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4-5

「あっ、桃谷先輩……!」


福島の発した野太い声が、自分を待つ文学少女を発見し、呼ばれた桃谷も、本を鞄の中に仕舞い、福島に視線をくれる。


「よかった、桃谷先輩。来ていらしたんですね」


と、丁寧な口調で桃谷に歩み寄り、手を差し伸べる福島。


まるで人攫いの様な仕草だったが、文学少女は臆することなくじっと大男を見つめている。


その手を取るのか払うのか、桃谷の出方を、福島のみならず京志郎たちもじっと窺う。



しかし、彼女の行動は、福島の期待も、京志郎たちの安心も、全部を裏切る意外なものだった。


桃谷はベンチから立ち上がり福島の正面まで移動したかと思うと、眼鏡を取って胸ポケットに仕舞い、突如、右脚を後ろに引き、その足先を高く宙に浮かせた。



一本脚で立ち、バレエダンサーのような態勢だ。


そして何を思ったのか、左脚に乗った体重を徐々に浮いた右に移しつつ、それと同時に左脚を軸にして、


「うぉらぁぁっ!!」


振り子の原理で右脚を前へと勢い良く蹴り出した。桃谷のつま先は弧を描いて、そのまま大男の向こう脛にクリーンヒットする。


ヌゴッ! 「っんぐぁ!」


強打された骨から放たれた鈍い音と、福島の低い呻き声とが重なって、共に中庭全体に伝播する。



(え……?え?ちょっ、え??)


木々の陰で京志郎は当惑した。横の楓歌も同じ心境らしく、顔には戸惑いの色が窺える。


(え、な、何でいきなり蹴り?)


桃谷が繰り出したのは紛れもないトーキックだった。


それも、一片の手加減も無い全力の一撃。


三食プロテイン生活でもしているかのような体型の福島でも、油断している状態で至近距離から弁慶の泣き所を撃ち抜かれては、痛みを伴わないわけがない。


呻吟し脛を押さえてうずくまる。それは見ているだけでも、身体と心の両方で、相当に痛々しい光景だった。



桃谷は非常に鋭い眼光を瞳の奥に据えて、福島を見下ろすのみ。福島があまりにも不憫に思え、京志郎は瞼を覆いたくなる。


(なんだよこれ……。桃谷さんは本当に福島のこと意識してるのか?効いてないんじゃないか?)


恋火の恋文の力とやらがいよいよ疑わしくなってきた。



「ううっ、桃谷さん何で……?」


福島は立ち上がらずに桃谷を見上げて尋ねた。それは福島のみならず、京志郎も楓歌もが問いたいことだった。


「おそい……」


少し鼻声の、少し低い声がぼそっと呟く。


京志郎たちには全く聞き取れなかったのだが、それは桃谷の真正面にいた福島も同じことだったようで、「え?」と間抜けにも聞き返す。


それが彼女の怒りを増幅させたのかは分からないが、桃谷は再び脚を大きく引いて、今度は福島が押さえている方と逆の脛を蹴り飛ばした。


「うぐぁっ」


「おそい!!」


棘のある叫びが福島に刺さる。



「私、アンタが来いって言うから、わざわざこんなとこまで来たんだけど?」蹴り。


「なのに何で呼び付けたアンタが遅れて来るの?」蹴り。


「先輩を待たせるってだけでも非常識なのに、女をこんな薄気味悪い場所に放置するなんてどういう神経してるの?」蹴り。


「死ね。死ね!死ねっ!!」蹴り、蹴り、蹴り。



桃谷は、責問しながら福島の脚を蹴り続けた。


全くの無表情で――いや、無表情の上に冷酷さを上塗りした、恐ろしく侮蔑的な目の奥で光っていた。


(こ、怖ぇぇ!)


