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8-4

「月嶋。まず、お前に言っておきたい事がある」


「……なにかな?」


京志郎の尋常ならざる気配を感じ取ったのか、かしこまる想依に、京志郎は強く断言した。


「俺と黒咲は付き合ってなんかいない」


「…………へ?」


「昨日のことは誤解だ。俺たちはなんでもない」


「…………」


「確かに月嶋の言う通り、俺たちは最近よく一緒にいるけど、それは別の理由があってのことだ」


「…………」


真剣な眼差しで釈明する京志郎を、想依は唖然とした様な、拍子抜けした様子で見ていた。


そして、少し戸惑ったような顔をして、


「うーんと……。どうしてそんなこというのかな?隠さなくても、あたしは誰にも言ったりしないのに。あたし、そんなに信用ないかな?」


「違う!そうじゃない!俺は、お前に勘違いしたままでいてほしくないんだ」



「あたし、に?」


「そう、月嶋に。他の誰がなんて思うかは、今は関係ない。俺は、お前に誤解されるのが嫌なんだ。お前にだけは、分かって欲しいんだ」


「あたし、だけ……?」


想依は視線を泳がせて思考する。


投げられた言葉の意味を、正しく読み取ろうと、脳を回転させる。


「えっと……。それって、どういう……」


想依は上目遣いに、怯えたように言う。想依らしくない、小さく細い声で。



「月嶋……。お前に、伝えたいことがあるんだ」


京志郎は、想依に一歩、歩み寄った。


「俺は、お前のことが――」




   ⇔




今朝のこと。いつもなら、ようやく起き出すような時間に、楓歌は登校した。


青い封筒をポケットに入れて。


学校には誰もいない。


これならば、誰に姿を見られることもない。もう失敗するようなことはないだろう。



楓歌は昇降口に立ち、ふっ、と息を吐く。


日常の始まっていない校舎は、異常な静謐さを帯びていた。


普段の活気に満ち満ちたこの場所は、自分から遠く乖離した存在のように思えていたが、今だけは、拒むことなく自分を受け入れてくれるのではないか、と思えてくる。



封筒を取り出して、下駄箱に手を掛ける。


――もしここで、この手紙を下駄箱に入れず、このまま自分が持っていたら……


そんなことが頭をよぎり、楓歌は自分が怖くなった。


あり得ないことだ。



楓歌は、「月嶋」と書かれた上履きの上に封筒を置いた。



そんなこと、出来るわけがないし、する気もない。


ない…………ないが、もしこの手紙が、想依の手に正しく渡ればどうなるのか。



きっと、京志郎は想依に想いを告げるだろう。


そして、二人は結ばれる。


それが彼の願いであり、恋火の願いであり、楓歌の願いだった。


そう、少し前までは。




昼休み。京志郎は屋上に来なかった。




実際、二人が結ばれるかどうかは分からない。


だが、例え結ばれなくとも、胸中を明かした京志郎の隣に、これからも自分が立つ資格があるのだろうか?


