ご当地ヒーローへの道
『ぴんぽんぱんぽーん 二年四組の、堤敬太郎君。連絡事項がありますので、至急、校長室まで来てください』
特撮研の部室で一人、弁当の握り飯をパクついていた俺は、思わずむせた。
俺は堤敬太郎十七歳。
腐杭県立不治縞高校の二年生。創部より三十年続く、伝統ある特撮研究会、唯一の部員でもある。
それにしても、いったい何があったのだろうか?
高校生になってから……いや、小学校、中学校、ついでに言えば保育園時代を合わせても、校長室へ呼び出されたことなど、一度もない。
それに、俺には呼び出される理由など無い……はずだ。品行方正、清廉潔白。まあ、新入生へのクラブPRで多少、派手な演出をしすぎて、クラス担任に説教を食らったのは事実だが……ステージで花火を爆発させた程度だし。
それだって、二時間の説教だけでなんとか放免してもらった。万引きやいじめ、不純異性交遊など、呼び出されるような行為をした覚えは一切無い。
思い当たるとすれば、海外へ長期出張中の両親のことくらいしかない。治安の悪い地域だとは聞いていたが、まさか武装ゲリラに拉致されたとかか?
俺のいた部室のある、文化部棟。通称『長屋』は、真新しい北校舎と南校舎の谷間に取り残された木造建築で、築四十年のボロ屋だ。俺はガタつく引き戸を強めに閉め、毎朝、自分で作る握り飯弁当、その最後の一個をほおばると、何とか呑み込もうと四苦八苦しながら、校長室へ向かった。
校長室へ行くには、校舎の中を通るよりも、校庭へ出て職員玄関へ回った方が早い。途中で友人に会って、冷やかされる可能性も低いはず。
俺は両手に内履きをぶら下げ、桜の舞う校庭脇の道を抜けて、校長室へとたどり着いた。
「失礼します」
「おお、君かね。我が校の特撮研究会、唯一の部員……というのは?」
「は?……はい。堤敬太郎です」
「報告通り、なかなかのイケメンじゃないか。よし、決定」
「校長先生? 何をおっしゃってるんです?」
「……というわけで、君にはご当地ヒーロー、イナヅマンになってもらいたいんだ」
「はあ? イナヅマン? なんスかそりゃ?」
「知らんのかね? 我が校の立地する、腐杭県 腐杭市 稲津町公民館の皆様が考案した、ご当地ヒーローだよ」
そういえば、先週の腐杭新聞に載っていた。
地元公民館の方達が、地域興しのために名称だけ付けて、デザイン、設定、ストーリーを公募している、とかいう話。特撮好きの俺も、少し気になってはいた。が、予算の都合上、賞金は無し、発案者本人が主人公として出演するのが賞品代わりという、いわば罰ゲーム付きコンテストに誰が応募するというのであろう。
そりゃあ、その道で認められたいとは思っていたが、さすがの俺もアクション俳優になる気はない。
「結局、応募者が一人もいなくてね。困り果てた公民館長から相談があったんだ。高校の文化部になら、それっぽいのがあるんじゃないか、ってね。じつはこの館長っていうのが、実は私の叔父で、どうにも断れなくってな……おいおい、どこへ行くんだね?」
「じゃ、失礼しました」
「待て待て。ちょっと君待ちたまえ!! おーい、堤君!!」
校長は、重い木のドアを閉めて出て行こうとする俺の手を取って引き留めた。
「いくら校長先生でも、いきなりそんなワケの分からないものになれ、などという指示に従う義務は生徒にないはずですが?」
俺は校長の手をふりほどく。
「話を聞いてなかったのかね? 私は立場上、どうしても断れないんだ」
「それは校長先生のお立場でしょ? なんで俺が。どうしようもないなら、校長先生ご自身でヒーローなさったらいいじゃありませんか」
「バカを言いなさい。私は教育者だぞ。そんなイカレた格好が出来るはずがないだろう?」
生徒ならイカレた格好していいってのか? 俺は心の中で突っ込みを入れながら、無言で校長を睨んだ。
まあだが、たしかにこの中年太りを通り越して、肉だるまと化したオヤジでは、ヒーローは無理だろう。中だるみの第十五話あたりに出てくる、やられ役の怪人がいいところだ。
「君は特撮研究会なんだろ? こういうのは喜んでやってくれると思ったんだが……」
「俺は視聴オンリーなんです。自分で造形やストーリー造るつもりなんてサラサラ無いッス。それに、三月に先輩達が卒業して、今は俺一人。そんなのやる労力も部費もないッスよ」
その能力がない、とは言わない。
視聴オンリーとは、断るための口実に過ぎず、実際は作るのも大好きなのである。こっそりオリジナルライダーや戦隊の原案を作っていたし、造形の基本も習得した。マン研や文芸研にも籍を置いていて、別ネームで学内誌に発表したこともある。
だが校長の依頼とはいえ、この話はなんだかヤバイ。食いつくと後でえらい目に遭う。そう確信に近いモノを感じていた。これは、俺の動物的カンってヤツだ。
俺は校長に手を引っ張られながらも、体を半分部屋の外に出したまま、校長と目を合わせないようにしていた。
だが、校長は説得をやめない。さらに押し被せるように言ってきた。
「だから、そこで相談なんだよ。イナヅマンは、地域環境を守るヒーローだ。活動費は腐杭市から公民館への補助、という形でちゃんと出る。少しは小遣い稼ぎにもなるだろう。しっかりやってくれれば、ボランティア活動への従事、ということで、成績がいまいちでも、内申書で推薦入学も約束しよう。悪い話ではないと思うがね?」
「お金とヒマはそれでいいとしても、部員が俺一人なんですよ? どうしようもありません」
「それも大丈夫だ。公民館の方達の中に、造形に詳しい人がいるらしくてな。ウデはプロ並みらしい。君がデザインを考えてさえくれれば、すべて造っておいてくれる、とのことだ。どうだ? これでもやらんかね」
「…………うう」
俺は唸った。条件が良すぎる。ヤバイ臭いがぷんぷんだ。引き受けたら、間違いなく深みにはまる。
だが、俺のデザインをプロ並みの造形師が現実化してくれるなんてチャンスもまた、滅多にあるものではない。もしかすると、かなり複雑なギミックまで作って貰えるかも……
「やらないなら……私の勘違いで、我が校に特撮研究会、なんてものは無かった、という言い訳を公民館長にしてもいいんだがね?」
俺の迷いを読み取ったのか、校長は口元に微笑を浮かべて、更にダメ押しの言葉をぶつけてきた。
「……お取りつぶし、ってことですか?」
「人数が部活規定に達していないんだろう? 本来なら、その時点で部活動としては活動停止となる……まあ、職員会議に掛けるかどうかは君次第、といったところだが……」
「…………わかりましたよ」
俺は大きくため息をついた。どうやら選択の余地も無さそうであった。