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6-4

「で、我々はどこを捜索するのだ?」


「そうだなぁ、先ずは運動部の拠点から当たりましょう。グラウンド、体育館、剣道場、柔道場、テニスコートあたりですね。それでも見つからなかったら、文化部の教室を回ります。音楽室、美術室、PCルーム、あとはそれぞれの部の活動指定教室ですね」


「ふーむ。剣道しか理解出来んかった」


「ですよね……」


「やはり案内は主に託そう。我を連れて行くのだ」


「はいはい」


と言うことで、神を引き連れて、学校中を徘徊することになった。



――のだが、


「見つからんのぅ」


テニスコートをぐるりと見回し、恋火は嘆息まじりにそう言った。


「ここもですか……」


目ぼしい場所は一通り見て回ったのだが、恋火の信心センサーは未だ件の女生徒を感知出来ていない。


「もう帰ってしもうたのかのぅ」


「うーん。その可能性はもあるけど、とりあえず、まだ見てないところを回りましょう」


そして、京志郎たちは校舎の方へと踵を返し、足早に歩を進めた。



運動部から優先して訪問したのには訳があった。


三守高校の敷地は広いため、あまり長時間校内を歩き続けて楓歌を疲れせてしまうと、また気を失うかもしれない。


そのことを考慮して、部員の数が多く、活動場所が比較的明確な運動部を優先したのだ。


文科系クラブは、美術部や吹奏楽部や茶道部など、活動教室が決まりきっている部以外の多くは、おそらく旧校舎に集約されているのだろうが、それでも無駄に教室数が多い旧校舎内を全て見て回るのには相当な骨が折れそうだったからだ。



「黒咲の身体、大丈夫そうですか?」


「うむ、いまだ大事ない。この様に歩いているだけならば、使用する体力も微々たるものだろう。日が落ちるまでは持ちそうだ」


「ヤバくなったらすぐに言ってくださいよ」


「承知しておる。ふふん、主も側近らしさが板に付いてきたの」


「……アンタの心配をしてるんじゃないんですけどね」


とキッパリと否定したにも関わらず、恋火は微笑を浮かべ、戯れつく仔猫を見るような目をしていた。






新校舎をしばらく歩き、一つの大教室の前で足を止める。


「よし、『多目的室』だ。ここにも結構な人数がいるはずだけど……どうです?恋火さん。例の女子は、」


「おお!見よ京志郎!」


京志郎の言葉を遮った恋火は、窓から見える、部活動中の生徒たちを興奮気味に指差していた。



「見てみよ、かの者共の舞を!」


「舞?」


恋火の指差す先には、数名の女子が着物を着て、ゆったりとした動きで演舞のようなことをしていた。


「見事な舞だ!尊崇の念が如実に表わされておる!」


「は?尊崇?」


「あの動き、見覚えがある。我の社でも行われていたからの。あれは神へ捧げられる神楽の巫女舞に相違ない!」


「みこまい…」


彼女らが踊る教室の黒板には、


『着物が似合う和風創作ダンス!』


と、丸っこい字で書かれていた。


(相違、ありすぎ…!!)


