素人集団
慈愛に満ちた微笑み。
舞い降りた天使の表情は、まさに宗教画のそれと酷似していた。しかし、その凍り付いた笑顔は、能面のように動かない。
手にぶら下げているのは、ゲル・ファーザーの戦闘員である。
握られた首は既に折られているのだろう。ブラブラと揺れる頭は、何の意思も示してはいなかった。
「雷炎砲!!」
おまつさんの叫びと共に、天使の顔面が炎に包まれる。
うわ。容赦ねえ。
あんだけ神々しいと、もしかすると天使の方が正しいかも、なんて思いかけていた俺は、頭を振ってその考えを吹き飛ばす。
そんなはずはないのだ。だって、あの戦闘員はただの人間。ていうか、営利企業の社員だ。
それを無惨にも殺すような存在が、本物の天使のはずはない。
『イナヅマン!! アイツから百鬼猿と同じイーヴィル反応があります!! 日中でも活動できるように進化したイーヴィルだと思われますッ!!』
背中でシルキー・ゲルさんの声を聞き、俺も走り出した。
右手に降臨してきた武装は雷獣剣。
顔の炎を消し止めた天使がこちらを向いた瞬間、俺はその胴体を横薙ぎにしていた。
「クゥアアアアアアッ!!」
鳥のような声を残して虚空へ霧散する天使。
パワーの割には意外に弱い。防御力は大したことないようだ。
「油断しないで!! 次!!」
おまつさんの声。
振り返ると、上空からまたも白い天使が。今度は青いイナヅマン……小鮎ちゃんに向かって襲いかかるのが見えた。小鮎ちゃんは不意を突かれたのか、尻餅をついている。
すかさず、左手に召喚した雷空砲を、天使の頭部目がけて放つ。
一瞬早く、それを避けた天使がこちらへ向き直った瞬間。レーザー光線のようものが、その頭部を貫いていた。
発射したのは小鮎ちゃん。イナヅマン・アクアの武器、『水槌銃』である。
天使はやはり、奇声を残して空中へと霧散した。
俺は小鮎ちゃんの傍へ駆け寄り、立ち上がるのに手を貸した。
「大丈夫か? 小鮎ちゃん?」
「はい。ちょっと驚いて、対応が遅れちゃいました」
「気をつけてよ。あなた、初めての実戦なんだから」
そう言いながら、遅れて駆け寄ってきたおまつさんが、俺達の後ろを守って立つ。
「一体何なんですかねコイツら。見たこともないし、操られてる人間っぽさもない」
「でも、戦闘力は大したことないわ……特殊攻撃もないし、特に防御力はゼロに等しい。他の連中も、こんなのにやられたりはしないと思うけど……それより」
「それより?」
「市民の視線が痛いわ」
おまつさんの言うのもよく分かる。見た目明らかに悪役の戦闘員を庇い、どう見ても天使にしか見えない連中を消滅させていく俺達が、市民の目にどう映るか、考えなくても分かる。
「数はそう多くないし、一気に片付けちゃうのが得策ね」
そう多くない? まだざっと数十匹はいる天使達を見て?
おまつさん、いったいどんな修羅場をくぐってきたんだか……
「一気に? ど……どうやって?」
「ツインアーマー。こういう場合は、出し惜しみしないでやっちゃうの」
なるほど。たしかに、この状況を長引かせるのはまずい。一気に決めてさっさと撤収すれば、市民に白い目で見られる時間も短くて済むというものだ。
「地力招来!! 雷獣神!!」
「炎気招来!! 鳳凰神!!」
「水流招来!! 龍王神!!」
俺達の体を、それぞれ黄金、真紅、蒼白の稲妻が包み込み、乗機から転送されてきた強化装甲が覆う。
「雷撃波!!」
俺は完全装着を待たずに、上段に構えた雷獣剣を、迫り来る天使たちに向けて振り下ろすと、迸る稲妻が数人の天使を包み込んだ。
「火炎撃!!」
反対方向から襲ってくる天使たちの中に、おまつさんは単身で走り込む。
重い装甲は、本来動きを鈍らせるが、おまつさんのフレイムアーマーは、背中から炎を噴き出して加速させている。繰り出したパンチ……というかほぼ体当たりに近い攻撃で、数匹の天使を吹き飛ばした。
「水龍斬!!」
小鮎ちゃんは、両腕のアーマーから放射状に噴き出した水の膜を振り回し、上空から襲い来る天使を迎撃している。巨大な扇子にはたき落とされたように、天使達は地上に落下する。
俺達の攻撃を受けた天使達は、大気中に溶け、霧散していく。
防御力はたしかに低い。
「あらかた片付いたわね!? 他の連中は大丈夫かしら?」
「俺、見てきます!!」
連絡がないということは、こちらより苦戦している可能性はある。
体育館の正面はローメンマンさん、裏玄関を守っているのは、アップルレンジャー達のはず。
どちらへ行こうか一瞬迷ったが、俺は裏玄関へ向かった。
要するにどちらが苦戦していそうか、ということだけだが、ローメンマンさんが苦戦している姿は、どうしても思い浮かばなかったからだ。
思った通り、建物を回り込んだ途端に、赤いスーツ姿が一人転がってきた。
「大丈夫か!? えーと……シナノスイートレンジャー?」
「サンフジレンジャーだッ!! くそ。みっともないとこ見られちまったな」
サンフジレンジャーは俺の手を振りほどき、体の土を払って立ち上がる。
「そっちはもう片付いたのかよ? さすがだな」
「それほどでもない。作戦勝ちってところだ」
それは正直な感想だ。天使どものパワーは尋常ではなかった。おまつさんのアドバイスで、一気に勝負を掛けなかったら、もっと苦戦していたに違いない。
「こっちは作戦ミスだ。市民を人質に取られちまった」
数匹の天使の背中に隠れるようにして、小学生らしき一団が囚われている。
いや、あの様子はもしかするとあの子達、天使達に守られてると思ってる?
