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5-3

「で、話の続きだけどぉ、ホームルーム終わりにクラスの何人かが人集りになって騒いでたのよぉ。大人しいクラスにしては珍しくねぇ。そりゃぁさぁ、やっぱり少しは気にもなるじゃなぁい?」


「気になる、気になる!あたしも今すごい気になってる!」


「だから私、遠巻きに何のお話をしているのかを聞いてみたのよぉ。するとさぁ、どうも一人の男の子が放課後に先輩に告白するんだって話なのよねぇ」


「えええっ!すごいじゃん、ガンバって!キミならできるよ、ふぁいと!」


「まぁ、盛り上がる話題なのは理解出来るんだけどぉ、別にその男子、格好がいいわけでも、特別頭いいわけでも、誰からも好かれるような人格者でもないのよねぇ」


「うーん、これは悪口じゃないよね。きっと、せいちゃんはの愛の鞭なんだよ。うんうん」


「だからぁ、最初は私も話半分で盗み聞きしたのよぉ」


「うん、盗み聞きはドロボウじゃない。だからせいちゃんは悪くないよ。うんうん」


「そうしたらね、彼、ふふっ、堂々と大声で、かつ大真面目にこんな事を口走ったのぉ」



聖は声を潜め、含みある冷たい微笑と共に、そっと耳打ちをした。


「『これは天啓だ。神様が僕に進めと言っている。神様が僕に味方したんだ!』……ってねぇ」


想依は、自分の顔が引き攣るのが分かった。


テンポよく返していた軽口も、今回ばかりは喉元でつっかえて、仕舞いには絶句してしまう。


聖の口調のせいもあるだろうが、それにしてもまるで薄気味悪い怪談話でも聞かされたような心象を得た。



「ふふっ、流石の想依ちゃんでも引いたぁ?」


想依の沈黙を受けて、聖は愉しそうだった。予想した通りの望む反応だったのだろう。


「いやぁ、引いたって言うか、びっくりしたって言うか……」


「そうよねぇ、ふふっ。天啓なんて言葉、よほど敬虔な祈りを捧げている人間じゃ無ければぁ、出て来るはずが無いものぉ。怪しさを通り越して恐怖すら芽生えてくる。それが普通よぉ」


しかし聖はちっとも怖がっていない。ずっと薄く小さく嗤っている。



「まぁ、本当の事を言うと、そこまで怖い話でもないんだけどねぇ。その男子の言う『神様』って言うのは、彼が実際に宗教的に崇拝している神のことじゃなくて、神社の神様のことらしいのよぉ」


「神社?」


「ええ。なんでも、この近くに恋愛を叶えてくれるって言う触れ込みの神社があるらしいのよぉ」


その様な神社の話は初耳だった。


想依は噂話には疎い方ではあったが、学校の近所にあると言うならば、流言好きの女子たちと共に過ごす、退屈な学校生活に華を添える束の間の昼休みの座談会の議題として、真っ先に挙げられても不思議でないように感じられるのだが。



「その男子、そこにお参りに行って、お願い事をしたんだそうよぉ。そうしたら想い人から密会の約束の手紙が来たんですってぇ」


ようやく想依も得心が行った。『神様』とはそういう意味か。


脈絡無く届いた手紙と、参拝した神社の神様とを無理矢理に結び付けた、という訳だ。


「神さまなんて……ねぇ、可笑しいしょう?」


「あー、うん、そだね。興味深い話だ」


「ふふっ、精々彼の恋路が旨く行くよう祈っているわぁ。んふふふっ」


聖は冷笑を浮かべて本当に可笑しそうに話した。




(ふしぎ現象で恋愛を成就してくれる神社かぁ)


