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4-3

現実離れした神秘的な現象というのは、幾ら人間が環境適応能力に優れていたとしても、そう簡単に慣れるものではないらしい。


蒼白い光が、痩躯の少女に吸い込まれて行くのを見て、そう思った。



「これ、何を呆けておる」


楓歌が、平素とは比べ物にならないほど溌溂とした、偉そうな口調で言う。



今、彼女の中には、神がいる。神社でなくても神入りは可能らしい。


恋火の言う通り、確かに京志郎はボーっとしていたが、逆にあれだけの超常現象を間近で見せられて、呆けない方が異常だろう。



神入りは毎回、恋火が楓歌の胸をむんず、と掴むところから始まるので、そこは何となく目を逸らしているものの、いざ神入りが始まれば、自然と視線を奪われる。恋火の光には、その力がある。



「おい、京志郎。聞いておるのか?はよ下駄箱に案内せいと申しておるのだ」


楓歌が――恋火がずい、と京志郎に詰め寄り、不満そうな顔を向ける。


普段の楓歌は無感情のポーカーフェイスを標準装備しているので、なかなか見られない楓歌の様々な表情が見られるのは、新鮮で面白い。


普段からこれくらい表情豊かならば、もっと可愛げもあるというものなのだが。



「何を見つめておるのだ。お主、もしや目を開けたまま眠っているのではあるまいな?」


「あぁ、スンマセン。起きてますよ」


「ならば、はよう連れて行かぬか。この状態が長くは持たぬことは、お主も承知しておるだろう」



せっつく恋火に押され、下駄箱のある昇降口まで案内をする。


「で、これからどうするんです?」


「ま、見ておれ」


言うや否や、恋火は俯き加減に目を閉じて、右腕を前に水平に伸ばし、手の平を前方に向ける。目を瞑ったまま真剣な表情をし、右手に意識を集中させていた。



少しして恋火は目を開き、


「よし。こっちだ」


と、右手を上げたまま昇降口を移動する。


しばらく歩いて一つの下駄箱の前で立ち止まり、右手をかざして何かを確認した後、


「ここで間違いない」


ニヤリと笑んで言う。


「ここが、桃谷さんの下駄箱なんですか?」


「そうだ。さぁ、封筒を入れるのだ、京志郎」


他人の下駄箱を開けるのには少し遠慮したが、指示通りに中に青い方の封筒――福島から桃谷へのラブレターを忍ばせる。



「どうしてここが桃谷さんの下駄箱って分かるんです?」


京志郎は怪訝を露わに問う。


恋火は自信満々だったが、傍から見れば当てずっぽうで言っているようにしか見えない。


「うーむ。何故と問われても説明に困るのう。……強いていえば、我の中にある福島の想いが、方位磁石の役割を果たしている、といったところか」


恋火曰く、人の想いにも方向性というものがあるらしい。


それが他人に対する想いならば、それは想いの対象の方へ向く。



「『惹かれる』という言葉があるだろう?其れは(まさ)しく、想いが引っ張られるという意味だ。引かれた想いは、自然とその対象の方を向く」


概念体である恋火の中には、今まで捧げられた祈りが蓄積している。


つまり、恋火の中に宿った福島の恋心は、コンパスのように、恋愛対象である桃谷の方を自然に指し示す。


この法則を応用すれば、物に残留した対象者の生気を辿ることが可能なのだというが……。


(……さっぱりわからん。『惹かれる』というのは分からなくもないが……)


どうやら、京志郎にとっては、スピリチュアリズムは敷居が高いらしい。



「原理等は如何でも良い。其れよりも次だ。そろそろ神入りを解くぞ、京志郎。準備は良いか?」


「えっ、あ、あぁ。よし、いつでも来い」


「うむ。では、後は頼んだぞ」


その言葉尻から、楓歌の表情が変わった。


凛々しく不敵だった面構えが、吹けば飛ぶような儚い少女のものとなり、激しく渦を巻いていた濁流のような存在感が、音も無くせせらぐ細流へと移り変わる。


その変化の一瞬の後、楓歌の身体は脱力し、コンクリートの床めがけて堕ちていき――



「……っと」


京志郎が、その細い肩を受け止めた。


――これこそが、京志郎が果たすべき役割だった。


「全く、危なっかしいなぁ」


恋火が神入りを終え、楓歌に身体を返す時の意識の繋ぎ替えには、どうしても一瞬の無意識状態が挿入されるらしく、その間の楓歌の身の安全を確保することが、京志郎の使命なのだ。



とは言うものの、こんな学校の開けた場所で神入りを解くとは思わなかった。


「さて、いつまで肩を抱いていればいいんだ……?」


なるべく身体と身体の接触面積を少なくしつつ支えてはいるが、他人にはあまり見られたくない場面だ。


こんな場所、いつ人が通りかかってもおかしくはない。


もうすぐ昼休みも終わる。そうなれば、人の往来も増えるだろう。



「う、うぅ……」


やがて、呻き声と共に楓歌が目を覚ます。


「おっ!気が付いたか!」


今回は神社で見た時よりもかなり早く意識が戻ったようだ。



「…………っ!く、久遠くん!?」


自分が身体を預けている者の正体が判明するや否や、慌てて立ち上がり、京志郎から離れるようとする楓歌。


しかし、まだ本調子ではないのか、脚をもつれせれて転びそうになる。


「ちょ、大丈夫かよ」


それを再び京志郎が手を取って支えると、


「…………っっ!!!」


楓歌はあわあわとしながら手を振り解き、また京志郎から距離を置こうとする。


そして、自分の両腕を抱いて防衛心理をむき出しにし、顔を紅潮させ、ジトッとした目で京志郎を睨む。


(いや待て待て、なんだその暴漢に辱めを受けた直後みたいな仕草は!)



楓歌の態度に若干以上の不条理を感じつつ、


「ええと、その……大丈夫か?」


「…………」 コクリ。


「そっか。なら良かった。――で、どこまで覚えてる?」


「……屋上で話してたところまで」


ということは、恋火が這入っている間の出来事は一切記憶に残らないらしい。



桃谷の下駄箱に手紙を入れ終えた旨を伝えると、


「福島くんの下駄箱は、こっち……」


楓歌は1年生の下駄箱まで移動し、「ここ」と1年2組の下駄箱の一つを指差して、ポケットに入れてあった桃色の封筒を京志郎に渡そうとする。


「……自分で入れればいいんじゃないのか?」


楓歌が示した場所は高い位置でもなく、それなりに高身長に楓歌ならば普通に届く高さだった。


しかし楓歌は、ぶんぶんと盛大に首を横に振り、拒否。真顔で、京志郎に手紙を押し付ける。


梃子でも動かないような頑固さを感じ、渋々と京志郎が福島の外靴の上に封筒を乗せる。


(俺だって男にラブレター出すのなんかイヤなんだけどなぁ……)


ともかく、これでお膳立ては完了だ。


京志郎は、なぜか自分と離れて歩く楓歌と共に教室へ戻った。




   ◆




新校舎から、中庭を1つ挟んだ渡り廊下を真っ直ぐ進むと講堂と体育館に突き当たる。


さらに、体育館の横道を入って進むと、別の中庭に辿り着く。


通称『緑の丘』と呼ばれるその中庭が、福島と桃谷の逢瀬の場所だった。

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