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刻命 - KOKUMEI  作者: カンボロ


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6/7

シガク

「本日の昼、十四時頃」


皇国警察本部の庁舎で、再び内部会議が開かれていた。

ただの会議ではない。

そして、おそらく最後でもない。

会議室には数十名の高官が集まっている。

整えられた制服、輝く階級章、命令することに慣れきった顔。

しかし、その場の空気は重かった。

まるで、まだ完全に消えきっていない火事の残り香が漂っているかのように。

斬保勝郎の死。

その影は、いまだ彼らの頭上に重くのしかかっていた。

この事件の捜査に直接関わった人物たちも、そこに顔を揃えている。

志堂間 匠。

桐生 勝。

北条 玲司。

彼らは一列に座り、表情は静かだが、内心では警戒を緩めていなかった。

今回の会議を主導するのは、国家警察全体を統括する最高責任者、鉄川 一成。

長年の官僚生活と妥協によって刻まれた顔を持つ、老練な男だった。

だが、この場には明らかに異質な存在が一人いた。

下村 源八。

警察の元重鎮。

かつては内部の腐敗を暴いたことで世論の支持を集め、

その後「虚偽情報拡散」の罪で二年の実刑判決を受けた男。

この部屋にいる多くの者にとって、

彼は本来、ここにいるべきではない存在だった。

鉄川は静かな、ほとんど感情のない声で会議を始めた。

「現在、我々の組織は非常に強い世論の圧力を受けている」

その言葉は淡々としていた。

「この部屋にいる全員が、状況を理解しているはずだ」

一拍、間を置く。

「斬保勝郎の死亡事件は、すでに国民によって徹底的に掘り下げられている。

遺族からの圧力も連日メディアを通して増しており、警察への視線は厳しさを増す一方だ」

数人の幹部が視線を落とした。

他の者たちは、まるで天気予報でも聞いているかのように前を見据えている。

「我々はほぼ毎日、会議を開かざるを得ない状況だ」

鉄川は続けた。

「一つの事件を解決するためではない。

組織そのものを叩き続ける報道の波を、どう抑え込むかを考えるためだ」

声に、わずかな硬さが混じる。

「不祥事が出るたび、

不正な行為が明るみに出るたび、

警察が再び信頼され、国民に愛されるための戦略を立てなければならない」

その瞬間――

「ははは」

場違いな笑い声が、会議室を切り裂いた。

本来、ここに存在してはならない音だった。

全員の視線が一斉にそちらへ向く。

椅子に深く腰掛けた下村源八が、気だるげな表情で笑っていた。

「どれだけ隠そうと」

立ち上がることもなく、彼は言った。

「今の警察のイメージは、もう終わっている」

空気が張りつめる。

「国民の“愛”だなんて言っているが」

下村の声は鋭かった。

「やっていることは、真逆じゃないか」

彼は感情を込めず、指を折っていく。

「不正徴収」

「詐欺」

「強姦」

会議室が凍りつく。

「今や、警察官の中に犯罪者が紛れ込んでいるどころか」

「犯罪者そのものになっている者も多い」

下村は鉄川を真正面から見据えた。

「それは偶然じゃない」

「今のトップの質を、そのまま映し出しているだけだ」

沈黙。

数十の視線が、彼一人に集まっていた。

誰も遮らない。

誰も笑わない。

この場で最も無礼で、

そしておそらく、

唯一“顔色をうかがわずに”話している男だった。

「発言には注意していただきたい、下村殿」

副警察庁長官の声が響いた。

抑制された怒りが、その声にははっきりと滲んでいた。

「あなたは招待された立場だ。

それ相応の節度を持つべきだ」

「年を取っても、相変わらず騒ぎを起こすのが好きだな」

別の幹部が、半ば囁くように、しかし聞こえる声量で吐き捨てた。

数人が小さく頷き、他は沈黙を選んだ。

鉄川一成が手を上げ、制止の合図を送る。

その威厳はかつてほどではないが、まだ場を抑える力は残っていた。

「失礼しました、下村将官」

彼は低い声で言った。

「私が、あなたの目に十分な警察庁長官として映っていないのなら、それは事実でしょう」

わずかに頭を下げる。

彼にとっては珍しい行為だった。

「しかし、あなたをここに招いたのは混乱を生むためではない」

「我々は、あなたの力を借りたい。

この組織を、立て直すために」

下村はしばらく鉄川を見つめ続けた。

その視線は鋭く、言葉の裏を測るようだった。

やがて、口元がわずかに歪む。

冷たく、皮肉めいた笑み。

「ならば」

彼は低く言った。

「何を望んでいる?」

鉄川は小さく息を吐いた。

「現実を、あなたも知っているはずだ」

「ここに座っている大半は、権力に近い警察官だ。

大統領に近く、政治の中枢に近い」

