イナヅマンシステム
「五号機に指令を与えたのは、レッドウミニン=本諸コウだったようだな」
窓の外を眺めながら、立花さんが言う。俺はベッドに横たわったままで、ぼんやりと前を見つめていた。
翅蛾県 尾乙市の市民病院。
ここに入院しているのは、俺だけではない。おまつさんと小鮎ちゃん、そしてウミニンジャーの四人も、違う病室にいるはずだ。結局、俺が一番重傷だったらしく、骨折三カ所はいいとしても、内臓が破裂寸前だったとは、担当医師から聞いた話だ。
「……レッドは……コウは、どうなったんスか?」
「分からん。あの後、調査に向かった船の報告では、沖の黒石はすべて砕け散ってしまっていたらしい。あの場にいたとされる『敵側に寝返ったヒーロー達』の所在も分からない」
敵側に寝返ったヒーロー……か。
その可能性は覚悟していたとはいえ、まるで悪夢だ。まさか、トシイエイザーに会う、なんてのもな。
「…………そういや俺。腐杭に帰んなくてよかったんスか?」
あの日の夜までに必ず戻れ、そう言ったのは公民館長だったはず。
だが、もう三日も経ってしまっているのだ。立花さんは首を振った。
「いいんだ。心配するな。修理したサヴァズシとササズシが、それぞれ腐杭、伊志河の両県に戻った。取り敢えずそれで、しばらくは保つ」
「……ヒーローがいなくても?」
立花さんはようやく振り向いた。
これまで見せたことのない優しい笑み。だが、その目は何故か悲しげに見える。
「君も薄々は気がついているんだろう? どうしてあの時、君だけが魔法陣の中で動けたのか。そしてレッドが、他のウミニンジャー達に何をしたのか……」
「ヒーローの光……俺には、無い……んですね?」
それはヒーローであることの証のはず。つまり、俺はヒーローじゃない。
「……そしてコウは、他の四人の胸からヒーローの光をえぐり出した。だから、あの岩を包んでいた魔法陣の結界から彼等は抜け出すことが出来、自由に動けるようになった……」
「……そうだ」
「でもじゃあ、どうして俺が、イナヅマンとして戦えたんスか!? ヘレンボイジャーともウミニンジャーとも互角以上に戦えたんスか!?」
「成り行きで仕方なかった。ヘレンボイジャーが光を失い、後継者に授けたことで、そうなったんだ」
「え?」
「気付かなかったかね? 雷鎧の倍力機構、超空間放電を利用した兵器。サヴァズシの機動力と戦術サポート。どれも、君自身の力でないにもかかわらず、君の意思通りに動き、君をヒーロー以上に強くしていた……」
「まさか……!?」
「そのまさかだ。ヒーローの光が受け継がれたのは、君にではなかったんだ。私達も最初は気付かなかった。元々イベント用に見せかけた実戦装備だったせいもあって、装着者の能力までは検定できなかった」
「……そいつはおかしいんじゃないですかね?」
突然。話に割り込んできたのは、ウミニンブルー=岩砂真であった。
「ブルー!! もういいのか!?」
「俺だけじゃないぜ。今、見舞ってきたけど、イエローもピンクもブラックも……全員元気だ。ま、立って歩けるほど元気なのは俺だけだけどな。あいつ、ヒーローの光だけをかなり正確にえぐり出したんだ……おかげで、内臓はもちろん、骨にも筋肉にも、何の影響もない」
だが、そう言いながらもブルーは、病室のドアに寄りかかったままだ。平気そうに振る舞い、表情を明るく作っていても、苦しそうに上下する肩が、その傷の重さを伝えている。
「無理するなブルー」
「大丈夫だ。そんなことより、立花博士。今の話です。最初に戦った時、俺達がイナヅマンを特定したのは変身前。確かにコイツからヒーローの光を感じました。それにコイツの話じゃ、ヘレンボイジャーさん達は、イナヅマンに光を与えて消えたんじゃないんですか!?」
