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刻命 - KOKUMEI  作者: カンボロ


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13/17

闇の神殿

警察庁長官 鉄川一誠テツカワ・イッセイ の主導により、非公開の会合が開かれていた。

警察の信頼回復を目的として招かれた、元警察幹部 下村源八シモムラ・ゲンパチ も同席している。

そのほか、警察上層部や各分野の専門家たちが席を埋めていた。

正式な会議が始まる前、

一誠は身体をわずかに源八の方へ傾け、声を潜めた。

「……本当に、あの男ならシガクを捕まえられるのか?」

源八はすぐには答えなかった。

視線は前を向いたまま、静かに口を開く。

「ああ」

「俺は、あいつをよく知っている」

「そして、ひとつだけ確信していることがある」

一拍置いて、続けた。

「もし“殺人鬼の亡霊”シガクが、悪人だけを殺す存在だとするなら――」

「……あいつは、決してシガクに殺されない人間だ」

トン。

トン。

扉を叩く音が、室内の空気を切り裂いた。

扉が開く。

入口に立っていたのは、神崎新カンザキ・アラタ少尉 だった。

彼は簡潔に敬礼し、部屋に入り、源八の隣に腰を下ろす。

源八が、わずかに身を寄せて囁く。

「何が分かった?」

神崎は視線を動かさず、低く答えた。

「現時点の情報から判断して――」

「八割以上の確率で」

「シガクは、人間です」

その言葉を合図に、

一誠は背筋を正し、会議の開始を宣言した。


_____


闇は、ゆっくりと退いていった。

まず、俺の足元から。

一枚の石が、足の裏の下に現れる。

次に、もう一枚。

そして、さらにもう一枚。

まるで誰かが、俺の目の前で道を築いているかのようだった。

一歩ずつ。確実に。

道は前方へと伸びていく。

その両脇に、石の灯籠が一つ、また一つと現れた。

中の小さな炎は、弱々しく揺れている。

照らすためではない。

俺がここにいることを、認めるための印のようだった。

遥か前方、道の果てに、それが見えた。

黒い鳥居が、静かに立っている。

そして、そのさらに奥に、大きな社が待ち構えていた。

そのとき、声が聞こえた。

「来い。」

姿は見えない。

声は前からでも、社の中からでもなかった。

直接、俺の頭の内側に響いてくる。

重い。

深い。

叫ぶ必要などなかった。

それだけで、膝が震えた。

俺は恐れていた。

無力だった。

その瞬間、悟った。

死は、静かでも、安らぎでもない。

生きている者が想像するようなものではなかった。

俺は歩き出す。

鳥居をくぐる。

石段を上る。

社の床は、背後の道よりわずかに高い。

それは、俺が人の域を越えた何かに近づいているのだと、無言で告げていた。

社の入口の両脇には、二体の巨大な像が立っていた。

俺は中へ入る。

内部では、同じ姿をした二体の存在が待っていた。

動かず。

ただ、見下ろしてくる。

やがて、中央の床が軋んだ。

何かが、下からせり上がってくる。

巨大な赤子の頭だった。

人と呼ぶには、あまりにも歪んでいる。

その顔が、俺を見つめる。

そして、言った。

「我が場所へようこそ、人間。」

「闇の神殿へようこそ。」

「死神の国へ。」

次の瞬間、赤子の口が開いた。

異様なほどに。

限界を超えて。

皮膚が裂ける。

裂け目の奥から、舌が垂れ下がる。

そして――

その口の中から、一人の女が現れた。

着物を纏った女。

その女は、

俺が死の直前に見た女だった。


______


国家警察庁長官・鉄川一誠は、楕円形の長い会議卓、その最奥に設えられた主席に腰を下ろしていた。

天井から落ちる白い照明が、彼の頭上を正確に照らし、この場の中心が誰であるかを否応なく示している。

卓を囲むのは、警察幹部、情報分析官、法医学者、IT分野の専門家、そして数名の民間プロフェッショナル。

誰一人としてスマートフォンを手にしていない。

私語もない。

これは、通常の会議ではなかった。

一誠は手元の資料ファイルを開き、ゆっくりと顔を上げる。

「皆さま、おはようございます」

声は静かだが、揺るぎがない。

彼は一拍置き、その言葉が場に沈むのを待った。

「ここ最近、複数の国家的重要人物が不審な死を遂げています。現場調査および各種分析結果を踏まえ、警察として一つの暫定結論に至りました」

出席者一人ひとりの顔を、順に見渡す。

「これらの死亡は、事故ではありません。自然死でもない。――殺人です」

会議室は、依然として静まり返っていた。

