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8-2

二人の視線が交差していること(実際はすれ違っただけだが)に気づいたのか、想依は、


「くーどおくーん」


ニヤニヤしながら、肘で京志郎の腕を数度小突き、


「やるじゃーん!こーんな美人な彼女さんを捕まえちゃうなんて!さすが、あたしの見込んだ男だぜ!」


「なっ……!?」


「……っ!?」


二人は絶句した。


「うーん。でも、久遠くんも結構カッコいいし、お似合いだと思うよ!あたしは!」


当人たちの反応をよそに、想依はニコニコと二人を祝福する。



「い、いや、ちょっと待て!月嶋!俺たちは別に、」


「すとおぉぉぉぉっぷ!!!」


想依は京志郎の口の前に手をかざし、弁明の言葉を遮った。


「隠さなくてもよいのだよ!あたしには全てお見通しなのだ!なぜなら!あたしは目撃してしまったのだ!先週、二人が校門で待ち合わせして、一緒に帰るのを!」


にこやかに、確たる証拠を提示する想依。


「いや、あれには事情があって、」


「ふふふ、言い訳は見苦しいぞよ?名探偵・月嶋には隠し事など出来ないのだぜ?」


想依は京志郎の言葉を一切受け付けない様子だった。


「それに、もっと決定的な瞬間を、あたしは見ちゃったのだ!」


想依は眉を吊り上げて真剣な表情を作り、ピッと京志郎を指差す。そして、若干頬を赤らめて、


「昇降口で……ハグハグ……しちゃってる……と・こ・ろ・をーっ!きゃー!!はずーい!!」


想依はくねくねくるくるわきゃわきゃしながら、忙しなくリアクションをする。



その言葉で、体内から突き破られたような感覚が胃に走り、酸が逆流を始めた。


「あ、わざとじゃないよ?たまたま通りかかったら見えちゃったっていうかー。それに、誰にも言ってないから安心して!プライバシーは守らないとねっ!」


血潮が引き、干乾びた脳髄が頭蓋の中で悲鳴を上げる。


「まぁまぁ、隠しときたいなら、誰にもヒミツにしておくからさ!あ、でもでも、あたしにはー恋バナ聞かせてほしーなー!あははっ、なーんてっ!」


肺が切り裂かれ、気道が引き裂かれ、ヒュゥヒュゥと不快な音が喉元で唸る。


「黒咲さん、久遠くんのこと、お願いね!ちょーっと口は悪いけど、すっごくいい人だから!」


視界が歪む。世界が回る。天が堕ち、地が割ける。


「あっ、もう昼休み終わっちゃう!じゃ、またねーお二人さん!お幸せにー!」


想依は言いたいことを言うだけ言って、校舎に向かって駆けて行った。



「久遠くん……」


混乱冷めやらぬ声で楓歌が京志郎を呼ぶ。


「わりぃ、黒咲」


「え……?」


「俺……今日、死ぬかもしれん」


顔面蒼白で言う級友を見、楓歌は苦い顔で俯いた。




   ◆




どうしてこんなことになった?


何がいけなかったのだろう。何を間違えたのだろう。


周りの人は誰も悪くない。これは不幸なボタンの掛け違い。


だったら、この失意は、一体誰に向ければいい。


答えは一つ。それは自分にこそ向けられるべきだ。


楓歌は唇を噛んだ。




   ◆




当然、午後の授業は一切頭に入らなかった。


放課後、屋上でビニールシートを広げて、そこに倒れ込むように寝そべる。


「はぁ……」


ヘヴィな呼気が肺胞から捨て出される。


「なんてこった……」


京志郎が言うと、隣で座る楓歌も暗い顔をする。



――あんな勘違いをされておいて、まだ懲りずに楓歌と共に過ごす自分もどうかと思ったが、騒がしい校内よりもここの方が万倍も気分が安らぐ。


とにかく今は、静かな場所でゆっくり考える時間が欲しかった。



「月嶋のヤツ、話聞けっての……」


普段は狂おしいほどに愛おしいはずの想依のマイペースな部分が、今日だけは尋常でないほど憎らしかった。


「月嶋さんは、悪くないよ……。よく考えたら、勘違いされても仕方ないよね……。そんなこと、考えもしなかったけど……。ごめんね……久遠くん……」


「仕方なくなんかあるもんか。それに、お前が謝るようなことじゃない。お前だって、いい迷惑だろ?適当な勘違いされて」


「いや、別に、私は……」


激しく憤る京志郎を見て、楓歌は複雑な心境になる。彼が憤懣を感じる理由はよく分かる。しかし、自分にはその理由が無かった。


今は『驚き』が楓歌の心の全てだ。何か、それ以外の感情が外へ出たがっているが、脳がその感情を識別し切れていない。



「でも、やっぱり、私が手伝ってなんて……お願いしなかったら……」


「……」


確かに、そうすれば要らぬ勘違いをされることも無かっただろう。


しかし、今更、『あの時手伝うなんて言わなければ良かった』などと、考えることが出来るか?


自分の取った行動が、間違いだったと思えるか?


「……そんなことは、どうだっていい」


京志郎は身を起こし、決意を新たに言う。


「俺は、月嶋の誤解を解く。全部アイツの勘違いだってことを、ちゃんと分からせる」


「……でも、簡単に納得してくれるかな」


楓歌の懸念も肯ける。それだけの場面を、二人は想依に見られてしまっているのだ。


「それでも、分からせる。分かったって言うまで、何度でも言ってやる。俺たちは、付き合ってなんかいない。何でもないんだって」


「そう……だね……」


京志郎は意気込んではいるが、その実、色々なことが見えていない、と楓歌は感じた。



――例え、今回想依を説得出来たとして、この問題はそれだけで済む話ではない。


この問題には、これから京志郎が、どういうスタンスで、どういった行動するのか、ということも大きく関わって来るのだ。


想依への説得如何で、それが決まって来る。


そのことを、彼はまるで理解していなかった。




「はい、どうかしましたか……?」


「ん?」


「えっ……そ、そうなんですか……?」


「おい、どうした黒咲」


唐突に、楓歌が意味の分からない独り言を言い始める。


「で、でも、そんな今更……。それじゃあ、彼の気持ちは……。でもっ……。それは……」


楓歌は、何もない空間に向かって喋りかけているように見えた。



「どうした……?もしかしてだけど、お前も混乱して、ちょっとオカシクなっちゃったのか?」


しかし、楓歌は空中との会話をやめない。


一点を見つめながら話し、時に表情を変え、時に目を逸らし、あたかもそこに見えない人でも立っているかのような振る舞いだった。


(まさか……本当にそこに何かいるんじゃないだろうな……?)


何せ神社の娘だ。普通では見えないものが見えることもあり得る……(あれ?)



やけに慇懃な言葉遣いの楓歌を見て、京志郎はふと気が付いた。


そして、何かを悟ったかのように聞く。


「黒咲。……恋火さん、どこに行った?」


屋上に来る二人を、常に待っているはずの神が、今日はここに居なかった。


言ったそばから見る見る楓歌の表情が変化し、京志郎は自分の直感が正しかったことを理解する。


「……久遠くん、もしかして…………」


それは驚愕と困惑と絶望をマーブルさせたような、表情だった。


「見えて、ないの…………?」


何も無い空間を見つめて、楓歌は言った。

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