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5-5

それ以上は特に会話もなく、どこか座りの悪い気分のまま、二人は並んで昇降口まで到達する。


楓歌の家――磐蔵神社と京志郎の家は、学校からは反対方向に位置する。


楓歌のことを待ってやっても、共に下校することは適わない。


靴の履き替えにすら若干手間取っている鈍臭い楓歌を、無言のまま見つめているだけでは居たたまれなくなって、京志郎は先に校舎の外へと歩を進める。



神社まで付いて行くべきか否かを逡巡していると、


「ん?」


背中に何かが引っかかった。


振り返ると、楓歌が京志郎の制服を後ろから抓んで、弱々しく引っ張っていた。


「…………っ」


楓歌は何事かを訴えん目つきで京志郎を見上げ、しかし、何と言えばいいか見当が付かず、無言のままぎこちなく口を動かしていた。



「えっと……どした?」


と問いつつ、京志郎は目の端に、外靴が床に転がったままになっているのを捉えた。


楓歌の足は片方だけ裸足だった。


だから、京志郎は待つことにした。彼女の言葉を待ってやることにした。



やがて、


「……恋火さまに、報告。私、口下手だから……」


楓歌は地面に視線を落とし、消え入りそうな声でたどたどしく言葉を紡ぐ。


京志郎からは、切り揃えられた楓歌の前髪が邪魔をして、その顔がどんな感情を浮かべているのかは分からなかった。


それは同時に、それは京志郎にとっても幸いであった。


「早く靴、履けよ」


そう告げるのは、どこか照れくさい気分だったのだ。そんな表情を覗かれなくて済んだ。


楓歌はビクリと身体を跳ね、目を丸くして京志郎を見上げる。


やがて制服を引っ張っていた力が消失し、楓歌が慌ただしく靴を転がす。




有無を言わせず連行した昨日とは、全く異なった言動。


不思議な娘だ、と思った。


やはり無言の二人の足先は、恋愛成就の神様の方を向いていた。




   ◆




「調子はどうですか、恋火さま?」


磐蔵神社に帰るなり、早速給仕係りに徹する楓歌が、三人分の湯呑をちゃぶ台に用意しつつ問う。


茶器を持って現れた楓歌は制服姿ではなく、神社の娘らしい巫女装束に着替えて姿を現した。



純白の白衣に袖を通し、緋色の行灯の形をした袴を穿いている。


白衣の下からは、肌着である緋色の襦袢が襟元から少しだけ顔を覗かせていた。


長い髪はゴムで根元から束ねられ、後ろに垂れ下がっており、この正装に楓歌の緑の黒髪は良く映えていた。


本来ならば髪留めには水引を使用するそうだが、面倒くさいので省略しているらしい。


京志郎からすれば、この格好に着替えるのも手間なのではと感じるのだが、楓歌曰く「慣れれば問題ない。むしろ動き易くて気に入っている」とのことだ。



わざわざこの装束でいる所以というのは、楓歌の父からの命を受けたからだそうだ。


参拝客が来ることがあった時に決して取り逃がさぬように、人目につくところでは、少しでも神社の利益を感じさせる巫女の格好で居ろ、と言われたらしい。


確かに楓歌は、お正月などに神社で見かける、所謂普通の巫女さんの姿をしていた。


しかし、女子大生がアルバイトでやっているような巫女とはやはり一線を画し、普段から着慣れているからだろうか楓歌の巫女姿は、その立ち振る舞いにも凛々しさが垣間見え、制服姿より幾倍も様になっていた。


楓歌の父は、愛娘の秘めるポテンシャルをよく理解している。



(この格好は卑怯だな、うん。ポニテが似合いすぎてる)


彼女の線の細い体型や、長い黒髪との相性もの良さも相まって、楓歌の巫女装束は、おおよそ十五、六歳の少女からは醸し出せない、奥ゆかしさ、神秘性を帯びていた。


思わず楓歌の全身をまじまじと見つめてしまう。


「……な、なに?」


楓歌は肩をすぼめて、少し顔を赤くする。


「いや、別に。よく似合ってるなぁって思って」


「……っ!」


楓歌の頬が一気に紅潮する。動揺したのか、急須を持つ手が震えてしまい、


 じょぼぼぼ……


「あっつぅ!!こら楓歌!何をして居るのだ!」


湯呑みを持つ恋火の御手に緑茶を注いでいた。


「ご、ごめんなさいっ」


謝りながら片付ける楓歌の動作は、ぎこちないを通り越して、不自然なまでにちぐはぐだった。


褒められ慣れていないにも程がある。


この巫女装束を見れば、誰もが同じ感想を持つだろうが、知り合いなどにはあまり披露していないのだろうか。




閑話休題。




茶を給仕し終えると、楓歌が神に向かって問う。


「『恋文作戦』の成り行きを見届けた結果、おそらく福島くんの恋は成就したのではないかと、傍観しながら感じたのですが……。神力の増加は実感できますか?」


この問は『恋文作戦』の肝に触れるものだ。


福島の恋が成就したからといって、必ずしも福島がこの神社、ひいては恋火という神に信心を傾けるとは限らない。


実際に参拝者からの信仰を得られるかどうかは、この作戦が真に成功に収めたかどうかの議論において、最も重要になるポイントだ。



「彼は、確かに桃谷さんと結ばれました。彼の信仰心は還って来ていませんか?」


楓歌はそわそわした様子で再度訊ねる。


無理もない。


逆に言えば、参拝者が信心をちらりとも傾けなかった場合、言ってしまえば恋火にとっては願いの叶え損、楓歌や京志郎にとっても作戦自体が徒労に終わる。

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