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5-4

「失礼、国定です。くくくっ」


先ほどのやり取りが余程気に入ったのか、国定は笑いながら名乗って、頭を下げる。京志郎が同じように名乗り返すと、


「君が久遠くんか。良いね、君は。こんなに面白い人が親友だなんて」


逢阪を見て国定が言うと、逢阪は鼻高く満足そうな顔をする。どうやら、自分の親友として京志郎のことを宣伝して回っているらしい。



「今は逢阪くんと一緒に、次の新聞の記事を書いていてねぇ」


逢阪・国定ペアでは、逢阪が取材をし、国定が文章を書くという役割分担を行っているそうだ。


「何書いてるんですか?」


と、国定の手元を覗きこもうとすると、


「ちょ、あかん!やめっ!」


慌てて逢阪が制止した。


「いくら京志郎と言えど、これは見せられへん!発行する前に内容の知れた新聞ほど価値の無いもんも無いやろ?」


確かにそうかも知れないが、元々それほど興味がある訳ではなかったので、京志郎はあっさり諦めて、帰り支度に取りかかることにした。



すると、逢阪が教室のドアの方を指差し、


「そんなことより、あれ。放ったらかしでええんか?」


ガラリと乾いた音と共に、教室から出て行った生徒の、長い黒髪の毛先がちらりと見えた。


京志郎は荒々しく鞄を引っ掴むと、悪友への挨拶もそこそこに教室を飛び出して、秀麗な後ろ髪を追って出て行った。




   ⇔




「ちょ、ちょっとちょっと逢阪くん!今の娘、いつからこの教室に居たの!?」


京志郎の足音が聞こえなくなると同時に、国定は逢阪の肩を掴み、すごい剣幕で問いかける。


「今の娘って、黒咲さんのことか?いつからも何も、京志郎のすぐ後ろに付いて教室に入って来たやないの」


「本当かい?全然気が付かなかったよ……」


「ふーん。国定くんでもそうなんや」


国定の驚愕が、逢阪には奇妙に思えて仕方が無い。



――どうして誰も彼も、黒咲楓歌の存在を容易に認識し得ないのだろう。



「すごく可愛いじゃないか!……あーしまったなぁ、お話しし損ねた」


しかし国定は、自分の眼に黒咲楓歌が止まらなかったことを気にするよりも、むしろ黒咲楓歌と関わりを持てる機会を、見す見す見逃してしまったことを悔恨することに忙しそうだった。


「気ぃ付けやぁ、国定くん。手広く行くんは結構やけど、ちゃんと相手は選ばんと」


「い、いや、そんなつもりじゃないよ。……ただあんなに綺麗な娘が一年生にいたなんて、全く見落としていたよ。入学式のときに隈無くチェックしたはずなんだけどなぁ」


新入生のチェックを怠っていない辺り、流石は逢阪が認めたジャーナリズム精神の持ち主だ。


だが、そんな高い報道意識を持つ国定でも、黒咲楓歌を捉える事は出来なかった。


これは、彼女の陰が薄いというだけの問題なのだろうか。




「……時に逢阪くん、さっきの娘についてなんだけど、」


難しい顔の逢阪にお構いなしに、国定は質問を投げる。


こういう遠慮のないところも、ジャーナリズムでは有用要素の一つとして必要なものだ。



「あの娘、さっきの久遠くんと、付き合っていたりはしないのかい?」


「は?」


何を馬鹿な、とも一瞬感じたが、よくよく考えれば、放課後に行動を共にし、連れ立って下校までするような間柄は、赤の他人から見れば、まあそう言った邪推が生まれてしまうのも理解出来ないでもない。


むしろ京志郎のことを知らない人間からすれば、これこそが自然な発想なのかもしれない。



「それはないな」逢阪は、キッパリと断言する。


「そうかなのい?」


「あぁ。アイツが惚れてるんは別の娘や。黒咲さんではない」


逢阪は念を押して否定する。


「なんだ、他に好きな娘がいるのかい。それなら心配は要らないね」


一体、何の心配をしているのだか。


「……でも、惚れた女がいるのにあんな可愛い子と下校とは。彼もなかなか隅に置けないね」


至言だ。逢阪は苦笑いを禁じ得なかった。


全く、あの悪友はいつからあんな女垂らしに成り下がって仕舞ったのか。


自分の知らない事が、裏で起こっているということを直感しつつ、逢阪は部活動に専念しなおした。




   ⇔




「おい、黒咲!」


いやに早足で廊下をひたひたと歩いていた楓歌が、その声に脚を止める。


「なんで何も言わず先に行っちまうんだよ。急ぎの用事でもあったのか?」


ふるふる。楓歌は振り向かずに否定の仕草を取る。


「じゃあ、別に『バイバイ』くらいあってもいいだろ?これからも一緒に恋火さんに振り回される身なんだしさ」


楓歌は立ち尽くし、その背に反応は無い。



「もしもし?黒咲さん?」


何か怒らせるようなことをしただろうか。と、懸念しつつ、覗き込んで楓歌の顔を見ると、


「……」京志郎は拍子抜けした。


なんのことはない。黒咲楓歌の基本スタンスである、よく見る無表情をしていた。


人形の様な端整な顔立ちをして、また人形の如く一片の気持ちの片鱗をも垣間見せない、全くのゼロ感情の表情。



「……お前。今、ポーカーめちゃくちゃ強そうな顔してるぜ?」


「賭け事は良くないと思う」


「そんな倫理観を交えた返答は期待してねぇんだよ。まったく、人面岩ですらもう少し愛嬌ある顔立ちをしてるぞ」


「私、無機物以下……?」


「表情の豊かさにおいては、残念ながらお岩様に軍配が上がりそうだな。潔く負けを認めろ。……で、何でそんな急に能面みたいな顔するんだよ」


「能面って言うのは本来、一つの面で様々な表情を見せることが出来るような造りになっていて、私は無表情を表す言葉としては相応しくないと、」


「能面のトリビアなんか求めてねぇ!っていうか、無表情だっていう自覚あったんだ!」


そんなやり取りを経ても楓歌は京志郎の方を見ようとしない。



「……そんなに俺とバイバイ言うのがお気に召さなかったのか?」


ばさばさと、楓歌は自慢の黒髪を躍らせて否定してき、京志郎少し安堵する。


「…………」


「んぇ?なんだって?」


蚊の鳴くような声とはこのことだ。楓歌はぼそぼそと何事かを口走ったが、一切耳に届かなかった。



「……久遠くん、お友達とお話、してたから」


少し俯き加減で、言い訳のように楓歌はそんなことを口にする。


「えぇと……。つまり、俺が逢阪と会話してたから、遠慮して先に帰えろうとした、と?」


こくり。肯定。


京志郎は呆れた。なんとも的外れな遠慮もあったものだ。



「それより……いいの?お話の途中じゃなかったの……?あの人親友なんでしょ……?」


そんなことを本気で心配している様子だった。


「別に構いやしねぇよ。基本、アイツとは他愛も無い話しかしてないしな」


「……親友なのに?」


「あのな、先ず言っとくけど、アイツは親友じゃねぇ。悪友だ。親友ってのはアイツが勝手に言ってるだけ。……まあ、仲が良いのは認めるけどな」


「そう、なんだ……」


「それに、黒咲が親友ってものにどんなイメージを抱いているかは知らないけど、普通友達ってのは親しくなればなるほど、どーでもいい話しかしなくなってくるもんだろう?」


「…………」


楓歌は俯いたまま少し黙り、



「わかんないや……」


何故か少し微笑んで言うのだった。

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