誰も反論しない。

「認めよう」

「警察は分断されている。

正直な者ほど、ここまで上がれない。

そして、その数は年々減っている」

沈黙。

それは、暗黙の同意だった。

「だからこそ」

鉄川は静かに続ける。

「私は、今の制度を変えたい」

数人の目が見開かれた。

「あなたから名前を挙げてほしい」

「警察を批判し続けてきた者たちだ。

私は知っている。

あなたの言葉は破壊ではなく、改革のためだということを」

下村は答えない。

ただ、黙って聞いている。

「もう一つ」

鉄川は言った。

「あなたが信頼する現役警官を、一人推薦してほしい」

一拍。

「斬保勝郎事件を担当させるためだ。

この件は、すでに一線を越えている」

彼はスクリーンへ視線を向けた。

「公式発表には出ていない事実がある」

「この半年で、六人の要人が急死している。

斬保は、その最後の一人だ」

照明が落とされた。

スクリーンに、六枚の検視写真が並ぶ。

「全員に共通点がある」

拡大された画像。

それぞれの後頭部に、黒い針が突き刺さっていた。

「この針は極めて軽く」

鉄川が説明する。

「発見が困難だが、異常なほど鋭利だ」

数人が息を呑む。

「斬保以外のケースは、当初すべて自然死と判断された」

「だが、最新の結論は違う」

彼は部屋を見回した。

「全員、殺害されている」

下村が、初めてはっきりと反応した。

「――死顎しがく

低い声だった。

周囲がざわめく。

「民間で囁かれている噂だ」

下村は続ける。

「古い伝承に由来する言葉。

暴君が一人ずつ、裁かれる時代」

彼はスクリーンを見つめた。

「つまり……殺しは、本当に起きている」

鉄川は静かに頷いた。

「だからこそ」

「あなたの力が必要だ」

一瞬、言葉を切る。

「直接でなくてもいい」

「あなたが信じる警官を通してでも構わない」

再び、沈黙が訪れる。

だが今回は、

否定の沈黙ではなかった。

それは――

より危険な何かが、静かに動き始めた合図だった。


_____


優雅な女が玉座に座り、その両脇を巨大な護衛が挟んでいる。

その前に立つリオは、なおも落ち着いていた。

背筋は伸び、視線は挑まない。だが、伏せてもいない。

一人の護衛が一歩前に出る。

梟の頭を持つその存在が剣を握り直し、低い音が空気を裂いた。

「水上リオ。貴様—」

その瞬間、女が静かに手を上げた。

ただそれだけの動作だった。

だが護衛の足は止まり、空間に緊張が張り付く。

逆らう意思は、最初から存在しない。

沈黙が落ちた。

そして、その声が響いた。

「……人間よ」

重く、擦れた声。

二体の守護者の威圧すら凌駕する、空間そのものを震わせる響きだった。

だが女の唇は動かない。

表情は静かで、気品を崩さぬまま。

「今回は、何が貴様をそこまで傲慢に見せている?」

怒りはない。

裁きもない。

だからこそ、その声は恐ろしかった。

リオは短く息を吸った。

「偉大なる死神、イズライル様……」

低く、抑えた声で続ける。

「あなたとの契約と、課せられた任務が……

次第に、私の人としての生活を侵し始めています」

一拍、間を置いた。

「……彼らを失うことを、恐れているのかもしれません」

再び、沈黙。

玉座の両脇に立つ影すら動かない。

やがて、その声が戻ってきた。

「最初から、代償を理解していたはずだ」

「この仕組みが、どのように機能しているかもな」

声が、わずかに低くなる。

「もう一度、最初の日のように説明が必要か?」

「それとも……疲れたか?」

短い間。

「ならば、命を返してほしいのか?」

「待ち受けるものが何か、貴様はよく知っているはずだ」

リオは黙した。

その肩が、わずかに緩む。

一歩、前へ。

そして膝をつき、床に手をつく。

額が木の床に触れる。

「お許しください」

「偉大なる死神イズライル様」

声が再び、空間を満たす。

「貴様には力を与えた」

「そして知性も」

「それらは、我に仕えるためのものだ」

「逆らうためではない」

声は強くない。

強くする必要がない。

「運命は、すでに名を書き記している」

「覚悟せよ」

空気が重くなる。

「運命の糸が、激しく揺れ始めている」

「迎えるべき魂は、さらに増える」

リオはゆっくりと顔を上げた。

その眼差しは、再び静けさを取り戻している。

彼は立ち上がり、前方の小さな机へ歩み寄った。

その上に置かれた巻物に、手を伸ばす。

指先が触れた瞬間—

意識が途切れた。

次の瞬間、彼は自分の体に戻っていた。

自宅二階の私室。

闇が部屋を満たし、冷たい木の床が足裏に伝わる。

目の前には、静かに横たわる一つの巻物。

「一つの魂が、死の顎に呼ばれた。」

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