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8-5

ぐでっとした京志郎を、楓歌は案じている様子だったが、憂い表情のまま京志郎が何も言わないので、楓歌も黙ったままだった。


京志郎が動かない限り、楓歌もいつまでもじっとしていそうな気がしたので、


「ま、一番の目的の誤解も解けたみたいだし、もう帰ろうぜ?なんか疲れちまったよ」


脱力した手足に鞭を打ってベンチから立ち上がって、中庭の外へ向かう。



「ん?黒咲?」


しかし、楓歌は黙ったまま、その場から動かなかった。


「どうかしたか?」


根を生やしたように、とはこのことだ。京志郎の言葉に耳を貸さず、楓歌はじっと一点を見つめたまま、動かない。


その姿からは、若干以上の緊張が見て取れた。そして不意に、



「私も、話したいことがあるの」


楓歌は京志郎の方へ向き直る。


「ん?そうなのか?じゃあ帰りながら話そうぜ。恋火さんも待ってるだろうし」


ふるふると首を横に振り、


「今、聞いてほしいの」


楓歌の顔は赤く、息遣いは荒く、今にも倒れそうなほど頼りなく見える。


「おい、ホントに大丈夫か?さっきから苦しそうだけど」


楓歌はもう一度首を振った。



――苦しい。


本当はその通りだった。


楓歌の心臓は左胸から飛び出そうかと言うほどに強く高鳴り、動悸が邪魔をして呼吸もままなら無い。


それでも、必死に言葉を紡ぐ。



「……久遠くん。今、『帰る』って言ったよね……?それって、どこへ?」


「どこって、そりゃお前んとこの神社に、」


「それは、出来ないよ……」


「なんで?」


「……それには理由が要るの。私と久遠くんが一緒にいるには……理由が必要なの」


「理由も何も俺は恋火さんの……」


楓歌は言葉を遮るように、(かぶり)を振る。



「久遠くん。今まで、本当にありがとう」


「……なんだよ、改まって」


京志郎には、それがまるで別れの言葉のように聞こえた。



「私、……久遠くんと一緒に過ごした時間がすごく楽しかった」


「……?」


「初めは、恋火さまのお手伝いをして欲しいっていう、私のわがままに付き合ってくれて、その時はそれだけですごく嬉しかった。私の話を信じてくれて、嬉しかった。それで、一緒にいるうちに色々お話しするようになって、私、久遠くんの色んなところを知ったの。正義感が強いところとか、頼りになるところとか、ちょっとぶっきらぼうだけど、本当はすごく優しいところとか、ホントに色々」


饒舌に語らう楓歌は耳まで赤くして、京志郎をまっすぐと見つめる目は涙で潤んで輝いていた。



――おいおい、いきなり何を言ってんだよ



「だから、久遠くんには幸せになって欲しいって思ってた。喜んで欲しいって思ってた。月嶋さんとのお願いを叶えて、笑って欲しいって、そう思ってたの。――でも……、久遠くんが告白するってなった時、どうしてか自分でも分かんないんだけど、私、急に『ここ』が苦しくなって……」


楓歌は胸を押さえて呟くように言う。思い出した痛みに眉を寄せて。



――待て待て待て。どうしてそんなことを言う。どうしてそんな顔をする


――こいつは俺の気持ちを知っているだろう。なのに、どうして……



「私、本当に楽しかった。短い間ったけど、久遠くんとお話する時間が、何よりも楽しくて、大切で、幸せで……。だから、もう久遠くんとお話し出来ないって思ったら、悲しくて、辛くて、我慢できなくて……。それで分かったの」


楓歌は泣きそうな顔をしながら、笑顔を浮かべていた。引き込まれるような笑顔だった。



――やばい



――やばい、やばい、やばい



――やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい



「私、久遠くんと、一緒にいたい……」



――やばいっ!



――かっ、かわいい……っ!



