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3-3

「案ずるなって、よくあることなんですか?」


「うむ。楓歌の体力の無い所は難儀して居るのだ。まあ、少しすれば直に目覚めるだろう」


言っている間に、楓歌から「うぅ……」と声がしてきた。



「お、気が付いたか、黒咲?」


「ん……?……えっ!く、久遠くん!?」


目が合うと、楓歌はパッと飛び起き、座ったままずりずりと後ろに下がる。



一瞬、スカートの中から、楓歌の股ぐらに真っ白い布のようなものが垣間見えたが、脳内の紳士的自我によって、その映像は記憶ごと消去された。


「おい、大丈夫か?なんか顔、赤いけど」


「えっ、あ、うん……だいじょうぶ……」


胸に手を当て、目を泳がせているところを見ると、状況が飲み込めていないのか。


「起きたか、楓歌よ」


「恋火さま……。そっか、私……。ごめんなさい、恋火さま」


神の姿を捉えて思い出したのか、頭を垂れる楓歌。



「ふむ、矢張り御主の目下の課題は、其の持久力の乏しさだな。神入りに多くの気力を使うのは確かだが、斯う毎回気を失って居っては先が思い遣られる。高い素養を兼ねて居り、我との調和も申し分無いと云うのに、個体の活力に難が有るとは、()に勿体無き事よ」


残念そうにぶつくさ言う恋火。到底心配をしているとは思えないその科白が少し引っ掛かった。



「恋火さん、今言った神入りってのは、さっき話してた神降ろしのことですよね?」


「む?まあ、相違ない。視点の違いのみで、事象としては同一だ」


「じゃあ、黒咲が倒れたのは貧血とかじゃなくて、神降ろしをしたからってことですか?」


「然うとも言えるかも知れぬ。其れが如何した?」


あっけらかんと答える神に、出しゃばりな正義感が反応してしまった。



「どうした、じゃないでしょ。さっきの口ぶりじゃ、アンタ、神入りさせたら黒咲が倒れるかも知れないって分かってたんでしょ?」


「久遠くん……?」


語気を強めて言うと、後ろから細い戸惑いの声が飛んで来る。


「判っては居たが、御主の疑いを晴らすには手っ取り早いと思うてな」


「何でそんなに平然としていられるんですか……。危険だとは思わないんですか?黒咲が気を失った瞬間に階段から落ちたり、車に轢かれたり、下手すりゃ暴漢に襲われたりするかも知れない」


昼休みに学校で会った楓歌には恋火が這入っていた。


ならば、楓歌は神を降ろした状態で外を出歩いていると言う事だ。


様々な危機が潜む外を、いつ気絶するか分からない状態で。



「確かにな。だが、神入りは必要な行為だ。今の我は楓歌の身を介さねば、人の世に力を投影する事が叶わぬからな。楓歌の身体が無ければ、我の願望は成就せん」


我慢出来なかった。


「……無茶苦茶だ。傲慢にも程がある。自分に仕える人間はどうなっても良いんですか?」


「やめて、久遠くん……。私なら大丈夫だから……」


楓歌が袖を引っ張って制止を促すが、


「何がどう大丈夫なんだよ。お前こそ、もっと自分の身を大切にしろよ!」


「……っ!」


ビクリと楓歌の肩が跳ね、袖から手が離れた。



「人間との共存を望んでおきながら、黒咲のことは駒扱いするんですか!?」


「ダメ……もうやめて……、久遠くん……」


浮遊する神は、声高に吠える京志郎をキツイじっと見たまま安座して黙するのみ。


その冷静な目つきに、殊更腹が立つ。



「何とか言ったらどうなんだよ……っ!この疫びょっ」


「やめてええええ!!」


「ぅぐぬっ」


背後から腰にタックルをかまされた。


「ダメ……っ!それ以上はダメだよ……久遠くん……」


海老反りになった京志郎にしがみ付き、楓歌は悲痛な声を漏らす。


「神さまにそんなこと言っちゃダメだよっ……」


小さく掠れた、泣声にも聞こえる音吐で繰り返す。京志郎はその声に揺すられながら、頭から血液が引いていく音を聞いていた。


「く、黒咲、いてぇ」


誤魔化し半分にそう言うと、楓歌は「ご、ごめんっ」とすぐに飛び退いた。


勿論、楓歌の細い身体で体当たりされたところで痛覚を伴う訳もないのだが。



幸い楓歌の眼に涙は浮かんでいなかったが、しょんぼりと俯く彼女に何と声をかければ良いのかが分らない。


「……」


「……」


今日三度目の静寂。沈黙が大嫌いになりそうだった。



「……っぷ、くくく、ふふ、ふはははは!」


静けさを切り裂いて、聞いたことのある笑い声が響く。


見ると、また恋火が腹を抱えて大笑いをしていた。


「良い、良いぞ!御主、本当に見処有りだな!ふは、ふははははっ!」


「な、何がおかしいんですか!」


今のやり取りのどこにツボに入る場面があったのか。楓歌も目を丸くしている辺り、恋火の爆笑の理由は把握できていないようだった。


「くくく、済まぬ済まぬ。笑うてはいかんと思ったのだが、よもや、此れ程適した人間が居ようとは思わなんでな。余りの僥倖につい吹いてしもうたわ」


恋火は茶を一口飲んで、一息つき、



「実はな、御主の指摘こそ、此度御主に助力を乞うた一番の理由なのだ」


「……どういうことですか?」


「うむ。御主が申した通り、楓歌に神入りをする事には数多の危殆が在る。我の力が万全成らば、不慮の事態だろうが楓歌を守護する事なぞ容易いが、今の我には其れが叶わぬ。其処で我は、神入りの際に楓歌の傍に付き、降り掛かる危難を楓歌から遠ざける為の人材を探して居ったのだ。楓歌は我の真意には気が付いて居らぬ様だったがな。――――如何した?驚いたか?」


恋火は不敵な笑みを浮かべる。京志郎は言葉が出ない。



「京志郎よ、余り神を嘗めるで無い。我に取って楓歌は子の様な物。産子は皆、我の宝だ」


凜乎とした姿勢で恋火は確言した。こうなっては京志郎に謝ること以外に何が出来ようか。


「その……スンマセンでした。俺、先走って、急に怒鳴ったりして」


「なぁに、詫びる必要は無い。其れよりも我は悦ばしい。御主は既に、自分の果たすべき役割を存分に理解して居る様だからな!」


満面の笑みを浮かべる恋火。その瞳に、男としての格を試されているような気分になる。


――ズルい神さまだ。今更『No』などと、どうやったら言えるというのだ。



京志郎は小さな溜息を吐いて、苦笑いし、


「分かりましたよ。俺が付いてればいいんでしょ?」


「えっ……!?」


驚嘆したのは楓歌。恋火は満足気に肯く。


「……俺がずっと黒咲の側に付いてますよ。もし黒咲が倒れても、俺がなんとかします。これで良いですか?」


「うむ。申し分無い。此れから宜しくな!京志郎!」


「はいはい」


困惑する楓歌を横目に、京志郎は恋火の手を取り、神の側近となったのだった。





   ⇔





もう時間も遅いということで、京志郎が具体的に何をするのかの話し合いは翌日ということになった。



日も落ちて薄暗くなった中、石段を踏み下りる二人分の足音のみが響き、二人の間に会話は無い。


それでも、黒咲楓歌は上機嫌だった。


自分のポーカーフェイスっぷりには自覚があったので、恐らく半歩後ろのクラスメイトには、今の自分の気持ちの高まりは伝わっていないだろう。

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