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3-5

「確かに京志郎の双眸には我の姿影が映って居り、素養こそ具有して居る様だが、神観念は希薄で畏敬の念も欠乏して居る。神の側近と成り得るにはか条件が揃って居らぬ様に感じるのだが?」


恋火は、何の効力もない野草を妙薬の元と言って取ってきた不出来な弟子を叱る薬師のように楓歌に問う。


さしずめ京志郎は馬鹿弟子が持ち帰った雑草といったところだろうか。


「京志郎の協力への快諾に今更ケチ等付けとう無いが、御主の人選に確たる所由が実在するので在れば、其れを聞かせて呉れぬか、楓歌。我は、御主は不器用かも知れぬが、低劣では無いと理解して居る積もりだ」


これは褒めているつもりなのだろうか?だとしたら、不器用なのはお互い様だ、と言ってやりたい。


それに、彼が恋火の助成を快く引き受けたようには見えなかったが。



「昨日の出来事を覚えていますか?」


「昨日、と云うと彼れか。御主が台所の筐体で鶏卵が爆破したと云って大騒ぎして居た事か?」


「い、いや、あれはちょっとした手違いで……。まさか卵をチンしただけであんなことになるなんて思わなくて……――って、ちがいます……っ!そうじゃなくて、昨日参拝に来た……」


「参拝、と云うと彼れか。昨夕に実に真摯に祈りを捧げて居た小僧の事か?」


コクリ。楓歌、肯定。



「彼れは良い産子だった!彼れ程に純粋無垢で瑞々しい祈りを持って居り、且つ、刹那的にしろ神入りが成功する程、信仰への受け皿が大きいとは、中々の逸材だ!『恋文作戦』が上手く行かなかったのは、残念だが……。又何れ、相見える機会も在ろうぞ」


恋火は嬉々として、楓歌の淹れた茶を口内に流し込む。



「その人が、久遠くんです」


「ぶふっ」


緑茶のミストシャワーが楓歌の顔面に降り注いだ。



「げほっげほっ……。お、御主、今まさか『久遠くん』と申したか!?」


「はい。昨日の少年は久遠京志郎くんに間違いありません」


持っていたハンカチで、恋火の唾液入りの茶で濡れた顔を拭きつつ楓歌はあくまで冷静に答える。対する恋火とっては寝耳に水の話だったようで驚きが顔に色濃く出ていた。


「それだけじゃありません。恋火さま、今日学校で『恋文作戦』を履行している時、生徒に姿を見られたって言ってましたよね?人払いの結界内に入られて、失敗したと」


「う、うむ」


恋火は肯き、動揺を流し込むように茶を呷る。



「それも、久遠くんです」


「ぶふぉっ」


今度はハンカチでガードしたので、顔が濡れることはなかった。



「な、な、なにぃ!?――と云う事は、我は既に二度も京志郎と相見えて居たと!?」


楓歌は首肯し、気を入れて説明を続ける。


「恋火さまに祈りを捧げる昨日の彼の熱誠なる姿勢を見て、彼ならば恋火さまを見ることも出来るのではないかと考えました」


「うむ。事実、素質に関しては異存無い」


「加えて、彼には『作戦』中の姿を見られてしまいました。恋火さま――彼から見れば私ですが――の取っていた行動はかなり怪しいものだったので、私に対して疑心を持たれる可能性がありました」


「まぁ、人目を避けたかったのは事実だしのう」


「そして、私は彼とはクラスメイトです。彼が私の素性――この神社に仕える巫女であることを知る機会もあるでしょう。その時、私が不審な行動を取っていたことから、彼がこの神社諸共に悪い印象を持つ恐れがありました。下手をすれば、彼を中心に、生徒たちの間でこの神社への不信心が広まる恐れさえありました」



淡々とした楓歌の言葉に神さまは幾度か肯いて咀嚼し、


「ふむ、此方の企みを知られた可能性が有る以上、京志郎の願いを叶える事は困難に成って仕舞った。成らばいっそ奴に事情を明かし、信仰の低下の危険性を回避しつつ、仲間に引き入れるのが得策――と云う結論に至った訳か。成程、筋は通って居る」


どうにか今の説明に納得したようで、楓歌はホッと一息つき肩の力を抜く。



しかし、安心したのも束の間、


「然し……、如何にも筋が通り過ぎて居る気もするのう。楓歌、貴様其れ程迄に頭の切れる娘であったか?」


その言葉に背中に再び緊張が走る。


「そ、それは…」


恋火にじろり、と勘ぐりの眼差しを向けられて、楓歌は心臓を掴まれたような気分になる。


狼狽えてはいけない。動揺していては神さまにバレてしまう。この理由というのが、『学校の帰り道から今までの間で、必死に考えてでっち上げたもの』だということがバレてしまう……!



だが、悲しいかな、人は、意識するまいと思えば思うほど、脳がそのことで埋め尽くされていく。掻き消そうとすれば、焦りは禁じ得ない。


「何か、今までとキャラが違いすぎておらぬか?楓歌」


『キャラ』とか言われた。自分の事を『神さま』って言ってるやつに『キャラ』とか言われた。


覚えた横文字をすぐ使いたがるのは止めて欲しい。



結局、恋火の問いかけに、もごもご言うことしか出来ずにいると、疑るような眼差しだった恋火は、勝手に合点が行ったのか、


「ははぁん、然うか。然う云う事か。其れなら然うと早く言わぬか、可愛い奴め。全く、処世の円滑を司る此の我に、其の様な事を隠し通せると思って居ったのか?んんー?」


鬱陶しい絡み方をしてきた。



何を言っているかは分からないが、神さまの目は愉快そうな弓状に伸びていて、何やら楽しそうでもあった。


楓歌が返答に困っているのをどう捉えたのかは定かではないが、さも何もかもを把握し切ったような口ぶりで恋火は続ける。


「飽く迄、恍けるのか。んふ、まあ良い。御主に仲間を集める様に言ったのは我だ。御主が選んで京志郎を連れて参ったのなら、此れ以上は何も聞くまい。確り働いて呉れるなら我は結構だ。存分に二人で協力し合うが良い」


意味深な笑みを浮かべて言ってくる。



楓歌は、本当に心を見透かされているような気がしてなんだか胸がむず痒くなる思いだった。


もしかしたらこの神さまには、楓歌が自分でも理解に達していない、ぼんやりした不定形の感情の全貌が見えているのかも知れない。


「なんなら、御主の願いも叶えて遣ろうか?」


このとどめの一言をしたり顔で食らった時、急に熱病に犯されたかと思うほどの火照りが顔に広がった。その原因は、後に幾ら考えても分からなかった。

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