一見、大人しそうな印象を受ける桃谷の隠された意外な凶暴的な本性。


この豹変に面食わない高校生がいたら、きっとそいつは自我を保って転生を果たした、もしくは若返りの妙薬をガブ飲みした人生の先達者に違いないと確信した。


正直、ドン引きだった。楓歌に至っては怯えてしまっている。


京志郎の袖を掴んで慄く楓歌の白い肌は、血の気が引いて蒼白へと変化しており、「どうしよう……どうしよう……」と狼狽えた心が言葉として漏れ出していた。



(これは、止めに入るべきか……?)


京志郎には、目の前の暴力を看過するのは簡単ではなかったが、そんなことをすれば、作戦そのものが台無しになりかねない。


正義感と使命感、その両天秤は水平を保って動かない。



桃谷のキックの応酬は止まらなかった。一応、福島はそれを腕で防御はしているが、抵抗は全くしようとせずやられるが儘になっている。


「クズ!カス!ゴミ!」


「ぐっ!」


振りかぶって放った桃谷の蹴りが福島の呻きを呼ぶ。


「ひっ……!」悲鳴は京志郎の隣から上がった。


正義感の重みに耐え切れず天秤は均衡を失う。


「くそっ、もう我慢出来ねぇ!」


京志郎は繁みから頭を突き出した。



それと同時に桃谷は次の罵声を浴びせる。


「第一、話なら部室ですればいいでしょう?非効率なのよ、この能無し!」




――危なかった。


もうほんの一瞬反応が遅れていたら、完全に姿を現してしまっていた。


レフェリーよろしく、福島たちの間に入って桃谷を止めに入ってしまっていた。



桃谷が言葉と共に見舞おうとして蹴り出したその爪先、しかし、それは福島の手に受け止められたのだ。


「いいえ、それでは駄目なんです」


ほとんど土下座するような態勢から立ち上がり、真剣な面持ちをして桃谷に向き直る。



「な、何よ」


「僕は貴女と二人きりで話したかった、ずっと」


「は、はぁ?」


「部室でもずっとチャンスを伺っていました。でも部室にはいつも部長がいて、なかなか伝えることが出来ませんでした」


「ちょっと何?いきなり何言ってるの?」


その言葉を無視して、大男は続ける。


「こんな形で、しかもこんなに早く機会が訪れるとは思いませんでしたが……心の準備は出来ています。ずっとずっと言いたくて何度も何度も暗唱していたから」


「ちょ、待って、それ以上は…」


並び立つと二人の背丈の差は相当に大きい。ほとんど天を見上げている様な視線には焦りの色が窺えた。


期待と不安に無理矢理に背を押されながらも、なんとかして心を落ち着かせようとしている。


桃谷はきっと予期している。これから自分に告げられる言葉がどんなものかを。



一変した両者間の空気を、福島がすぅ、と大きく吸い上げた。そして、


「桃谷先輩……、好きです!」「ずっと好きでした!」「そして、今も大好きです!!」


泥臭く率直な、実に男らしい告白だった。



京志郎と楓歌の間にも、小さなざわめきが生まれる。


(言った……、言いやがった……!伝えやがったっ!!)


二人とも他人の告白の瞬間に立ち会うなんてことは、勿論、人生で初めてのことだった。


(な、なんて恥ずかしいやつだ。あんなことを堂々と言ってのけるなんて……)


楓歌も両手で口元を押さえて、見開いた目で福島を見つめていた。



他人の告白ほど生々しい物もない。他人であるがゆえに、そこには成功への祈りも、失敗への呪いも介在せず、ただただ素直にその人間の恋心を見ることになる。


ほぼ見ず知らずの福島の告白であっても、京志郎と楓歌に大きな心情的衝撃を与えるには容易かった。


自分を今の福島の立場に置き換えたら、彼が卒倒せずにちゃんと両足で立っているのが京志郎には不思議でならなかった。


もしも同じように自分が想依とこうやって対峙することになったら――考えただけで目眩がしそうだった。

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