その言葉は、空白を満たすように心の中に注ぎ込まれ、理性の防波堤を決壊させようと、うねり、打ち付ける。



「久遠くんと、離れたくない……っ」



――やめろ



「久遠くんの側にいられる、理由が……欲しい……」



――やめてくれ



「お願い……久遠くん……。私に、理由をちょうだい……。あなたの側にいられる、理由を……」



――やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ



「だから、お願い、久遠くん……。もし、嫌じゃなかったら、私と…………」



――やめろおおおおおおおおっ!!!!!



「お、お友達になってくださいっ!!」






「………………………………………………………………は?」





「……どう?」




――は?



――は??



――は???






「………………………………は?」


「な、なに、その顔……」


「え、いや、だって…………。え、友達?え?」


「う、うん……。だ、ダメ、かな?」


「いや、ダメっていうか……え?」


「ダメじゃないの?じゃ、じゃあ……お願い……。ねぇ、お願い……ねぇ……」


楓歌はずいずいと歩み寄って来、縋るような目で哀願する。


本気も本気。真剣も真剣。マジな目だった。



「く、くふふふ……」


「?」


「あは、あははは、あははははははははっ!」


我慢の限界だった。


大笑いする京志郎に、楓歌は目を丸くして、そして抗議するように、


「な、なんで笑うのっ!?」


「いや、笑うだろ、こんなもん!はははっ!なんだよ!友達かよ!友達でいいのかよ!なんだよそれ!マジ、ビビったわ!ホント脅かすなよ!はは、ははははっ!」


「…………」



せっかく自分が腹を括って一世一代の告白をしたというのに、それを爆笑で返されるとは露ほども思わなかったのか、楓歌は不服そうにしていた。


が、京志郎からすれば、これが笑わずにいられようか、というものだ。


京志郎は笑いすぎで捩れた腹を押えながら言う。



「『友達になって』なんて、そんなこと、大マジになっていうことじゃねぇぞ?」


「だって……だって私っ、分かんなくて……。でも、久遠くんとは離れたくないし……。お友達になれたら……一緒にいても、いいのかなって、思って……それで……」


楓歌は思いつめた顔で言う。不器用に程があるというものだ。


「あのな、黒咲。お前が友達ってもんに、どんなイメージを抱いてるかは知らないけど、友達ってのは、『今からなろう』つってなるもんじゃないと思うぞ?」


「そうなの……?」


「『そうなの?』じゃねぇ。一緒に笑ったり、ケンカしたり、悩んだり、助け合ったりすりゃあ、そりゃもう立派な友達だろ?それともお前は、それだけ一緒の時間を過ごした人間に『お前なんて友達じゃない』なんて言うのかよ?」


意地悪く言うと、楓歌は困ったように肩を竦め、


「分かんない……」


おずおずと、俯いて言う。


「……だって私、友達、いないから……」


「なーに言ってんだ」



顔をしかめる楓歌の額を小突き、


「ここに、いるじゃねぇか」


楓歌は驚きで声が出なかった。それをいいことに、京志郎は楓歌に言って聞かせる。


「俺と黒咲は友達だ。誰が何と言おうと、それだけは絶対に確かだ。俺がお前の側に居るのは、恋火さんの命令だからでもないし、お前のことを気の毒に思ってるからでもなんでもない。俺たちが、友達だからだ」


楓歌に、そして自分に言い聞かせるように。


「で、友達ってのは、お互いにわがままを言い合ってもいいって決まってるんだ。迷惑をかけてもいいし、その代わり、困ってたら絶対に助ける。そういうもんだ。だから、」


京志郎は顔を背けてしまった。流石に、真正面を向いて言える科白ではなかったのだ。


「お前がもし、『離れるな』ってわがままを言うんだったら、俺はそれに付き合ってやる」


きっと、本物の告白よりも数十倍も恥ずかしい科白を言い、京志郎は手を差し伸べた。


「お前が望む形で、俺がずっと側に居てやる」


楓歌は頬を濡らして、その手を取り、大きく肯いた。


「……はいっ」

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