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プロローグ

嵌められた。



そう気が付いた頃には、時すでに遅し。

京志郎(きょうしろう)はもう簡単には引き返せない所まで足を伸ばしてしまっていた。


黄金色の一週間が明けた今日は五月上旬の月曜日。


季節的にはまだギリギリ春のはずだが、今日の様な太陽の恵みが燦々と降り注ぐ五月晴れの日には、放課後で陽が傾きかけていると言えど、野外で長時間動き続けるとなると流石に額にも汗が滲んでくる。



「はぁ、はぁ」


長い持久運動に息は上がり、足取りも重くなってくる。ゴールはまだ見えない。

今から引き返そうかとも考えたが、振り返ったところで出発点はとうに見えなくなっているし、それもまた骨の折れることだ。


悪友の手の平で踊らされることは非常に癪だが、かと言ってここまで来ておめおめと引き返すのは輪を掛けて癪だ。



仕方なしに京志郎は脚を上げ、更に歩を進めた。そして、


「はぁはぁ……。どこまで、続くん、だよっ、これはああああっ!!!」


苛立ちが急き立てる衝動を押え切れず、思わず咆哮。



彼は今、町はずれにある神社へと続く、長い、長い長い、本当に長い階段の、まだ中腹辺りにいた。


「くそっ、くそっ、くそっ!あのボケ、明日会ったらぜってぇしばく!」


石の段を一歩一歩踏みしめながら、自分をまんまと嵌めた悪友への報復を誓った。



思えば最初から胡散臭い話だった。

どうしてあんな話を信じてしまったのか、今になってあの時の自分に張り手を食らわせたくなる。


ナメクジのようにヌルヌルと階段を上りつつ、京志郎は記憶を放課後にまでタイムリープさせた。



   ◇



「恋愛成就の神社ァ?」


京志郎の怪訝そうな視線に対し、目の前の席に居座る男は大きく強く肯いた。


「せや!興味あるやろ~?」


細い目を更に細めてニヤケ面を呈し、目の前の男はどこぞの方言交じりに言う。


この糸目の関西弁こそ、京志郎の悪友にして諸悪の根源、『逢阪(あいさか)』だ。



「興味なんかねぇよ。そんな怪しい話」


「ええぇ~!なぁんでそんな冷たいこと言うんや~親友に向かって」


一蹴して突っぱねると、逢阪は京志郎の腕に縋りついて情けない声を上げる。

(キモチワルイのでやめて頂きたい)



放課後に男二人で居残ってなにを話すのかと思えば、こんな与太話だったとは。


あと、京志郎に言わせれば、逢阪は断じて親友などでなく、あくまで悪友だ。



「そもそも、なんで俺がそんな神社に行かなきゃならないんだよ」


「なんでってそりゃあ、オレなりに京志郎を応援しようと思ってるんやんか~。月嶋(つきしま)とは特に進展も無いんやろ?」


「くっ、確かに……。いや、でも今日もちょっとだけだけど喋ったんだぞ!」


今朝、朝礼前に廊下ですれ違った時のことを思い出す――



『あ!久遠(くどう)くん!おはよー!』


『あ、つ、月嶋!お、おは、』


月嶋(つきしま)想依(おもい)は、京志郎の挨拶をろくに最後まで聞き届けずに隣の8組の教室へと姿を消していった。



「んなもん、喋った内に入らんわ!」


「そんなことねぇよ!月嶋、ちゃんと俺の名前呼んで、目を見て笑ってくれたんだぞ!?」


あの天使のような微笑み……。


瞼を閉じれば今でも鮮明に思い浮かべる事が出来る。


(ああ、かわいい。目の裏でもやっぱり月嶋はかわいい)



あれ程までに混じりけのない、純粋で天然な100%の朗らかスマイルを浮かべて笑う女子を、京志郎は今まで見たことがなかった。性格の良さが滲み出ているのだ。溢れ出ているのだ。


自分もあの笑顔に溺れたい。何度、そう願ったことだろうか。



「そりゃ同じ中学のヤツと会ったら挨拶くらいするやろ……」


逢阪は呆れたような目を、いや、憐れむような目を京志郎に向ける。実に憎々しい面相だった。


「あのな、京志郎。お前はもっと危機感を抱くべきやで?」


やにわに真剣な面持ちを浮かべて、逢阪は語り掛ける。


思い返せば、この話を真面目に聞いていた時から、京志郎は逢阪の術中に掛かり始めていたのだろう。



「入学したての頃は同じ中学っていうアドバンテージがあったから、比較的親しげには出来たかもしれん。新しい環境は、どんな人間でも少しは不安やし、少しでも知ってる人間と話せば少しは安心するからな」


「なに、そうだったのか!それで月嶋は俺にあんな笑顔を……」


「けど、今はもう五月や。その優位性も、そろそろ期限切れになる」


信じたくはない。しかし、逢阪の言葉は妙に筋が通っていて説得力があり、京志郎は自然と引き込まれていく。



「それに、高校って言ったら人数も多いし、カッコいい男や憧れの先輩的なヤツらゴロゴロおるんや。それでなくても、クラスが離れてしもた時点で、京志郎はかなり不利な状況下に置かれてるんやで?それを考えたら、中学の時みたいに『仲の良いお友達』のまま過ごしてるようじゃ、手遅れになり兼ねん」


「手遅れって……お前、まさか……」


逢阪は一呼吸おいて、わざとらしく目を伏せて、苦い表情を作り、



「月嶋が、他の男の手に堕ちる」


心臓に金槌で押し潰されたかのような衝撃が走った。


「そうなれば、一緒に遊びに行くことはおろか、すれ違ってもお前に見向きをせんようになるかもしれん……」


「ぐっ、うっ……」


気管に捻じ切れる様な痛みが走り、熱い息が肺から漏れ出してくる。五臓六腑が引き千切られるような感覚を覚えた。


「碌でもない男に捕まれば、月嶋の魅力あの無垢な笑顔も奪われてまうかもしれん……。そして、月嶋の貞操も……」


「うっ、うがああああああ!!!!」


脳細胞が引き裂かれる痛みに京志郎は雄叫びを上げ、麻痺寸前の躯体を机の上に投げ出した。脳裏に浮かぶ耐え難い光景から逃避するように、意識はブラックアウトしそうになる。



そんな京志郎の耳元で、悪魔の声が小さく囁いた。


「そんなあなたに朗報です。今、神社にお参りに行った方には、もれなく恋愛成就の神さまのご加護をプレゼント……」


「……ッ!!」


脱力していた四肢の神経が復活した。京志郎が雨上がりの晴れの日に急激な成長を見せるアサガオの蔓の如き動きでむくりと顔を上げると、逢阪は持ち前の鉄壁営業スマイルを一度見せ、


「ただし、今から三十分以内に参拝された方への限定サービスとなっております!お早いご出発を!!」


あらかじめ用意していたのだろうか、鞄から一枚の藁半紙を取り出し、京志郎に差し出した。


それが神社の位置を示す地図だと理解した時、京志郎の身体は既に自分の席を飛び出していた。

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