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5-2

「はんっ、何故このアタシが、テメェ如きの命令に下ると考えたんだ?そんなに走りてえなら、グラウンドでも周回してやがれってんだ」


「私がいつランニングをしたいなんて言ったのかしらぁ?惚れ惚れする程の脳ミソ筋肉バカっぷりねぇ」


「筋肉上等!テメェのだらしねえ身体と比べりゃあ、こんなに美しく締まった身体は無いぜ?見ろよこのしなやかな上腕二頭筋を……。こいつは一朝一夕で手に入るもんじゃねえぜ」


骨董マニアがお気に入りの象牙を愛でるように、憧は自身の肩から腕を舐めるように愛撫する。


その絞り切られたアスリート体型の自分に肉体美を思う存分堪能し、恍惚といった様子だ。



「誰が身体の話をしたのかしらぁ?ホントにあなた、一体どんな翻訳機積んでいるのぉ?まったく、脊髄レベルでプロテイン漬けねぇ」


「そういうテメェは全身、脂肪(あぶら)にまみれてやがるじゃねえか。ちっとはアタシを見習って、肉を落とした方が身のためだぜ?」


「あのねぇ、言っておくけれどぉ、私は太っている訳ではないのよぉ。あくまで標準体型だからぁ。……あぁ、それともぉ、もしかしてぇこの胸のことを言っているのかしらぁ?だとしたら残念だけどぉ、僻みにしか聞こえないわよぉ?」


ずい、と聖は胸を張って誇らしげに言う。


確かにデカい。


それはもう、平均的な高1女子のバストサイズを大きく凌駕するであろう事が、一見しただけで万人に理解出来るほどだ。


背丈は想依とさして差の無い聖だが、身体つきの女らしさは想依の比ではない。


傍観中の想依も、ついつい両手を自分の胸に押し当て、難しい顔で胸元を見つめてしまう。



しかし、憧はそれを一笑し、突き出された聖の豊満な乳房の一つを鷲掴みにして、


「大層自慢げなところ悪いけどよ、アタシに言わせりゃこんなもん、ただの重りにすぎねえぜ?むしろアタシは、自分の乳が育たなかった事に感謝すらしてる!胸板にこんなもんが張り付いてたんじゃあ、ろくに飛べやしねえ」


「はいはぁい、そぉんなに飛びたければお月さままで飛んで行ってしまえば良いのにぃ」


「言われずとも直に、天高く飛翔してやるさ!テメェじゃ届かねえ空によお!」


「どうぞ行ってらっしゃぁい。そのまま衛星軌道上で天寿を全うするがいいわぁ。そうすればぁ、そのムカつく態度をぉ、もう拝まなくても済むんだからぁ」


「はんっ、精々テメェは地に伏して、アタシの姿を見ながら天を仰ぐんだな」



口論は一度止み、ピリピリとした沈黙が訪れた。


一頻り罵声を投げ付け合った後、やがて二人は黙り込み、視線のみの殴り合いが交わされる。


憧も聖も睨み合ったまま動かない。


憧の怒声が大きいものだから、何事かと集まって来た野次馬生徒たちも、熾烈な暴言の応酬の後の急激な言葉の凪に、遠巻きながら戸惑っている。


突然の静寂が非常に不気味だった。


というもの、憧と聖は、双方異種の笑みを顔に張り付けたまま、無言で対峙しているのだ。


まるで不可解な状況に、野次馬の誰もが固唾を飲んで見守るなか、



「……っぷ、んふ、んふふ……、っぷぁはっ、あはははっ」


噴き出したのは想依。我慢の限界だった。


「あぁん?何笑ってやがるんだ、月嶋」


「そうよぉ想依ちゃぁん。笑いごとじゃないのよぉ?」


ギロリとガンくれる憧と、口元だけは笑ったまま目を細めて睨む聖。


「あはっ、あははっ……、ゴメンね、あこちゃんにせいちゃん。何か二人の事見てたら楽しくなっちゃってさー」



――想依は思った。


なんて愉快なのだろう。


楽しくてしょうがない。


こんなに居心地の良い空間があってたまるか。



「二人って、ほんっとに仲悪いよねー!」


観衆の誰もがギョッとした。


この娘は、ヒマワリの様な笑顔で、なんという無茶苦茶なことを口走るのだ。


こんな科白を投げかけることは、二人の気を逆撫でするだけの、火に油を注ぐ如き行為だ。


もしそこに何の悪気も見出せないのならば、それは人為的ではない天然の悪だ。


大変なことになるぞ、そう遠巻きは一人残らず悟った。



しかし


――憧は不敵な笑みを浮かべ。「はんっ、それは違ぇな、月嶋」


――聖は柔和な笑みを浮かべ。「それは間違ってるわぁ、想依ちゃぁん」



二人は両腕を広げ、互いに互いを両腕でギュッと抱きしめあった。


そしてピッタリと息を合わせて、


「アタシらは超仲良しさっ!」


「私たちはぁ超仲良しよぉ?」


堂々と宣言した。それはもう『超仲良さ』そうに。



周りで取り巻いていた傍観者にとっては、さぞ奇異な光景だった。


喧々と喧しく喧嘩をしていた二人が、何故あの一言で抱擁し合ったのかを、理解出来る者はここにはいない。


そんな中、想依一人だけが、やはり初夏の太陽のような眩しい笑顔を浮かべていた。




   ◆




「つまんねぇことに時間を取りすぎたぜ!」


と、憧は痛恨たる思いで文句を垂れる。三文芝居とも取れるやり取りに興じていたせいで、練習に向かうのが遅くなったからだ。


憧は想依と聖を急かして足早に体育館横の部室へと向かう。憧が長い脚で大股で早歩きをするものだから、ついて行く想依と聖はほとんど小走りになっている



渡り廊下を三人並んで走る中、


「そう言えば、せいちゃん。さっき言ってた面白い話ってなになにー?」


思い出したように想依が聖に問うた。


「あたしにも聞かせてよ!」



「えぇ、良いわよぉ。でも多分、想依ちゃんの想像しているような面白さじゃぁ無いと思うわよぉ?」


「へぇ?ゲラゲラ系じゃないの?」


「そんなジャンルがあるかどうかは知らないけれどぉ、ゲラゲラと言うよりは鼻で笑う感じかしらぁ。馬鹿げていると言うか、滑稽と言うかねぇ」


「ニワトリ?」


「ううん、違うわぁ、滑稽よ」


「あれ、コッケイってニワトリの……」


「だから烏骨鶏じゃなくてぇ、滑稽。それってわざと?それとも本当にバカなのぉ?」


「ええぇっ?」辛辣な言葉に戸惑う想依。


「てかお前、よく一瞬でそんな的確にツッコめるな」そして間髪入れない訂正に感心する憧。


「確か『コケコッコー』じゃなくて『コッケイ』って鳴くニワトリが、」


「はい、もう想依ちゃんは何も言わないでぇ」


「えっええぇっ!?」


想依の言葉をシャットアウトする聖のファインプレーが功を奏し、話は脱線を免れて、異空間へと飛ばされる事は無かった。


想依の思いつきで話を進めていては、すぐに想依ワールドが形成され、元の話題に帰還するのが困難になる。


まだ部活のチームメイトになって間もないのに、聖はそのことを理解しかかっている。


流石はセッター、こと洞察力と状況判断においては秀でている。

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