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6-3

今回の願いは、『部活に来ない先輩を元気付けて部活に来させる』のが目的なので、ごくごく単純に考えれば、その『先輩』とやらが部活に顔を出せばミッションコンプリートとなるはずだ。


(元気付けるって言うくらいだから、落ち込んでるってことだよなぁ。それなら無理矢理引っ張って部活に来させても意味無いんだろうな)


強硬手段を取ったとしても、恋火に「願い」が還らないならば、それこそ徒労になるだろう。


結局、その『参拝者』や『先輩』を取り巻いている状況を把握しない限り、手の打ちようが無いわけだが、どちらにしても、『参拝者』に近づくには、『参拝者』とその『先輩』が所属している部の特定が一番手堅いアプローチになるだろう。


むしろ、それ以外の情報は具体性に欠きすぎていて、現段階では使い物にならない。



となれば、京志郎たちは、とりあえず全てのクラブを訪れ、中長期的に休んでいる2年生or3年生――つまり『先輩』が所属しているかどうかを、尋ねて回るしかなさそうだ。


三守高校の生徒は皆、部活熱心だから、長期で参加していない人間はそう多くはないはず。


これだけでもターゲットはかなり絞れるだろう。


(「放課後、時間あるよな?とりあえずだけど、手当たり次第いろんな部に聞き込みに行こう。もしかしたら何か手掛かりが得られるかもしれない」、と)


教師が話に夢中なのをいいことに、机の下で楓歌の携帯電話にメッセージを送った。




   ◆




ホームルーム。


チラリと確認した携帯電話の画面に、新着メッセージの存在を示す通知は無い。


三守高校では、携帯電話の所持は禁止されていないが、当然、校内での使用は推奨されておらず、そればかりか、不必要な使用が認められた場合は問答無用で没収となる。


真面目そうな楓歌のことだ。


この暗黙の了解にも従順になって、京志郎からの連絡にも返信を寄こさずにいるのだろう。


あるいは確認すらしていないか、そもそも電源を落としている可能性も十分ある。


仕方がないので、ホームルームが終了するのを待ってから、直接楓歌の席に伺うことに。



「あ、れぇ?」


したのだが、放課後になって間も無いというのに、教室の隅の席は既に空だった。


(どこ行ったんだ?……まさか、どっかでぶっ倒れて保健室にいるとかじゃないよな?)


急用か、休養か。


いずれにしても心配にはなる。


連絡がつく望みは薄いが、一応携帯に電話をかける。もし今電話に出なくとも、着信があれば返事くらいはするだろう。放課後なのだから携帯を確認してもおかしくないはずだ。


3コール目の呼び出し音が聞こえた頃、ようやく応える声が聞こえた。


――ただ問題だったのは、それが耳元からではなく、教室の外から聞こえたことだった。




「待たせたなぁ!!」


ほとんど怒鳴りに近い大声が唐突に教室に響き渡った。


聞き覚えのある声だったが、その声量、声色、勢い、飛び出した言葉使いに至るまで、あらゆることが異なっていた。


「へ?」「なに?」「どうした?」「何事?」「びっくりしたぁ」


自分の話し声が掻き消されたクラスメイト達が、口々に驚きの言葉を発して、皆揃って発声源に目をやる。


そして、揃って口を噤んだ。


およそ40人からの視線が一点に結ばれるそこには、女子生徒が立っていた。


凛と。威風堂々と。猛々しく。



級友と同じく、声に釣られて女子生徒のほうを確認した京志郎は、目を疑った。


(あの、バカ……ッ!!)


