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7-1

デートの待ち合わせ場所は、この辺りで一番大きな駅である「遠海駅」だった。


平日の朝には通勤通学の利用者でごった返している駅前も、日曜日の午前9時前となれば人もまばらで、待ち合わせに難儀することもなさそうな雰囲気だった。


適当な駐輪場に自転車を止め、駅の外れの大きな桜の木へと向かう。


「よう。悪い、待たせちまったかな」


「おはよ……。私も今来たとこ……」


私服の楓歌が小声で挨拶をする。


ともすれば巫女服で現れるのではないかと危惧したが、ブラウスにカーディガン、膝丈のスカートと、控えめながら至って普通の姿で現れてくれて、京志郎も溜飲が下がる思いだ。


あんな格好では目立って仕方が無い。


意図したものかは定かではないが、清楚な雰囲気の服装は楓歌の長く綺麗な黒髪とよく合っている。


多少地味とも言えるが、『らしい』と言えば『らしい』。


派手に着飾った楓歌など、想像することすら難しい。



「二人はまだ来てないのか?」


挨拶もそこそこに、本題に直行する。すると、楓歌がすっ、と指差し、


「あれ……桜さん、だよね……?」


細い指先が示す先には一人の女性の姿があった。


駅舎の前で辺りをキョロキョロと伺いながら、何度も腕時計や携帯を確認する姿は如何にも待ち合わせをしている風だ。


「ああ、間違いない。桜だ」


直に待ち合わせ時刻の9時になるが、桜のそわそわと落ち着きの無い様子を見ると、九条はまだ現れていないらしい。


離れて桜を見守ること10分。


9時を少し過ぎて、桜へ近づく一人の男が現れた。




  ⇔




「お、おはようございます!九条先輩!」


九条の姿を見るや否や、桜は上ずった声で叫んだ。


驚き、喜び、焦り、そういった諸々の感情の発露を強引に押さえ込むかのように。


対する九条は突然声を掛けられたことに素直に驚き、そして発声元の人物を見て、驚愕の色をさらに濃くする。


「桜くん!?どうして君がここに……?確か今日は撮影会ではなかったのか?」


「えっと、それは……」


桜が答えあぐねていると、九条は周囲を見渡して、


「他の部員はどこだ。どこかに隠れているのか?」


「今日はその……部活、サボちゃいました」


「サボった?君がか?」


九条は桜の言葉が腑に落ちない。


九条の知る桜という人間はとても真面目で、何より写真を撮ることが大好きなはずだ。


「せっかくの野外での撮影会の機会をないがしろにしてまで、こんなところで何をしているんだ。天満さんたちは君を待っていると思うぞ。……僕が言えた義理は無いかもしれないが」


無意識に桜を諭し、その言葉は直後に自分の身に跳ね返ってくる。


ばつが悪そうに俯く九条を見て、桜は意を決して口を開く。


「九条先輩……この後のご予定は……?」


「ふっ。悲しいかな、時間を持て余すことになるだろうね。まあ、君と同じサボりさ。わざわざ早起きして来たが、あの手紙も悪戯だったようだし」


「あの手紙……?」


「いや、こっちの話だ。忘れてくれ。僕も忘れることにする」


「じゃ、じゃあ……」


胸の前できゅっと手を握り締め、すっと息を吸い込み、乾いた唇で桜は言う。出来る限りの笑顔を作って。


「遊びに行きましょう!」


「は?」


「私もすることが無くて困ってたんです!さぁ!行きましょう!」


「お、おいおい。腕を引っ張らないでくれ」


強引に九条を連れ、桜は遠海駅へと入っていった。


笑顔があふれる場所を求めて。






桜と九条は、隣接する大都市の臨海区へと向かい、海上に浮かぶ埋め立て地の島にやってきた。


その島には大型ショッピングモール、テーマパーク、水族館、スタジアムなど所狭しと存在し、島全体が一体となった総合レジャーランドになっており、周辺地域のみならず、全国から、延いては世界からの多くの来場者で賑わっている。