結ばれれば、当然、そんな資格は剥奪される。


どちらにせよ、自分は京志郎から離れなければいけない。


『今までありがとう』と言って、想依と並んで歩く彼の背を、後ろから見送ることしか許されなくなる。


彼との楽しかった日々は終焉を迎え、思い出だけを抱えたまま、一人、閉ざされた日々へと還らなければならない。




――いや……



せっかくまた会えたのに、



――いやだ……



せっかくお話できたのに、



――いやだ、いたや、いやだ、



やっと仲良くなれてきたかなって思ったところなのに、



――いやだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ



もう離れなきゃいけないなんて……



――そんなの、いやだ……っ




心の容量が一杯になった時、楓歌は踵を返して走り出していた。




   ◆




「月嶋……。お前に、伝えたいことがあるんだ」


想依は息を呑み、黙って京志郎を見上げる。強張った顔で口を硬く噤み、京志郎の言葉を待つ。


「俺は、お前のことが――」


「まっ、待ってぇぇっ!!」


酸欠で掠れ切ったその声は、廊下から中庭に飛び込んで来、二人の間を割って入った。



「く、黒咲!?」「黒咲さん!?」


そこには、ぜぇぜぇと息を切らしながら、苦悶の表情でこちらを見つめる黒咲楓歌がいた。


楓歌の姿を確認すると、想依は訝るように京志郎を見る。


しかし、解せないのは京志郎も同じことだ。


「どうしてここに……?」


予定では、楓歌は先に家に帰っているはずだ。恋火の側にいると言ったのは、他でもない楓歌である。


楓歌は問いに答える余裕すら無いのか、はぁはぁと肩を上下させるのみだったが、その眼差しだけは、いつになく強い意志を抱いていた。



「おい、大丈夫かよ」


「こ、来ないで……っ!」


心配して駆け寄ろうとする京志郎を、楓歌の言葉が遮った。



「月嶋さん……」


楓歌は無理矢理に息を整え、想依へと歩み寄る。


「えっと……どうしたの?」


戸惑いを隠せない想依を、じっと見つめ、そして大きく息を吸って、



「私と久遠くんは、ただのお友達ですっ!」


「へ?」


「昇降口のことは、私が貧血で倒れちゃっただけなのっ。中庭のことは……その、私が道に迷っちゃって、久遠くんが助けてくれたのっ。最近一緒にいるのは……久遠くんが、いつも一人の私を気にかけてくれてて……。だから、月嶋さんが言ったことは、全部勘違いだし、私たちはそんな関係じゃないのっ!私たちは、ただのお友達なんですっ!」


あっけにとられる想依に、楓歌は捲し立てる。そして、不意に我に返り、


「あ、その……ごめんなさい……。それだけ、どうしても言いたくて……」


すごすごと頭を下げる。



「……そうなの?」


想依は楓歌ではなく、京志郎に向かって言質を取る。


「え、あぁ、そうだな」


「なーんだ……。なーんだ!そうなんだ!そうだったんだ!あたし勘違いしてたかも!」


「だから最初からそう言ってるだろ?」


「えへへー。だって、二人があんまりにもお似合いだったんだもーん。――あ、もしかして言いたいことって、それ?」


京志郎がぎこちなく肯くと、想依は「ふーん。そっか」と頭の後ろで手を組んで、一瞬だけ唇を尖らせた。


「じゃ、用事もすんだみたいだし、あたしもう部活行くね!」


すぐにいつもの笑顔を取り戻して、想依は走り去って行った。




「ふぅ……」


京志郎は、ぐったりと四肢を投げ出して、ベンチの上に座り込む。


「ゴメン……久遠くん……。その……邪魔、しちゃって」


楓歌は俯き、心底申し訳なさそうに言う。


「ん?いや、別に謝らなくていい。まぁ、いきなり来たからびっくりはしたけどさ」


「でも、月嶋さんに、告白できなかった……」


「いいよ。元々、そのつもりじゃなかったんだし」


「でも……好き、なんでしょ……?」


「ああ……。好きだと思う。でも、やっぱり、付き合いたいわけじゃない。だから、告白なんか出来なくても良かったんだよ」


「そう、なんだ」


「……それに、なんか今回のことで、俺もちょっと吹っ切れたわ」


「え……?」



京志郎はポケットの中の便箋を取り出して、天に透かして見る。


『対に成った手紙には、互いに所有者の心の引き合わせる力が在る。但し、所有者同士が少しでも互いの事を意識し合って居る場合にしか、真価を発揮せん』


恋火の注釈の言葉が蘇ってくると同時に、言いようのない落胆が押し寄せる。




楓歌には聞こえなかったのだろうが、先程、想依は退場する際に京志郎の耳元で、


「残念だったね、久遠くん」


などと、微苦笑を浮かべて言い残して行ったのだ。




(お互いが少しでも意識し合って居たら……)


つまり、一方的な想いの場合には、この手紙は無用の長物と化す。


(月嶋のあの態度……。とても、俺を気にかけているようには見えなかった。ってことは……)


「はぁ……」


なんだろう。心に大きな大きな四次元的な空白が出来たようなこの感覚は。


何も変わっていないはずなのに、何か大きなものを失ったような感覚。


命の原動力の一番重要な部分を、ごっそりを奪われてしまったような感覚。


辛くはない。悲しくもない。苦しくもない。痛くも、痒くも。


ただ漠然と、空しい。

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