「しかし、乙女たちは皆礼装でないな。人数も五人と、八乙女舞として成立しておらぬが……。それとも現世ではあの様な簡略化された式が主流なのか?」


「……次、行きましょう」


「おい、何をするのだ京志郎!は、放さぬか!」


「話すのは後です」


暴れる恋火の首根っこを掴んで、次の目的地へと連行した。


――ダンス部、ハズレ。






「お、『会議室』。ここは……文化部で二番目にデカい部がいるな」


部屋には20名程度の生徒たち。その内、3名が部屋の中央で対峙し合っていて、残りは部屋の隅に固まってその三人を遠巻きに見ている、と言う構図を取っていた。


「あと回ってないのは小さな部ばかりだし、出来ればここに居て欲しいんだけど……」


「離れろ!京志郎!!」


恋火が叫び、室内の様子を窓から覗き込んでいた京志郎の腕を掴んで、強引に引き寄せる。


「えっ、ちょ、」


そのまま腕を京志郎の腰に回し、身体を密着させた。


「な、なにを……!」


「案ずるな、我の結界内に入れただけだ」


「え、結界?」


「そうだ。……あれを見よ」


そう言って、顎を刳って室内を指した。


恋火の瞳には、部屋の中央にいる三人の内の、一人の男子生徒が映っていた。



その生徒は、真っ赤に充血した目を異常なまでに大きく剥いており、その口からは涎が滴り、時折『うぅ、うぅ……』と低く淀んだ呻き声を漏らす。


顔は病的なほど蒼白で、しかし、ギョロリとした目の周りだけはドス黒い呈色を見せている。


ゴクリ、と恋火が生唾を飲む音がすぐ側から聞こえた。


「あの、ちょっと、恋火さん……?」


恋火の、京志郎を引き寄せる腕の力が強くなる。


「悪鬼に憑かれておる……。間違いない」


「あっき……」



憑き物扱いされた男子生徒は一冊の紙の束を手にしていた。


その紙束は、他の十数名も同じものを持っており、その表紙には活字で、


『先輩、お憑かれさま♡』


と記されていた。


「おい、先輩役。そこ、もっと狂った感じでいけー」


すると、中央の男子生徒は、


「あ、はい!了解です!」


正気の表情に戻り、白塗りの顔に飛んだ涎を拭きながら台本をパラパラとめくっていた。


(間違い、ありすぎ…!!)


「心配は要らぬぞ、京志郎。あの程度の魑魅ならば、我の力だけでも祓えるだろう」


「……次だ、次!」


依然として抱きついている恋火を、逆にその身体ごと抱え上げる。


「お、おお、なにごとだ!楓歌の身体が浮いておるぞ!」


「浮いてんのはアンタの言動ですよ」


――演劇部、ハズレ。






「残りは旧館の部だけか……。早く見つかれば良いんだけど」


旧校舎へと続く1階の渡り廊下を二人は進む。


「って、恋火さん?どこ行くんですか!?そっちは『裏庭』ですよ!?」


「よんでおる……。われを、よんでおる……」


やけに舌足らずな声を出して、恋火はフラフラとした足取りで、校舎と裏庭を隔てる茂みの方へと吸い寄せられて行く。


「まさか、こんな所に……?」


見境なく木々に突っ込んで行く恋火を追って、茂みを抜けた所でようやくその腕を捕まえた。


「恋火さん、もしかして見つけたんですか?例の生徒を!」


恋火は答えず、裏庭の奥の方を、いやに惚けた顔で見つめている。京志郎が手を握りしめているため、この場に留まっているが、その足は、弱々しくも視線の先へと進もうともがいていていた。


「なんですか、一体なにが、」


恋火の視線を追って、絶句した。




彼らはその手に古びた本を持っていた。


また、その背には白いマントを羽織っていた。


そして、その足元には白い粉で描かれた魔法陣。


その魔法陣の上には、紅い液体が飛散していた……。



詠唱は静かに降ろされる。


『汝、天雲に産み落とされし一閃の光なり。その御身は聖なる矢と成りてこの世一切の混沌を(はら)う奇跡を担う者なり。』


一人が唱え。



『我、(つち)に芽吹きし一滴(ひとしずく)の風塵なり。この身は聖なる(うつわ)と成りてこの世全ての願いを紡ぐ(しるべ)を担う者なり。』


また一人が唱え。



『汝が御魂(みたま)は雷と成り、我が血肉を脈動せん。我が四肢は(つるぎ)と成り、汝が(ちから)を具象せん。』


最後の一人が唱え終えると、彼らは手を高く上げ天を仰ぐ。



『汝、我が身を以て!』『この世を治めんことを(ゆる)すならば!』『我が願いに応え、天上より舞い降りたらんを(ほっ)す!』


声を合わせて祈りを叫ぶ。


一人が懐から小瓶を取り出して、中の液体を魔法陣の上に散布した。



『『理を超えて現れ給え!大聖神の名の下に!』』


液体は地に触れると、シュォッ…と小さく鳴き、瞬く間に薄紅色(うすべにいろ)の煙へと変化して宙に巻き上がった。



「成功だ…」「遂に現れるか…」「苦労して贄を調達した甲斐があったな…」「これで聖域の固定は完了した…」「あとは神々を繋いで六芒星を描くだけ…」「始まる…」「終わりが…」「始まりの終わりが始まる…」


桃色の煙霧のから、悦びの声が漏れる。


三者は静かに笑いながら、魔法陣を見つめていた。




「行かねば……、行かねば……ッ!!」


恋火がその力を強くして、白マント達の元へ向かおうとする。


京志郎は堪らず、掴んでいる楓歌の手を思い切り引っ張って、半分引きずるかのようにして、脱兎のごとく逃げ出した。


(行ったら、逝っちゃうから!!贄にされちゃうから!!)


――後から分かったことだが、彼らは自称『聖域の守り手(サンクチュアリ・ガーディアン)』と言う、オカルト同好会の一員だった。


(どう見ても黒魔術だろ……!!)




かくして、若干の時間のロスを余儀無くされ、結局、旧校舎までたどり着いたのは時計の短針が地面を指そうかという頃だった。旧校舎で活動してるような弱小な部だったら、もう帰っていてもおかしくないような時間だった。

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