんわ」
ローメンマンさんも、それを受けて一歩前に出る。
「イナヅマンを殺すだと? 口封じのつもりならもう意味はないぞ。おまつさんが生きて脱出した以上、体育館内で起きたことは、外にも知れている……」
「あらそう……じゃあ、外の人たちも全員殺さなくちゃいけませんわね……」
「全員殺す……だと?」
かっと頭に血が上る。
その傲慢な口調に怒りが湧いたのだ。見据えたラ・フランスは、先ほどの悲しげな表情はどこかに消え失せ、口元には薄く笑みすら浮かんでいる。
思わず背筋に悪寒が走った。
聖女ラ・フランスは、本当にもう敵になってしまったのだろうか? 人質にされている市民も、おそらく同じ思いなのだろう。その顔には、恐怖よりも哀しみが強く表れていた。
「堤君……いや、イナヅマン。この出血だ。俺はもうすぐ戦えなくなる。」
低い声で話しかけてきたローメンマンさんを振り返ると、右肩が大きく切り裂かれている。
おまつさんがかばったとはいえ、ダメージは避けられなかったのだろう。足下を見ると、出血もかなりな量だ。これではいつ倒れてもおかしくない。
「分かります。ここは俺が。ローメンマンさんは休んでてください」
「いや。君一人では市民を完全に守りつつラ・フランスを倒すのは難しい。それに、これは俺の油断だ。俺が市民の盾になるから、君は彼女を仕留めろ」
「盾!? 仕留める!?」
俺は思わず聞き返した。
ラ・フランスの銃がどれほどの威力かは分からないが、盾になれば無事で済むとは思えない。そして、彼女を仕留めるとは、殺すということだ。
だが、戦慄に凍り付いた俺の肩を、ローメンマンさんは思いっきりどやしつけた。
「しっかりしろ!! お前はヒーローなんだぞ。こんなロートル親父や洗脳された裏切り者の心配をしててどうする!? ヒーローは市民を守るんだ。何があっても!!」
「何が……あっても……」
「そうだ。覚悟を決めろ」
短く言い放つと、ローメンマンさんは数歩進み出て、俺の方を見ずに構えを低くした。
明らかにエネルギーを溜めているポーズ。
『ローメンマンの必殺技、ビクトリースマッシャーだな。超高速で敵の死角に回り込んで鳥居ブレードと魚籠シールドのエネルギーを同時にたたき込む攻防一体の技だ。あれなら、市民は守れる。彼の言う通りにしろ。イナヅマン』
「サバズシ!? お前まで……二人を見捨てろってのか!?」
『前を見ろ!! 出るぞ!!』
次の瞬間。
ローメンマンさんの姿が一瞬にして消えた。
ヤバい。俺も動かなきゃいけない。でも、殺すなんて……それも女性を……いや、やるんだ。
たとえ、技が決まっても相手が死ぬとは限らない。よし。行く。
俺の心の迷いは、ほんの一瞬。
だが、その一瞬が命取りとなった。
「…………舐められたものですわ」
ラ・フランスが冷たく言い放つ。
容赦なく撃ち放たれた銃は黒い種子状の散弾だった。散弾は鳥居ソードと魚籠シールドを粉砕し、ローメンマンさんのスーツの残っていた部分をほぼ跡形も無く吹き飛ばした。
ケガのせいだろうか。ビクトリースマッシャーは不発だったのだ。
文字通り体を張って市民の前に立ちはだかったローメンマンさんは、変身が解けると同時にそのまま大の字で後ろに倒れた。
「ローメンマンさんッ!!」
俺の雷矛は、ラ・フランスのサーベルで見事に受け止められていた。
迷いのせいで、わずかに切っ先が鈍った。そうでなければ、ローメンマンさんがやられた一瞬の時間で競り勝てていたタイミングだった。
「私を殺したいなら、本気でやってください。そうでないと……あなたが死ぬことになりますわ」
接近して、ようやく仮面の下の瞳が見えた。
どこまでも冷たく、見下したような目。洗脳されたからといって、仲間にここまでひどいことが出来るってのか。あのおとなしげな美女が、どうしてこんな……
俺は、サバズシに向かって怒りの声を上げた。
「どういうことだよサバズシ!? 全員の思考波調査したのお前だろ? 洗脳されてれば、分かるっつってさ!!」
『その通り。私の思考波調査は完璧だった。つまり、彼女は洗脳されてはいない』
「え? え?」
『彼女は、自分の意思で裏切った、ということだ』




