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5-6

また、最初の作戦の成果次第で、今後どれだけ信仰を集めればよいのかの大凡の目途が付くため、今回の結果が良好でなければ、それだけ恋火の従者として働く仕事量が増加することを意味するのだ。


是非とも良い知らせが聞きたいのは、楓歌のみならず京志郎も同じことだ。だが、



「うーむ……。大して感じられぬのう」


二人の気持ちに反して、神は厳しい現実を突き付けて来るのだった。



「はぁぁ~……」


大きすぎる溜息が楓歌から聞こえて来た。


「いやだ……、もう……いや……」


見ると楓歌は、手を畳につけて跪き、がっくりと頭を垂れて項垂れていた。


(って、落ち込みすぎっ……)


まるで、楓歌の周りだけ空間が歪曲しているかの様に暗く冷たい負のオーラを発し、この世の終わりが訪れようとしているのかと錯覚させるほどの暗澹たる雰囲気が充溢していた。


見ているのも辛いほどの尋常ならぬ失意と絶望が見て取れた。



「やだ、やだ、やだ……。もうやりたくない……。もう、男の子の下駄箱に手紙なんて入れたくない……。今日は久遠くんが代わってくれたから良かったけど、もしお参りに来てくれた人が女の人だったら、恋火さまが私の身体を使って…………ダメ、考えただけで、恥ずかしくて、死にそう……」


と、精神的負荷が限界に達したのか、普段は無口な楓歌がぶつぶつと蚊の鳴くような声で独り言を漏らす。


「好きでもなんでもない人の下駄箱に……。これからずっと同じことの繰り返しなんて……耐えられない……!思い出しただけでも……、あぁっ……、もう……、いやだ……」


落胆の原因はこれらしい。



「御主に補佐を求めたもう一つの理由が此れだ」


と恋火が、呆れかえって楓歌を見る。


「我が気にする事程のでは無いと申しても聞かず、男に手紙を出す事を頑なに厭うのだ」


確かに、何人もの見ず知らずの男にラブレターを渡す、という事に嫌悪感を抱くのも肯ける。


節操無く誰彼構わずに求愛を続ける、まるで盛りのついた猫の如き行為は、楓歌にとっては、眉一つ動かさずに遂行するにはハードルが高すぎるようだ。


「いやだよぉ……」


楓歌はいよいよ、べそをかき始めた。彼女がこれほどまでに感情を露わにするなどよっぽどのことだ。



「泣くな、楓歌よ」


恋火が歩み寄って、ぐすり、ぐすり、とすすり泣く失意の市子の肩を抱く。


それはそれは見目麗しい、聖母の様な笑み浮かべて、静かに語り掛けるのだ。


「案ずる事は無い。我が思うに、恐らく福島の恋は一目惚れの様な物だったのでは無いか?」


「えっ、どうしてそれを……」


「矢張り然うか。ふふん、聞かずとも、我の中に在る彼奴の祈りの容から察しが付く。真摯さとは程遠い、自分の願いを顧みる事をして居ない勢い任せの懇願だ。此れは心中で狂暴する恋の火に侵されて居る証拠だ」


恋火は得意気に答え、指先で楓歌の目じりを拭う。


「願いが叶った時に沸き起こる『奇跡を信じる心』は、其の願望の強さのみならず、其の願望に思いを馳せた時にも比例する。即ち、産み落とされて間もない願いは、其れが大きな願いで在ろうと、直ぐに信仰心に繋がらないのだ」


その為、福島の願いの成就から得られる信心は小さいのだという。



「彼の男も、此れからの人生の中で何れ、今回の成就を元に、我に信仰を傾ける時も訪れるで在ろう」


にこりと微笑んで、女神さまなりに、苦悩するシスターを一生懸命励ましているようだった。が、


「いずれ……ですか?」


「ああ、気長に待てば良い。信仰を集めるとは然う云う物だ。我らが起こした此度の奇跡も、決して無駄では無い」


「……気長に……ですか」


「うむ。数を熟して行けば良い事だ。其の内に大きな信心を持つ人間にも出会えるだろう。心配せずとも良い。だから泣くで無い。な?」


それは鬱気を掃う、慈愛と利益に満ち満ちた微笑みだった。神の本域が垣間見える。しかし、


「うぅ……、数を……こなす……。あぁぁ……」


ワードチョイスが悪すぎたため、楓歌の溜息が止むことはなかった。


「あっれー?」


(『あっれー』じゃねぇよ……!)



「可笑しいのう?何か間違ったか?」


「いやいやいや、言っちゃ悪いですけど、全然励ましになってませんよ……。それどころか、わざわざ傷口に塩塗って、おまけに醤油まで塗って、とどめに香ばしく炭火焼きにしてますよ……」


「何っ!?何故だ!?我は楓歌の助力が無意味で無いと云う事を確と示したぞ?褒めて伸ばすタイプの神に成るべく、キチンと楓歌の働きを評価のだがなぁ」


教育方針以前に、そもそも論点がズレていることに、京志郎はどうにか気が付いてほしかった。



京志郎は楓歌の背を摩り、


「男への手紙は……まぁ、仕方ないし、俺が出すよ。その代わり、女への手紙は、黒咲が出してくれ。それでいいだろ?」


本音を言えば、出来ればそんなことは引き受けたくなかったが、致し方ない。


楓歌は鼻をすすりながら、肯く。


「それに、俺らが全力でお願いごとを叶えまくったら、恋火さんの力もきっとすぐに戻るって。な?恋火さん、な?」


『肯け~肯け~』と念を込めた視線を送ると、それを察したのか恋火も首を縦に振る。


どうしてお手伝いの自分がこんなことを言っているんだ……。と、思わなくもないが、楓歌に泣かれたままでいるよりは、よっぽどマシだった。



京志郎の側近生活も、もうちっとだけ続きそうだった。

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