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刻命 - KOKUMEI  作者: カンボロ


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15/17

道具

目を覚ましてから二日目、リオはある違和感に気づき始めた。

腕が、もう痛くない。

彼はわざとベッドの縁に軽く腕をぶつけてみた。

本来なら走るはずの鋭い痛みはなかった。ただ、皮膚に何かが触れたという感覚だけが残る。

看護師は強く言っていた。

「包帯は一か月は外さないでください。傷は深いんです。」

そのときリオは素直にうなずいた。

だが、静まり返った病室で、廊下を歩く足音が遠ざかるのを確認すると、彼はゆっくりと上体を起こした。

片手で、もう片方の腕に巻かれた包帯をほどいていく。

白い布が、静かに床へ落ちた。

そこにあったのは、開いた傷口ではなかった。

皮膚はきれいに閉じている。

縫合の跡は確かに残っていたが、糸はまるで皮膚に溶け込んだかのように沈み、細い線となっている。腫れもなく、滲みもない。

彼は指でその部分を押してみた。

痛みは、ない。

リオはしばらく腕を見つめた。

――おかしい。

そう思っただけだった。

理由を探ろうとはしなかった。ただ静かに包帯を巻き直す。何事もなかったかのように。

医師たちは「驚異的な回復力」と表現した。

科学的な言葉の形をしていながら、その実、説明のつかない速さだった。

三日目、彼の状態は安定していると判断された。感染の兆候もなく、数値にも異常はない。

退院前に、精神科医との面談が設けられた。

明るすぎる診察室で、医師は穏やかな声で尋ねる。

なぜそんな行為に至ったのか。

どんな思考があったのか。

リオは淡々と答えた。

感情を大きく揺らすこともなく。

取り乱すこともなく。

まるで、あの夜に死の淵に立っていたのは、自分ではない誰かであるかのように。

三日目の夕方、彼は退院を許可された。

病院の自動ドアが静かに開く。

外の空気は冷たい。

歩き出す足取りは、不思議なほど軽かった。

完全に回復したからではない。

ただ――

彼の中の何かが、すでに「元に戻って」いたからだった。


その日の夕方、リオは自分の借りている部屋へ戻った。

玄関前の細い廊下は、いつもより静まり返っていた。隣室から聞こえるはずのテレビの音もない。階段を上り下りする足音もない。あるのは、薄暗い蛍光灯が発する微かな電気の唸りだけだった。

彼はドアの前で、数秒立ち止まる。

そのときだった。

違和感が、胸の奥に浮かぶ。

かすかに。だが確かに。

恐怖ではない。不安でもない。

ただ――何かが、正しい位置に収まっていないような感覚。

リオはゆっくりと廊下の左右を見渡した。誰もいない。剥がれかけた壁の塗装もいつも通りだ。動く影もない。変わったものは、何一つ見当たらない。

鍵を鍵穴に差し込む。

カチリ、という音が、やけに大きく響いた。

ノブを回し、扉がわずかに開く。

その瞬間、違和感はむしろ強くなった。まるで扉の向こうの空気だけが、わずかに重いかのように。

リオは無意識に息を止める。

扉をさらに押し開き、室内へ視線を向けた。

小さな居間は、最後に出ていったときと変わらない。隅の低いテーブル。折り畳み椅子。片付けきれずに積まれた本の束。椅子の背に掛けられたままのジャケット。

同じだ。

何も、変わっていない。

リオはゆっくりと息を吐いた。根拠のない緊張を自嘲する。薬の影響がまだ残っているのかもしれない。あるいは、精神が完全には安定していないだけか。

一歩、踏み入れる。

もう一歩。

その直後――

背後で、扉が静かに閉まった。

カチリ。

リオは振り向く。

そして、全身が凍りついた。

居間の中央に、男が立っていた。

背が高く、肩幅は広い。暗い金色の髪を後ろへ整え、彫りの深い顔立ちに高い鼻梁。顎の線は鋭く、その容貌は明らかに皇国〈コウコク〉の人間のものではない。

異邦人。

西洋の血を引く男。

明るい肌が、薄暗い室内で際立っている。質素でありながら仕立ての良い服を身にまとい、その佇まいは外交の場や交渉の席に立つ者のそれだった。新港〈シンコウ〉の労働者地区にある狭い賃貸部屋には、あまりにも不釣り合いだ。

男は、静かに立っている。

侵入者のような気配はない。

むしろ――

最初から、そこで待っていたかのように。


「お前は、誰だ。」

思っていたよりも強い声が出た。緊張が、かすかに滲む。

異邦の男は、薄く笑った。

友好的な笑みではない。長く探していたものを、ようやく見つけた者の表情。

「俺か?」

落ち着いた声だった。

「モタロウと呼べばいい。」

一歩だけ、距離を詰める。急ぐ様子はない。

「俺はコクメイだ。お前と同じ。」

リオは眉をひそめる。

「コクメイ……?」

その響きは初めて聞くはずなのに、どこかで知っている気がした。

闇。

古い社。

選択を迫る存在。

「……じゃあ、死神は本当にいるのか。」

ほとんど独り言だった。

モタロウは短く笑う。感情のない、乾いた音。

「当然だ。」

その瞳が、わずかに鋭くなる。

「死神は選ぶ。無作為に魂を拾うわけじゃない。道具として使える者を選ぶ。」

道具。

その言葉が、部屋の空気に重く沈む。

「俺の死神の名はナンキル。」

モタロウは続けた。

「お前のもとへ向かえと命じられた。」

「ナンキル……?」

リオは喉を鳴らす。

「命じられた? 何のために。」

「お前を管理するためだ。」

リオの肩がわずかに強張る。

「……病院に運んだのは、お前か?」

モタロウはわずかに首を傾けた。

「いや。別のコクメイだ。」

それだけ。

誇りも、補足もない。

「ナンキルは主にアメリカ大陸で姿を現す死神だ。俺はその配下にいる。」

上から下へ、値踏みするような視線がリオをなぞる。

「今日から、お前は俺の管轄だ。」

数秒の沈黙。

「これから三か月。」

平坦な声で告げる。

「道具として使える存在になる方法を教える。」

命令でも脅しでもない。

ただの事実の提示。

リオはその瞬間、はっきりと理解した。

自分の人生は、もう自分のものではない。

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