「まいったぜ。ゲル・ファーザーの戦闘員なんかに市民の誘導を任せたのが間違いだった……あれじゃあ、でかい必殺攻撃はかませねえ」
たしかにあれでは、小学生達を巻き込んでしまう。
要するに、こっちが悪だと思われてしまったようだ。それにしたって、こっちはヒーローの格好してるってのに、そこまで疑わなくても……
「ゲル・ファーザーの手先の赤い怪人めー!! 天使様にやられちゃえー!!」
おい。なんだあの子達の反応。
アップルレンジャーって、名蛾野全域を活動してんじゃなかったのか? なんで知られてないわけ??
アーマー越しにも、俺の冷たい視線を感じたのか、サンフジレンジャーは恥ずかしそうにそっぽを向く。
「ま……まだ活動始めたばっかなんだよ俺達……実戦も初めてだし……」
待て。
さんざん人を素人扱いしといて、実戦が初めてだと!?
「おーい!! 違うよ坊や達―!! 悪い怪人はそいつらなんだー!! 僕たちは、正義のヒーロー!! アップルレンジャーだよー!!」
「そうだよー!! ホラ!! お兄さんたち、レンジャーのカッコしてるだろー!?」
公衆トイレの陰に隠れながら、あとの二人……何レンジャーかは知らないが、そいつらが自分の姿を小学生にアピールしつつ、誤解を解こうとしている。
俺は戦闘中であることを忘れて、頭を抱えて膝を突いた。
アホか。
誰がトイレに隠れるようなヤツらを、ヒーローだと信用するものか。
誤解を解いたところで、小学生が円陣を組んだヤツらの中から、自分で脱出できるはずはない。
天使達は、小学生がいる間は彼等が攻撃できないと悟っているのだろう、態勢を崩さずに手からの光弾で二人を集中的に攻撃している。
「うそつきー!! レンジャーは色んな色がいるんだよー!! 赤ばっかしなんて、全部ニセモノだー!!」
追い打ちをかけるように、子供達の罵声が飛ぶ。まあ、当然の反応だろう。
「サンフジレンジャーっつったか。お前、まだ走れるか?」
「あ……ああ。どうする気だ?」
「あの二人とは反対側に、大きな木があるだろ? そこに回り込め。二方向から天使たちの注意を惹き付けてくれれば、俺が正面から突っ込んでも、向かってくるのは一、二匹だろう。それなら剣で斃せる。俺が突っ込んだら、お前らも遅れず突っ込め。天使の防御力は高くない。一人あたま二匹は斃せよ?」
「わ……わかった。でも……」
「まだなんかあるのか?」
「天使って……一匹二匹って数えるのか?」
「んなことどうでもいいだろ!! 行け!!」
俺に一喝されたサンフジレンジャーは、慌てて駆け出した。
姿勢を低くして走る姿は、けっこう様になっている。しかし、まさか素人集団とは……まあ、俺も少し前まではそうだったわけだが。
『いい作戦だな、イナヅマン』
「うわびっくりした!! いたのかサバズシ!?」
不意を突かれて俺は飛び上がった。
『当然だ。変身すれば常に君の傍にいる』
「そ……そう言われてみりゃそうだったな」
『ところで、いい作戦だが、ひとつ穴がある』
「穴ぁ?」
『君が突っ込んで、何匹か斬り倒した瞬間、残りの天使が小学生を襲ったらどうする気だ?』
「そ……そりゃあ、そんなことが無いように、あいつらにも突っ込ませるってわけなんだけどな?」
『それでも万全ではない。特に初陣の彼等が突入のタイミングを失する可能性は高い。そうなれば犠牲者が出るぞ』
たしかにサバズシの言う通りだ。市民を危険に晒して、万が一のことがあれば……それも子供達なのだ。お詫びのしようがない。
「どうしろって言うんだよ?」
『任せろ。そういう時のために、私が存在するのだ』
「ええっ?」
『作戦を変える必要はない。そのまま突っ込めと言っているんだ』
どうする気なのか、説明する気はないらしい。
この局面を打開する、どんな策があるのかサッパリわからないが、もう猶予はない。公衆便所も骨組みだけとなり、とっくにたどり着いたサンフジレンジャーの隠れている木は、天使の光弾で脆くも崩れ去ろうとしているのだ。
あと数秒で、三人のアップルレンジャーは仕留められてしまうだろう。
「じゃあ、行くぜ?」
『行け!!』
俺は、円陣を組む天使達に向けて駆け出した。




