4-2
「じゃあ、俺らは恋のキューピッドになれってこと?……自信ねぇなぁ」
自分の想いすら打ち明けられないでいるのに、他人の恋仲を取り持たなければならないとは。
しかも、全く見ず知らずの男女となれば、難易度はハードモードでは済まない。
「まあ、然う案ずるな。策なら既に講じて居る」
恋火は不敵に笑み、一つ咳払いをして、懐に手を突っ込む。取り出した淡い水色の封筒を、京志郎に手渡す。
「なんですか?これ」
「ふっふっふ。何だと思う?」
恋火はいやに楽しそうに、問いを問いで返す。問うまでもなく見れば分かるだろう、という意図が含まれているのだろう。
事実、京志郎も質問こそしたが、見た瞬間にそれが何かは直感した。奇しくも、同じ様な物を見る機会がごく最近にあったからだ。
「ラブレター、ですか?」
「ふふん、然り。其の恋文こそが、我が力を人の世に揮う為の奇策だ!」
と、豊満な胸を張り、ドヤ顔を決める恋火。
ちらと目をくれると、恋火とは対照的に、楓歌は困ったような少し恥ずかしがっているような相貌だった。
「……ラブレターが、奇策?」
京志郎は、いまひとつ要領を得ない。
「如何にも。まぁ、実際に見た方が理解が早いかも知れんな。封はして居らぬので中を見てみよ」
恋火は、ラブレターを第三者に見せるという、タブーとも言える行為を促す。
京志郎も少し躊躇いはしたが、渡した張本人の「構わん」という一言に押されて、遠慮がちに中身を拝見することにした。
『桃谷先輩江
貴女に話したい事が有るので、今日の放課後、体育館の裏の中庭まで来てください。
待って居ます。 福島奏佐』
三つ折りにされた空色の便箋には、短くそう書かれていた。
「まぁ実際は、恋慕の情を認めた物では無いので、恋文と云うよりは逢瀬に誘う為の手紙だな」
恋火の言う通り、それはラブレターというには余りに簡素な内容で、少し拍子抜けした感もあったが、それよりも京志郎には気になる事があった。
「ええーと……。全く知らない名前が2つほど出て来たんだけど……」
一抹の不安が過る。またしても自分は、他人のラブレターを手にしているのではないか。
せっかく昨日は、プライベートに踏み入らないという紳士な気持ちを持って、中身を見ることを踏み止まったというのに。
「これ、ホントに見て良いものだったんですか……?」
「一向に構わぬ。其れを書したのは我なのでな」
「は?」
あっけらかんとした恋火に、素っ頓狂な声で返事する京志郎。恋火は事情を話し始めた。
「今日の朝一に、一人の男が我を参りに来、祈りに際し、『二年の桃谷先輩が好きだ。交際したい』と延々と願い続け居ったのだ。其の男、如何やら此の学び舎の生徒らしい。朝っぱらから少々暑苦しい奴では在ったが、又と無い機会だと思い、熱心な参拝者の願いを叶えるべく、我が筆を取った次第だ」
「えーと……昨日、この福島ってやつがお参りに来て、福島は2年の桃谷さんが好きで、この手紙は福島じゃなくて恋火さんが書いたもので、でも、手紙には、福島から桃谷さんへの呼び出し文が書かれてて……」
言っている内に、京志郎にも段々と恋火の行動の真意が見えて来た。
「つまり……これを桃谷さんへ渡して、福島と密会させる、と?」
「然り!漸く理解に至ったか」
京志郎は肩透かしを食らった時の、気抜けした様な、落胆した様な感覚を覚えた。
――なかなか意中の相手に思いを告げられずにいる友人の背中を強引に押し、無理矢理に告白させて恋愛を成就させる。
そんなお節介な女友達のような荒業を、恋火は企てていたのだ。
神が聞いて呆れる。幻想も神秘もない。
途方もなくアナログな方法で、この神は人の恋を繋げようとしているのだ。
「勿論、一方からの呼び掛けだけでは逢瀬は成立せんので、此れも届ける必要が在る」
と、取り出したのは薄い桃色の封筒。
「此れには福島から桃谷への逢瀬の文が書いて在る。『私をどう思っているか、素直な気持ちを聞かせて』と云う文面と共にな」
恋火は2通目のラブレターを楓歌に手渡す。その封筒を見ながら、京志郎はテンション低く尋ねる。
「……この作戦、本当に勝算あるんですか?」
「其れは判らぬな。人の心は空の色以上に変化に富む。我とて、完全に読み切る事は出来ぬ」
何とも頼りない言葉だ。昨日は感じた恋火のほとばしる霊験が、今は少し霞んで見える。
「まぁ、然う心配するな。我も唯単に筆を執った訳では無い。其の手紙には我の神力が込めて在るのだ」
「神力を?」
「うむ。其の書には人の恋慕の情を高める効果を付与した。加えて、対に成った書には、互いに所有者の心の引き合わせる力が在る」
何とも胡散臭い話だ。全く以て今更ではあるが。
しかし、楓歌はその効果のことを知らなかったのか、
「……!」
驚きを露わに、自分の手にある封筒と京志郎の手にある封筒を、何度も何度も交互に見ていた。
「まぁ、其の力も、所有者同士が少しでも互いの事を意識し合って居る場合にしか、真価を発揮せんがな。其れでも、成功率は格段に上がる筈だ」
「……」
恋火の注釈に、楓歌が若干落胆したように見えた。
「それは結構ですけど……俺、その福島ってヤツのことも、桃谷さんってのも誰なのか知らないんですよ?直接手紙を渡すなんて、結構ハードル高いんですけど……」
こんな小奇麗な封筒を渡しているところを誰かに見られれば、要らぬ邪推を招くことは免れない。
異性である桃谷ならまだしも、同性の福島に渡すところをなど、絶対に他人に見られてはならない。
そんなことになれば、噂は一瞬の内に生徒の間を駆け巡り、後は全自動で京志郎の高校生活が瓦解するという末路は避けられないだろう。
「何も直接で無くとも良い。御主達の学び舎には、下駄箱と云う便利な投函箱が在るでは無いか」
ラブレターの受け渡しの定番、下駄箱。それでも、他人に見られれば勘違い必至だろうが、直で渡すよりは何倍もマシだ。
「でも俺、二人ともクラスも知らないんだけど……。それなのにどうやって手紙なんか渡せば……」
「其の事に関しても問題は無い。――楓歌っ!」
突然の号令に楓歌は、ビクゥッ!っと身体を震わせて反応し、その反動で持っていた封筒を取り落としてしまい、「何をしているのだ、鈍臭い奴よのう」と恋火に苦言を呈されて恥ずかしそうにしながら、
「福島くんは、私と同じ中学の同級生なの……」
聞けば、今朝、福島が参拝した時に、ちょうど楓歌が境内の掃除をしており、物陰から顔を確認出来たため、参拝者の所属が知れたのだという。
「学校で見かけたことがあるから、クラスは分かるよ……。確か1年2組だったと思う……。出席番号も多分分かるから……」
だったら最初から楓歌が配達に行けばいいのでは?、と思いつつ、
「じゃあ、桃谷さんは?」
すると恋火がにこやかに微笑んで、京志郎の肩に手を置き、
「其処で、御主の出番と云う訳だ!」