聖の話しぶりからは明らかな揶揄が見受けられたが、この話に対し想依にはまた違った印象があった。


そこはやはり女子高生。聖の様にやたらと老熟な考えを持つ少女ばかりではない。呪いの類の話は彼女たちにとっては蜜の味だ。取り分け恋愛絡みならば一層に。



「その神社ってどこにあるの?」


「う~ん。場所までは話してなかったわぁ。……もしかして気になるのぉ?」


「え、いやぁ、別に、」


「もしかして想依ちゃぁん。その神社に行ってみたいとかぁ?」


「あ、その……なんと言いますか……」


聖の瞳が想依の姿を映す。


黒く深い輝きを持つその目は、まるで心中を覗かれているかの様な気分を抱かせる。



「ふ~ん。じゃあ聞き方を変えるわぉ。想依ちゃん、あなた気になる人でも、」


「も、もわああああああ!!」


持ち前の瞬発力で、聖が言い終える前に想依は飛び出していた。


「あたし先に行くねー!!」


振り返らずに体育館横の部室へと駆けていく。


「あららぁ行っちゃった」


「……月嶋の奴、本当に脚早いな」


うわあうわあ、という奇声だけが渡り廊下に反響していた。




   ⇔




京志郎が1年7組の教室の戸を開けると、そこには居残っている者が二人ほどいた。


もう放課後になって少し経つ。部活動に励んでいるもの以外では、学校に残っている者も少なかろうに。



居残り者たちは同じ机を囲み、一方は手帳を片手にメモ書きした事を読み上げており、もう一方は机上の上質紙に、読み上げられた情報を黒鉛の線で落としてゆく。


時折、書記者が質問し、情報提供者がそれに答えるといった小さな議論を交えつつ、両者は物書きに従事していた。



「おぉ、誰かと思えば京志郎やないかい。まだ帰ってへんかったんかいな」


京志郎が戸を引いた音に反応し、手帳を持った方の糸目の男が顔を向けた。



「よぉ、逢阪。居残り勉強か?」


冗談めかして京志郎が問うと、にへらにへらと悪友は笑み、


「んにゃ、そんな殊勝なもんと違う(ちゃう)。部活動の一環や。……京志郎こそこんな時間まで何してたんや?」


「あぁ……ちょっと野暮用で」


などと、適当に誤魔化す京志郎。


「野暮用、ねぇ」


一瞬、逢阪の細い目が京志郎の後ろの楓歌を捉えたのだが、京志郎はそれに気が付かなかった。



「それよりお前こそ、なんでこんな所で部活動してんだよ?部室でやらないのか?」


旧校舎に行くのが面倒だ、というなら、教室で活動するのも分かるが、新聞部は、文科系クラブの中では中堅クラスの規模で、新校舎内に部室があるはずだ。


「ん~さっきまでは部室おったんやけど……。今はちょぉっと居心地が悪ぅてな。とてもじゃいないけど、集中して作業できる環境じゃないくらい、ピンクの雰囲気になってもうて」


溜息混じりに、苦笑して逢阪は言う。


「なんだよそれ。誰かが桃の実でも栽培し始めたのか?」


逢阪は大仰に首を横に振って、しかめっ面を浮かべ、


「桃とは違うけど、まぁ当人達にとっては、桃なんかよりもずっと甘く、ずっと瑞々しく、ずっと傷つきやすい、そんな実やろうなぁ。大切に育てていきたい気持ちも肯けるわ。……けど傍観者とっては、渋柿の渋皮が口で渋滞してるような気持ちを抱かせる、えらくタチの悪い実やわ」


(どんな悪魔の実だよ……)と、呆れる京志郎に対して、関西弁の対面に座っていたもう一人の居残り者が噴き出して笑った。



逢阪は「ウケた、ウケた」と満足そうにいつものニヤケ顔を取り戻し、


「こっちは国定(くにさだ)くん。新聞部の部員の一人や」


紹介された国定という男は見かけない顔だったが、それもそのはず、彼の首には緑色のネクタイがぶら下がっている。つまり二年生だ。


(部活の先輩に君付けでタメ口かよ……)


しかし、敬意の欠いた紹介された国定は叱責などせず、それどころか未だ逢阪の発言による笑いが尾を引いているようで、くつくつと笑い続けている。

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