片耳に当てた携帯から留守電話のメッセージを聞きながら、背中に冷や汗が滲むのを感じた。



女子生徒は、今しがた担任が姿を消した、教室の出入り口の扉の銀色のレールの上で門番よろしく、腰に手を当てて仁王立ちをしていた。


大勢からの一斉に注視されてなお、その立ち居振る舞いには一片の動揺も無く、弁慶も後退りしかねないほどの覇気を纏っている。


そんな豪気を醸していながら、彼女の見てくれは華奢で髪の長い綺麗な女の子、というものであり、そこに孕まれている不可思議極まりないギャップは、人生経験の浅いクラスメイトの眼を奪うのに効果覿面であった。



誰も彼も、目を離せない。圧倒的に佳麗な眉目と、彼女の放つ神妙な霊気。


それらは、おおよそ一女子高生のそれとは一線を画しており、高校生の日常の一ページに描かれるには到底似つかわしくない、この上なく浮いた存在だった。


この状況下で、惚けずに居られる高校生が居たならば、それは彼女の正体を正確に把握している者に相違ない。


生徒たちの自由解放区域とも言える放課後とは思えないような静寂が教室内を包み込む中、京志郎は人知れず、我知らず、頭を抱えた。



「行こうぞ!!京志郎!!」


そして、静寂を打ち破る少女の声と共に、クラスメイトたちの視線は叫ばれた名の主の方へと即座に飛び移る。


集合写真やアルバム以外で、クラスメイト全員の顔を一度の拝むことが出来るなんて、しかもその殆どの顔がプラスの表情ではなく、驚きや困惑や懐疑を表しているという状況は、未体験の領域すぎて萎縮してしまう。


全クラスメイトたちの眼から伸びる無数の見えない槍に串刺しにされながら、京志郎は呼気の量を三倍増しにして溜め息を吐き、重い足を精一杯早く動かして少女の方へと向かう。



「良し。では行こう」


目当ての京志郎が傍まで来ると、楓歌は朗らかに笑い、そう宣った。その笑みはとても美しく、また何時になく明るく、何故か癇に障る。


「っいたぁ!!な、何をするのだ!」


不意打ちのデコピンに対する抗議はスルーし、クラスメイトのほうに向き直り、


「お騒がせしました~」と会釈を一つ。


「ちょ、何をする!引っ張るでない!おい!京志郎、聞いておるのか!」


暴れるか細い腕を掴んでで、足早に教室を後にし、階段の踊り場まで連行する。



異質者が去った後の教室は、


「何だったの…」「めっちゃ可愛かったぞ!」「ちょ今の誰?」「なにあの美人!」「久遠のヤツ、あの娘と知り合いなのか!?」


せき止められていた時間が、級友の喧騒と共に、小さな混乱となって渦巻いていた。




   ◆




「何してんですか、恋火さん」


人目の付かない場所まで黒髪ロングを連行し、尋問を開始する。


傍目から見ればカツアゲでもしているのか、はたまた強引にナンパをしているかの様に見えるだろう。


何せ、相手は華奢で色白でこの上なく美人なのだ。


「何って、主を呼びに来たのだ。放課後に行動予定だったのだろう?」


一方の黒髪ロングは、それに怯えることも竦むこともまるで無く、飽くまで凛と、毅然とした応対を見せる。



「それにしても、良くも我が這入っていることに気が付いたな」


と、大真面目に驚く恋火。気が付くな、という方が難しいことを教えてやるのも面倒だった。


「俺の見てないところで勝手に神入りしたら危ないじゃないですか」


「まぁ、そう言うな。楓歌もそうすぐには気絶せん。そんな事よりも、今から昨日の女子を探しに行くのだろう?善は急げだ!早う行くぞ、京志郎!」


「え?なんで恋火さんが……。恋火さん、その人の顔も何もかも覚えてないんでしょ?」


「確かに、顔は分からぬ。しかし、信心ならば簡単に判別が付く」



恋火曰く、恋火は生物の外見的特徴を識別することは不可能だが、それらが有する信仰心は区別できるのだという。これこそが、顔の違いが分からない恋火が、楓歌や京志郎――すなわち、側近や信者を正しく認識出来ている所以らしい。


この能力は、対象が多少離れていても効果を発揮するため、人探しには打って付けだという。


「つまり、我がその女子の近くに行けば、立ち所に見つけ出すことが出来るのだ」


(なんつう便利な機能なんだ……)


恋火さえいれば、探偵を生業にして、人探しの仕事だけで食べていけそうだ、と思った。

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