「いかにヘレンボイジャーといえども、面識すらない堤敬太郎というただの人間に、空間を越えて光を渡せはしない。何かを介在させないとな」
「そうか……雷鎧か」
俺は思わず呟いていた。
それなら、おまつさんを乗せたササズシが、迷わずに真っ直ぐアパートに来た理由も分かる。
それに最初の戦闘は、雷鎧の力だけで勝てたようなもの。何より最初の変身時に、急にイベント時とは違う機能を示し始めた理由もそれで説明がつく。
「じゃあ結局、イナヅマンの力はヒーローの光を使っていたってコトになるんじゃないんですか?」
「そうとも言える。だが堤君。偶然とはいえ、君の実戦データの蓄積によって、それも科学力でカバーできる見通しが付いたんだ。おそらくシステムは量産可能。つまり、誰もがイーヴィルに対抗できる力を持てる。特別な存在であるヒーローに頼らなくとも、今後は警察組織や自衛隊がイーヴィルへの防衛に当たれる、ということだ。この二日間、君は予想以上の戦果を上げてくれた。ヒーローとしての戦いは短かったが、胸を張っていい。本当にご苦労だった」
「俺達も……お役ご免、ってわけか」
ブルー=真がぼそりと呟く。
「そうなるな。今の君達はもうただの人間だ。彼の……本諸君の手でヒーローの光は取り除かれてしまった。君達もヒーローの光を望んで得たのではあるまいが……取り戻すこともまた、望んだからといって出来るものでもない」
「あいつの仇も討てずに……か?」
ぎりっと歯を噛む音がして、衝撃音と共に部屋が揺れた。
「……はっ……前ならこんな壁、簡単にぶち抜けたのによ……」
パワーダウン、ってことのようだ。
ブルーが殴ったのは、廊下と病室を仕切る分厚い壁。あれほど建物を揺らしただけでも、相当のパワーだと思うんだが……こんな連中と一緒に戦ってて、俺、よく死ななかったな。
「よく死ななかったな。って、思っていたか?」
立花さんがぽつり、とつぶやいた。
ブルーが足を引きずりながら自分の病室へ帰っていくのを見送った後のことだ。
「立花さん……」
「私もそう思う。これ以上、首を突っ込むな。雷鎧は既に試作品が五機、伊志河と腐杭に配備予定だ。県警と消防の精鋭ならたぶん、君より上手く使うだろう」
その言葉は、俺には嫌味には聞こえなかった。
あの死闘を経験すれば分かる。俺は運が良かっただけだ。一度も上手く戦えてなんかいない。
*** *** *** *** ***
「本当に……市職員に戻るってのか?」
あれから更に三日後。
明日に退院を控える俺を見舞いに来てくれたのは、ブルー、イエロー、ブラックの三人だった。
彼等は今日退院、ってことらしい。
「市街地を見たろ? 今も被害が増え続けてる。市役所は火の車だよ。俺達にも、戦う以外にやるべきことがあるってわけだ」
枇杷湖の水位が上がり続けている。との報が入ったのは、俺達が入院して四日目の朝だった。
今や病院の窓から見渡すだけでも、多くの道路が水に浸かり、市民達は水を掻き分けるようにして歩いている。
原因は分からない、とのことであったが、まず、あの魔法陣の働きと無関係ということはあるまい。
ブルーの声は明るい。だが、やっぱり無理してるんだろう。
いや、体のケガはすっかり治っているのかも知れない。だが、どことなくその表情に宿る影は、気のせいではないはずだ。
悔しくないのか。コウが心配じゃないのか。とは……聞けなかった。
悔しいに決まっている。心配に決まっている。
だが、ただの人間が、イーヴィルや、ヒーローと戦うことがどれほど危険なことか、俺達こそが身に沁みて分かっている。どうしようもないのだ。どうしようも。