「法医学チームおよびIT分析班の報告により、その可能性は日を追うごとに強まっています。しかしながら、我々は未だ、最大の疑問を抱えたままです」

一誠は資料を静かに閉じた。

「真の犯人は、誰なのか」

短く息を吸う。

「本件に限り、政治的立場、組織間の利害、個々の背景は一旦脇に置いていただきたい」

声が低くなる。感情ではない。決断の音だった。

「今回は、同じ側に立つ必要があります」

彼は、その名を明確に口にした。

「世間で“殺人鬼の亡霊”として語られている存在――シガクを、必ず捕らえる」

一誠は小さく頷く。

「最新情報として、神崎新中尉が、高宮ミスズ元議員の自宅を直接調査しています」

視線を前に向ける。

「神崎中尉。調査結果を説明してください」

神崎は席を立った。

一誠に向かって一礼し、続いて下村源八にも軽く頭を下げる。

そのまま前へ進み、会議室脇に設置された大型のホワイトボードの前に立った。

マーカーを手に取る。

一本目の線。

二本目。

円。

数字。

簡潔なメモ。

「現在までに確認されている被害者は、八名です」

太く「8」と書き込む。

「七名が国家的影響力を持つ人物。残る一名は、高宮ミスズの警護責任者です」

一拍置き、一点に×印を付ける。

「全員に共通する特徴があります」

マーカーが板を叩く。

「黒色の針。後頸部から刺入され、正確に急所を貫いている」

数名が、互いに視線を交わした。

「入手可能な防犯カメラ映像によれば、被害者の中には、倒れる直前、何者かと会話しているような様子が確認されています」

神崎は室内を見回す。

「それはまるで、目に見えない存在――幽霊、あるいは“死神”と対話しているかのように見える」

マーカーを下ろす。

「しかし」

声は淡々としている。

「シガクが幽霊のように語られている一方で、私は一つの結論に至っています」

一誠を見据える。

「シガクは、人間です」

沈黙が続く。

「被害者の経歴を精査すると、全員が過去に“黒い記録”を持っていました。政策、決断、行為――それらは、誰かに深い傷や憎悪、損失を与えている」

ホワイトボードに一語を書き込む。

動機

「シガクは、無作為に動いていません」

マーカーを置く。

「問題は、誰を殺したかではない」

少し間を置く。

「――誰が、何の目的で、シガクを使っているのか」

神崎は振り返り、出席者たちを見た。

「それを、これから議論すべきです」


_______



巨大な赤子の頭部は、静かに床へと沈み込んでいった。

まるで社そのものが、それを飲み込むかのように。

その跡から、一つの玉座が音もなくせり上がる。

着物姿の女は歩み寄り、その玉座に腰を下ろした。

右脚を左脚の上に重ね、頬を片手に預ける。

すべてが、あまりにも優雅だった。

無防備とさえ言えるほどに。

顔立ちは息を呑むほど美しい。

だが、その肌は生の気配を欠き、長く生を離れた存在であることを否応なく示していた。

彼女が口を開いた瞬間、その印象は完全に裏切られる。

声は低く、掠れ、重い。

その姿とは釣り合わないほど、古く、深い響きだった。

「リオ・ミズノエ」

名を呼ぶ声に、感情は宿らない。

「自ら命を絶つことを選んだ人間よ」

視線は真っ直ぐに、逃げ場なく注がれる。

「死後に目にしたものを知り、貴様は絶望したようだな」

彼女はわずかに姿勢を変えた。

「もし私がここへ連れてこなければ、貴様の魂は《虚無の界》に留まり続けていた。

現世の肉体が完全に土へ還るまでな」

語り口は淡々としている。

それは警告ではなく、事実の提示だった。

「理解しておけ。

貴様の世界での一秒は、《虚無の界》では一年に相当する」

イズライルは目を細める。

「ゆえに、選択を与える」

その手が、二つの運命を量るかのように持ち上がる。

「貴様の魂を、生へと戻してやろう。

だがその代償として、貴様は人の世における我が手となる」

社内の空気が、目に見えぬ圧を帯びていく。

「歪んだ運命を正すための、道具だ」

「私は、抑圧された人間たちの祈りを聞く」

「積み重なった苦痛と嘆きは、やがて名を刻む」

その視線が、鋭くなる。

「存在するだけで更なる災いを生む名だ。

生から抹消されるべき名」

「貴様はそれを狩る。

人の苦しみが書き記した、その名を」

彼女はわずかに身を乗り出す。

「拒めば、貴様を再び《虚無の界》へ返す」

声は、変わらず静かだ。

「そこで待て。

終わりを理解することすらできぬ、長い時間を」

沈黙が落ちる。

「だが、生を選ぶなら」

イズライルは微かに微笑んだ。

「その魂は、我がものとなる」

「代償として、二度目の死の行き先は――天へと保証しよう」


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