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6-5

「この建物の中が最後の候補です。もし見つからなきゃ今日は諦めた方がいいでしょうね」


恋火は、顎に手を当てて難しい顔で、旧校舎を見つめていた。目的達成前に撤収することが気に食わないのだろうか。


「でも、もうここにその女子がいる部があることは間違いないです。焦る必要もないですよ」


運動部は全て確認し、新校舎で活動中の比較的活発な文化部も全て訪問した。目的の部は必ずここにある。


恋火は、京志郎のフォローを受けて硬い顔を崩した。そして、


「確かに焦る必要もなさそうだ。何せ、件の女子はここにおるようだからのう」


口元をニヤリと釣り上げて、そう断言した。



(……本当かなぁ?……インチキ降霊術にまで引っかかる始末だしなぁ)


今までの時間のロスで、恋火の神としての信頼はかなり失墜していた。


「どの部屋にいるか、分かりますか?」


「それは判然とせん。が、この建物にいるのは間違いない。急いで探し出すぞ。夕暮れは近い」


と、恋火が勢い良く一歩を踏み出したところを、「待って」


後ろから制服を引っ張って静止する。「ぐぇッ……にゃ、何をするのでゃ!」


「待ってください。この無駄にデカい旧館をチンタラ探すのは止めた方がいい。時間もないし、その間に、その女子が帰ってしまうかもしれない」


「むぅ……。確かにこの大廈を駆けずり回るのは難儀ではあるが……ではどうしろと?」


「俺に考えがあります」




     ⇔




「ねぇねぇね~ぇ想依ちゃぁん。駅前に新しいカフェが出来たらしいんだけどぉ、良かったら今日、寄って行かなぁい?」


部活終わりの女子更衣室で、友引聖の甘ったるい声が、月嶋想依に誘いをかける。


「かふぇー?」


「そぉ。なんでもそこのお店、紅茶とかの味もさることながらぁ、一緒に置いてあるケーキがすっごぉい美味しいらしいのよぉ。私ぃ、一度行ってみたくてぇ。ねぇ、興味なぁい?」


「ケーキっ!ある!あるある!興味ある!あたしも行ってみたい!」


「良かったぁ。じゃぁ今から行きましょうよぉ。ね?」


簡単に餌に飛びつき、目を輝かせる想依を見て、聖は満足そうに微笑む。


そんな二人を、仁王憧は胸やけを起こしたような表情で見て、


「お前ら毎回毎回、よくも飽きずに甘いもん食ってられるな。ほぼ毎日じゃねーか」


「んふ。運動して疲れた身体にはぁ、甘いものと、それを食べた時の幸せな気分が必要なのよぉ」


「そうそう!これは一日頑張った自分への貢ぎ物なのだ!『どうか明日もいっちょお願いしますよ、身体さーん』『へぇへぇ、仕方ねぇ。こんなもん貰っちまったらやるしかねぇか』って感じなのっ!身体さんへの賄賂は欠かしちゃダメだね!」


「んなだからテメェらの身体はだらしねぇんだよ」


想依の三文芝居を見て、呆れ顔で憧は言う。


「えぇー!?あこちゃん来ないのー!?」


悲し気な顔で、憧の腕に縋りつく想依。


「一緒に行こーよー!シナモンやバニラとダンスしようよー!」


「なんでそんなもんと戯れなきゃいけねェんだ!それならアタシは、プロテインやグルタミンと筋トレしてる方がよっぽどマシだね!」


などと憧は悪態をつくが、結局は二人の寄り道に付き合って、いつものように三人で繁華街へ繰り出すことになった。



着替え終えて、校門を出ようという時だった。



「およ?あそこに見えるは……」


想依が、校門の西側の塀にもたれ掛かっている、人影を見て声を上げた。


「やっほー!何してるの~!」


ほぼ条件反射的に相手を呼ぶ。


比較的大きな声を上げたつもりだったが、しかし相手の耳には届かなかったようで、相手は想依たちのいる方向とは反対を向いたままだった。


「なんだよ、月嶋。急に大声上げて」


「どうしたのぉ、想依ちゃん。お友達?」


「うん。中学からのね。…………へいへーい!カモーン!マイフ()エンドー!」



手を振って呼ぶが、その友達は並んで塀にもたれる同伴者と、何やらを話しているようで、一向に顔を向けない。


「そっちはあさってだぜー!?おととい来やがれー!お探しのオレさまはここだぜーー!!くど――」


旧友の名が喉に引っかかった。



彼の横にいた同伴者が、彼の方を見た時に、その横顔が視界に入り――いろいろなことが吹き飛んでしまった。



「……きれい」


意図せず、ごくシンプルな至言だけが漏れ出す。


遠目からでもはっきりと分かる整った顔立ち。


幼子おさなごのようにサラサラの長い黒髪。


背は自分よりもかなり高く、脚はもっと長い。


その同伴者は、とても美しい少女だった。



――そして、あの長く麗しい髪には見覚えがある。


目撃したのは一度だけだったが、それでも衝撃的なシーンだったため、その時の光景はありありと脳裏に浮かんでくる。


その時は彼女の顔は確認しなかったので、確実に同一人物であるとは言えないのだろうが、想依の心には、以前見た黒髪の女生徒と、今、旧友の隣にいる彼女が同じ人間であるという、強固な確信が生まれていた。



「―――ま。――しま」



美麗の極を体現する彼女は、隣に立つ彼に喜々として話しかけ、その笑顔は咲き乱れんユリの花のようで。


対する彼はぶっきらぼうな態度こそ取ってはいるが、きちんと彼女の目を見て話を聞いてるのが、遠目にも見て取れる。


――他人ではない。彼らは一体――



「――月嶋っ!」


「えっ、あ……なに?」


思考は、憧の声で遮られる。


「『なに?』じゃねェよ。急に黙り込んで」


「大丈夫ぅ、想依ちゃぁん?ぼぅっとしちゃって、具合でも悪いのぉ?」


硬直した想依を心配するように二人の盟友が声を掛けるも、すぐには返答出来なかった。


「……えっと、ごめん。その、」


すると、いち早く想依の様子の異変に気づいた聖が、想依の視線の先へと眼をやった。そして、


「あれぇ?彼女、黒咲さんじゃなぁい?」


「えっ、知ってるの!?」


自分でも何に驚いているのか、もう皆目見当もつかない。


「えぇ、同じ中学出身なのよぉ」


「そう、なんだ」


「想依ちゃんこそ、黒咲さんとお友達だったのぉ?」


「いやぁ、あたしのフレンドはその隣の子だよ」


「あらそう。じゃあ挨拶して来たらぁ?待ってるわよぉ」と聖が提案。


「ただし、2分だけな」と憧が条件付ける。



普通ならば、一瞬の思考もせずに彼の元へ駆け寄っていただろう。


「うーん……いいや」


折角の申し出だったが、丁重にお断りする。


「そう?気を遣わなくてもいいのよぉ?」


「ううん。いいの。」


その代わりに、もう一度だけ男友達の方に一瞥をくれ、心の中でこちらからの一方的な『ばいばい』を言った。


「ふーん」


想依の返答を受け、聖は再び『黒咲さん』たちの方を見、何か得心が行ったかのような顔で向けてきた。

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