「それに、戻るもなにも、俺達はもともと本職は市の職員だ。まあ、アメノと……アイツは違うがな」
「コウは俺と同じ、高校二年生だって聞いてるが……」
「アメノは三年生さ。コウの高校のな」
「そのアメノは……? 姿が見えないけど……」
「いや……一人で帰ったよ。お前によろしく、ってさ」
顔を……見たくもないんだろうな。それもそうだろう。コウを守れもしなかった、こんな大嘘つきなんか。
三人の背中を見送った後、俺はまた少し眠った。
この一週間で身についちまったリズム。午後はのんびり眠って夕食を待ち、深夜に目覚めてスマホをいじる。個室じゃなければ、看護師さんから叱られちまう。ならではの贅沢ってヤツかも知れない。
だが、そのリズムも今日で最後。
明日からは数日、自宅療養、それが終われば来週からは学校通い……か。
「……イナヅマン」
暗い病室でスマホを眺めていた俺は、その声に慌てて周囲を見渡した。
いつの間に入ってきたのか……そこに立っていたのは、洗いざらしのジーンズに胸元をきっちり止めた白いシャツを着込んだ……
「お……おまつさん!? それと……誰?」
おまつさんの後ろに影のように付き従っている制服姿の少女は、ぱっと見、中学生って感じか。
「小鮎ちゃんよ。話は聞いてるでしょ?」
そうかこの娘が。でもよかった。二人とも無事で。
っつーか、普段着のおまつさんもメチャクチャ綺麗だな。この飾り気の無い感じがまた――――
「頼みがあるの」
「た、たた頼み?」
思わず、ぼうっとおまつさんに見とれてしまっていた俺は、少し慌てて聞き返した。
「しっ……静かに。私達を手伝って欲しいのよ」
「手伝うって……」
「聞いたわ。あんた……会ったんでしょ? トシイエイザー様に」
「あ……ああ。首を落とされかけたよ」
「彼だけじゃない。ウミニンレッドもきっと生きてる。捕まっていた時、色んなコトが分かったの。ヤツらの目的はヒーローをすべて手に入れ、その力でこの世界を都合よく作り替えること。それが終わったら、順次生贄にして境界面から向こうの強力なバケモノを召還する気よ。でも、つまりそれまで殺したりはしない。でも、私達だけじゃ何も出来ない。助けたいの。彼等を」
「ま……待ってくれ。立花さんに聞いてないのか? 俺はヒーローじゃない。ただの人間なんだ。イナヅマン装備もない今、おまつさん達の力にはなれない……」
「これ……分かるよね?」
「それは……ライ・チャージャー!?」
おまつさんがポケットから取り出したのは、イナヅマンの変身アイテム。あの、稲妻形のキーホルダーだった。
「事情は全部聞いてる。べつに最後までつきあってって言ってるんじゃないの。そのイナヅマンシステムを……盗み出す手伝いをして欲しいのよ」
「ハァ!?」
「アレを着たあんたは強かった。だったら、私達が着れば、もっと強くなれるとは想わない?」
おまつさんたちの計画はこうだった。
二人とも、ヒーローの光を持ってはいるものの、本職のヒーローほどの力はない。ゆえにサポートとなっていたわけだ。だが、イナヅマンシステムさえあれば話は別だ。
光を持たないど素人の俺でもヘレンボイジャーを倒し、ウミニンジャーを退け、操られたトシイエイザー達とも互角の戦い? が出来たのだ。
既に複数造られているはずのイナヅマンシステム。これを盗み出し、彼女ら二人で操られているヒーローを救い出す。
「こ……小鮎ちゃ……さんもか? そんな危険なことまで、どうして? やっぱし、コウが好きなの……か?」
「私の名は本諸小鮎……レッドウミニン……本諸コウは、私の兄です」
そいつは……知らなかった。