桜の希望で朝の内に二人は水族館に行き、昼食はショッピングモールのフードコートで済まし、午後からはあてどもなくぶらぶらとウィンドウショッピングを楽しんだ。


それは、なんてことのない至って普通のデートだった。


周囲を行き交うカップルの群れに二人はすっかり溶け込み、特別でない、特別な時間を過ごしていた。



とは言え、それが特別であるかどうかは、傍目からでは一切伺えない。


「あれ大丈夫か?なんか普通にデートしてるだけに見えるんだけど。ちゃんと元気付けてるのか?」


柱の陰から桜たちを見、不安気に京志郎は言う。


「でも桜さんは楽しそうに笑ってるよ……?」


同じく柱に隠れる楓歌が京志郎の下から言う。


「桜はともかく、九条さんは明らかに困ってるだろ。『俺なんでここにいるの?』って顔してるぜ?」


「確かに……」



桜たちを追って京志郎たちも臨海区まで来ており、少し離れた位置からずっと後をつけていた。


臨海区が大盛況なのが幸か不幸か、二人を見失いそうになることも幾度かあったが、あからさまな尾行による見るからに怪しい動きはその他大勢の人だかりに上手くかき消され、当人たちに気が付かれることもなかった。


それでも、桜に対しては面が割れているため下手に接近することも叶わず、二人の詳しい会話の内容までは把握できずにいた。


その結果、ぎこちないカップルと、それを遠目で見続ける怪しいカップルという謎の構図が出来上がった。



「さっきから見てると、ずっと喋ってるの桜だけだぜ?その桜の表情も、笑っちゃあいるけどなーんかぎこちないし。こんなんでホントに九条さんの鬱憤を晴らせてるのかねぇ」


「分からないけど……桜さんを信じるしかないよ」


楓歌は不安そうに、しかし覚悟を持った表情で言った。




  ⇔




その間、桜は終始笑顔だった。


こうして九条の隣を歩いているこの時間が途轍もなく幸せだということも勿論、彼女を笑顔たらしめる1つの大きな理由なのだが、それ以上に『笑顔でいなければならない』という決意があった。


初めに神社の話を聞いたときは、無論、桜も半信半疑だったが、それでも藁にも(すが)る思いで神さまに願いを掛けたのだ。


するとどうだろう。本当に神からの啓示は訪れ、その上、今まで自分たちの前に一切姿を現さなかった九条が、本当に目の前に現れたのだ。


その時桜は確信した。これは神に与えられた試練なのだ。


舞台は用意した。後は自分の力で、九条の心を動かしてみよ。神はそう言っているのだと。


だったら、やってやる。自分が、九条の力になってやる。


それが故の笑顔だった。



初め、九条には目に見えた困惑があり、それは九条が今の状況に至った理由や経緯を、自分以上に理解出来ていないことを物語っていた。


なぜこんな場所にいるのか。なぜこんなことをしているのか。


その疑念が心の内で渦巻いていたのだろう。


だからこそ、桜は相手に、そして自分にも、余計な思考をさせる時間を作るまいとひたすらに喋り続け、ひたすらに楽しいこと、明るいことを掴もうとした。


今このひと時を存分に楽しんで欲しいと、楽しみたいという気持ちだけで過ごしていた。


相手が自分のことをどう思うかさえも顧みずに、九条の頭の中を楽しいことだけで埋め尽くしたいという気持ちで一杯だった。


わがままな子だと思われても、無茶苦茶な子だと思われてもいい。


九条の本気の笑顔が見られるまでは、絶対に笑顔は絶やさない。


今の自分にはそれしか出来ない。――それだけは出来る。そう思っていた。


 


だから、時間を追うごとに九条の表情にも笑みが浮かび始めてきたことに気が付いた時には、心底嬉しかった。

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