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8-1

それからしばらくは、何事も無い穏やかな日が数日続いた。


側近と言っても、京志郎は、仕事が限定されたアルバイトみたいなもので、肝心の参拝者がなければ、手伝うことなどない。


つまり、磐蔵神社には、福島と桜以来、一人の参拝者も来ていないのだ。


三日連続の参拝者による束の間の繁栄を喜んでいた恋火も、今は憤懣やるかたない様子だった。


そんな神をなだめることに手を焼きながらも、京志郎と楓歌の日常は、以前の高校生活に戻りつつあった。



少し違うことがあるとすれば、恋火の『側近は斯く在れ』という言葉に従って、京志郎がほぼ毎日楓歌と共に屋上で昼食を共にし、楓歌の家へと出向くということだった。


することと言えば、楓歌の入れたお茶を飲んだり、一緒に学校の課題を片したり、あるいは、恋火の昔話に付き合わされたり、逆に現代のこと、学校での出来事などを恋火に聞かせるくらいなもので、特に変わったことはなかった。


楓歌は、やはり口数は少ないものの、以前よりも笑顔が少しだけ増えるようになっていた。



そんなある日のこと。災いは突然やって来る。




   ◆




「俺、今日当てられる日だから、昼休みに六限の数学の課題やろうと思ってたのによぉ」


旧校舎から戻る途中のことだ。京志郎は、憤慨半分、焦燥半分といった様子だった。


「用も無いのに呼び出される身にもなれっての」


なぁ?と、後ろを付いてくる楓歌に水を向けると、彼女は困ったように眉尻を下げる。


「俺、数学苦手なんだよなぁ。間に合わなかったらどうしよ……」


クラスメイトの前で醜態を晒す自分を想像し、京志郎の顔に陰が差し込む。


「あ、あの……っ。久遠くん……」


「あ?なに?」


暗澹たる気持ちで振り返ると、楓歌は片手で麗しい髪をくるくると弄りながら、その身を若干くねらせていた。


「………………」


「ん?なんだって?」


楓歌はごにょごにょと何かを伝えようとしているが、声が小さすぎて全く聞き取れない。


「えっと……私も、出席番号、久遠くんの次だから、今日当てられる日で、でも、私はもう問題解けてて、難しかったけど、解き方も分かるし、久遠くんが当てられる問題も、解き方も似てるし、私だったら、多分、すぐに解けると思うし、だから、その、」


少しボリュームを上げて楓歌は言うが、


「あ、そうだ。逢阪なら、教科書の問題の答え、全部持ってるんじゃねーか?アイツを頼るのは不服だが、背に腹は代えられないってやつだな……。で、黒咲、なんて?」


京志郎の耳には上手く届かなかった。


「…………」


「えっと……なんでそんなに睨む?」


ジトっとした目で京志郎を睨め付けた後、楓歌はそっぽを向いた。また、何も言わずにご立腹のようだ。



「黒咲よぉ、俺は恋火さんみたいに、トンデモパワーを持ってるわけじゃないんだぜ?」


京志郎は目を覆い、溜息混じりに言う。


「言いたいことはちゃんと言ってくれなきゃ分かんねぇって」


「そうそう!大事なことはちゃんと言葉で伝えないとー。『目は口ほどに物を言う』ってやつよ!」


「いや、なんでそのことわざを引き合いに出すんだよ。真逆の意味じゃねぇか」


「あれー?『口は災いの元』だっけ?」


「それもどっちかって言うと反対の意味、って……」


気が付けば、楓歌の口調やテンションがいきなり変動している。らしくない、やけに快活な発声だ。


(いや、声色まで違うぞ?……まさか、この聞き覚えのある声は――)


聴覚記憶を検索し、たどり着いた答えに京志郎は戦慄いた。首がもげん勢いで振り向くと、



「つ、つ、月嶋!?」


神出鬼没。気が付くと、斜め後ろに月嶋想依が立っていた。


「こんちわ!久遠くん!」


目が合うと、想依はお得意のサンシャインスマイルで京志郎を眩しく照らす。


「な、なんでここに!?いつからいたんだ!?」


「んーなんでっていうかー、あたしは廊下を歩いてただけだよ?そしたら久遠くんが話してるのが見えてねー。声掛けたくなっちゃって!」


と、想依は他意なく述べる。


京志郎にとっては光栄な言葉なのだが、何分心の準備が不完全なもので、焦りが喜びを追い越して、先に外へと出て行ってしまう。



想依は楓歌の方へ向き直り、


「黒咲さんも、こんちわ!」


京志郎に見せた笑顔と全く同じものを向けて、朗明に挨拶をする。


「あたし、8組の月嶋想依!直接お話しするのは初体験だね!」


謎のワードをチョイスして身分証目をする想依。楓歌は、おっかなびっくり会釈を返し、


「は、はじめまして……。黒咲、楓歌、です……」


「ふうかっていうんだー!キレイな名前だね!」


「あ、ありがと……」


「いいな~あたしの名前と替えてほしいなぁ~」


想依は楓歌の手を取り、上目遣いで言う。楓歌は、どうしていいか分からず、オロオロ。


「それにこのウエスト!細すぎ!いいなぁ~」


「あ、あぅぅ……」


初対面にもかかわらず、想依は楓歌の腰に腕を回して脇腹を摩る。楓歌はくすぐったそうに身体をよじった。


「っていうか、黒咲さん!めっちゃ脚ながー!間近で見たら、ホント、犯罪的だねー!腰の位置、あたしの首くらいじゃなーい?」


いくら想依が小柄だと言っても、同じ高1でそんなに縮尺差があるわけがない。と、京志郎は心中でツッコむ。


「あ、間違えた。乳首くらいだ」


さすがに吹いた。



「ちょっとちょっとちょっと!久遠くん、なに笑ってるの!?」


「わ、笑ってねぇよ……」


「ウソ!顔、超ニヤケてるもん!あたしが短足なのがそんなにおかしいかー!」


(そこじゃねぇ!)


「みてろよコンチクショー!あたしにはまだ第二次成長が控えてんだぜ?」


そんな二段階進化みたいな機能は人間には搭載されていない。


恐らくは、『第二次性徴』と勘違いしているのだろうが、だとしたら想依は二重の意味で恥ずかしいことを言っているのだが、どうやら本人はそれに気が付きそうもなかった。


「それにしても黒咲さん、ホント美人だなぁ。ホントあたしと入れ替わって欲しいなぁ」


「ありがと……ございます……」


想依は冗談半分で言っているのだろうけれど、楓歌はたじたじだ。


目配せで京志郎に助けを求めたが、


(いいなー。黒咲のやつ、月嶋にあんなに触ってもらえて)


全く気が付かずに、想依の遠慮のないスキンシップを受ける楓歌を羨むように見ていた。

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