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3-2

「やはりこの方法が一番手っ取り早いのだろうなぁ」


歯痒そうに楓歌(……じゃねぇや)恋火が言う。


見た目は完全に黒咲楓歌であるため、脳内変換をいちいち施さなければ成らないのが、非常にややこしい。



「人に自分の存在を肯定させる方法、ですか?」


恋火は渋い顔で肯く。


「いつからか人は神の力を頼らぬようになった。それどころか、人は我々のことを生活の流れから切り離し、果ては神という存在を過去の幻想か、前時代の遺物として考えるようになり始めた。人と神は古来より共存してきたというのに……。我はそれが口惜しい。なんとかして忘恩なる者共に、我々と生きていた頃のことを思い出し、共生の道を歩んでほしい。そう考えておるのだ」


京志郎の言意とは少し違ったみたいだ。(「信じさせる」のでなく「思い出させる」か)


「それが、さっき言ってた叶えたい願望ってやつですか」


「うむ」肯き、楓歌の髪が大きく揺れた。



恋火の言っていることは京志郎にも解る。


無宗教国家でかつ多宗教国家の現代日本において、神社や神事なんて物は、多くの人にとって人生に大きく関わってくることではない。


お参りをしたり、初詣に行ったり、お祭りに参加したりといった行為も、最早神さまがどうこうと考えている人間などそうはいない。通例的に神に関わっているに過ぎない。



「人が悪いとは言わぬ。人は進歩したのだ。自らの頭で考え、人なりの『世の理』を導き、それに沿って、神を必要としないほどに進歩した。人の技術(ちから)とは立派なものだ。我もこの黒椅子の心地よさには舌を巻くより他ない」


ぽんぽんと黒光りのマッサージチェアを叩く神さま。


「物事に理屈を付けたがるのは人の癖の様なものだ。それについてとやかく言いはしない。むしろ懈怠だったのは神の方だ。我は、人々が神から離れていったのは、神の傲慢さと怠慢さが原因の一端にあると思うておる」


「案外自分に厳しいんですね。神さまって、もっと『我は神なり』とか言って踏ん反り返ってるイメージの方が強かったんだけど」


恋火は、そういう倨傲な奴も居らんでもないのだが、と苦笑しつつ続けた。



「兎に角、待っておっても信仰は募らぬ世なのだと、我は痛感させられた。信仰の衰えは、即ち神の力の衰退に等しい。我の力も、もうずいぶんと希薄に成り果てた。このままでは、我の神としての存在意義は雲散し、存在価値は霧消し、やがてはその存在までも……」


恋火は遠い目をする。その愁いを帯びた瞳にはきっと、人と暮らしてきた今までの『歴史』が映っているのだろう。


「我は人が好きだ。人と共に生きたい。そのために、我は人の祈りに応え、信仰を取り戻さなければならぬ。しかし、我だけでは、変わり果てた今の世で、人の恋愛の成就に勤しむことは困難だ」


恋火は膝立ちをして、胡坐をかく京志郎に詰め寄り、その手を取って懇願する。


「だから、京志郎。どうかお主の力を貸して欲しい」


頼み込むというよりは、自らの志に同調を求めるような口ぶりだった。その目には、強い意志が感じられた。





「でも、手伝うっつっても、俺は何をすればいいんですか?」


京志郎は恋火から目を逸らす。



「……俺、マジで霊感なんかないんですよ?幽霊とかだって、見たこともないし、信じてもないですし」


と言いながらも、今となっては、幽霊も完全に居ないと断言出来ない心境になりつつあるのだが。


「――なんで、俺なんですか?」


『物事に理屈を付けたがるのは人の癖』……恋火の言葉通りだ。



もう無闇に恋火の言葉を否定する気はないし、自分に出来る範囲ならば、手伝うことに否やはない。


それでも、拠り所は欲しい。


自らの時を捧げるに値するだけの理由が、自分を納得させられるだけの理由が欲しい。


恋火の態度が真摯であればある程、浮雲のような半端な信念で簡単に約束することは出来ない。


「……」恋火は黙って俯いた。


京志郎が感じている不安定さを、否定の感情を捉えられたのだろうか。





恋火は怒るでも、悲しむでも、文句を言うでもなく、無言で項垂れるのみだった。


「恋火さん……」


返事が無い。


……というか、微動だにしない。握られている両手も固まったままだ。


「恋火さん?」


様子がおかしい。京志郎が顔を覗き込もうとした時、



「えっ!?ちょっ……!」


恋火が、その身を預けるように京志郎の胸の中に飛び込んできた。


「ちょっと!恋火さん!いきなり何を……!」


赤面する京志郎に目もくれず、恋火は全体重を預けて身を寄せる。


(い、色仕掛け!?)


男を篭絡するのにこれほど適した方法はない。


なにせ、恋火が這入っているのは、比類なき美しさを持つ少女なのだ。普通の男ならば、二分と持たずに陥落するだろう。


なんと卑劣な、かつ効果覿面な手口なのだろう。


京志郎も想依に惚れていなければ、あるいは理性のたがが決壊していたかもしれない。



「ちょ、そんなことされても、俺はっ……」


思わず楓歌の肩を持って身体を引き剥がすと、


「……って、あ、あれ?」


楓歌の身体はだらりと脱力していた。目は閉じられていて、四肢には力が入っていない。



「あのーもしもし?……もしもーし!」


肩をゆさゆさ揺らしてもしても返答は無し。


「気絶している……!?」


スー、スーと、小さな呼吸の音が微かに聞こえてくる。


「いや、寝てんのか?」


恐ろしいまでの寝付きの良さだ。……唐突に眠りに入ってしまう病気があると聞いたことがあるが、その類だろうか。



いつまでも抱きかかえているわけにもいかないので、畳の上に寝かすことにする。


寝ている女子の身体に不用意に触るのはどうかと思ったが、致し方なく、一旦お姫様抱っこをし、座布団を折って枕にした上に、仰向けに身体を降ろす。


ガラス細工でも扱うかのように、慎重に。


抱き上げた楓歌の肢体は驚くほどに軽く、丁重に扱わなければ壊れてしまいそうだったからだ。



どこか儚げな寝顔は、さながら眠り姫。近くで見ると、その美しさがより一層際立って感じられた。


「――って見蕩れてる場合じゃねぇ!家の人、いるのか分かんねぇけど、呼んで来た方がいいよな?」


「其の必要は無い」


慌てて立ち上がろうとすると、上から声が振って来る。



「其れに今、此の家には他には誰も居らぬ」


見上げると、元の姿に戻った恋火が、宙に浮いていた。


「案ずるな。唯、気を失って居るだけだ」


絶句する京志郎の気も知らず、空中で胡坐をかく恋火は断言する。



長く青白い美し髪と、尋常ではなく秀麗な面相、長身のスラリとした身体つきでありながら、主張の激しい肉感的な女の部分。


改めて見ると『女神』という言葉ほど彼女を良く表したものはないと感じた。

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