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第7話「AF-08d49:ウェルカム・ホーム/ep2」

■第7話「AF-08d49:ウェルカム・ホーム/ep2」


 翌日、時刻は午前十時。

 五童子市立美術館近くの公道へと、兎乃と月華は三件目の現場調査に向かった。


 現場は四車線と二車線の道路の交差点付近で、四車線側の道路上だった。

 こちらは今も警察による一時封鎖がされており、交通整理によりやや渋滞していた。


 今日の二人は、全身黒一色の、SPRRUの支給品であるジャケットを着ている。

 SPRRUの性質上、所属を表すロゴや部隊章は付いていないが、二人が並べば民間人ではないのは明らかである。


 先を歩く月華は一切臆せず、テープで封鎖された事故現場へと踏み込んでいく。

 当然警察官が近寄って来てそれを制止しようとする。


「すみません、ここから先は立ち入り禁止です」


 だが月華は全く動じない。

 はいはいいつもの、という位の自然な態度で胸ポケットから二つ折りの手帳を取り出し、開いて警察官に提示した。


「警視庁刑事部、捜査支援分析センターの者です。こちら、当該事案への派遣紹介状です」


 月華は偽造IDカードを素早く見せたのち、後ろに立つ兎乃に目線で合図を出した。

 兎乃は緊張が表に出ないよう平静を装いながら、用意しておいたスマホの画面を警察官に見せる。

 そこには、実際に存在する捜査支援分析センター長代理人の署名と押印がされた書状の画像が写されている。


「刑事部……了解しました。どうぞ」


 警察官は提示された二つのものを何度か見比べてから、敬礼して二人から離れる素振りを見せた。

 IDも書類も偽物だし、二人とも小娘だし、片方は髪の毛銀に染めてるし、明らかに怪しいでしょ……と兎乃は不安だったのだが、通ってしまった。

 公権力があればこの不自然さすら許されるのかと、戦々恐々とする。


 更に月華は、去ろうとした警察官を自ら呼び止めた。


「待ってください。経緯についても少し確認したいので、お一人ご協力をお願いできませんか?」


「……了解しました。同僚に伝えて来ますので、少しお待ちを」


 今度こそ離れていく本物の警察官を見ながら、SPRRUもやっぱりヤバイ組織だよなぁと、兎乃はひっそりと思った。


 協力者が戻ってくる間に、生々しいブレーキ痕とアスファルトの染みの前にしゃがむ月華。

 兎乃は気を取り直し、ひとまず周囲の状況を確認することにする。


 そのまま進めば百メートル弱で交差点に進入する、直進道路の走行車線。

 普段の交通量次第だが、前方信号が青ならここの走行中は五十キロ以上の速度が出ていてもおかしくないだろう。


 また、進行する車から見て左手の歩道との間には街路樹が植えられた緩衝帯こそあるものの、人も車もそこを乗り越えるのは難しくない。

 街路樹の陰から突然人が走り出してきたら、急ブレーキをしても間に合うとは思えない。

 なるほど、動線はおかしくないなと兎乃は一人納得する。


 一方の月華は、警察官が戻って来るのに応じて立ち上がり、話し始めていた。


「……その、刑事部の方が、なぜこのような事故現場に?」


 まだ若い警察官は、自身の職務への熱意と、普段まずお目にかからない本庁の捜査員と、その立場にそぐわない二人組への不信感のそれぞれを抑えきれずにそう聞いた。

 対する月華は、やや気分を害したかのように眉をほんの少しだけ寄せてみせた。

 あまりにも堂々としたその態度に、横で見てる兎乃の方が冷や汗をかきそうだった。


「……市内で短期間に連続して事故が起きているのはご存じですよね? 刑事部は特殊事案の一環として、直接捜査を決定しました。なんでも、目撃者から奇妙な証言があがっている、とか」


 話の逸らし方が上手い、と兎乃は後ろで思う。

 適度に威圧し、最低限の説明で相手の疑問に答え、逆にこちらが聞きたいことへと繋げている。


 事実、兎乃たちが偽造カードに偽造文書まで用意して危ない話を渡っている理由は、そこの確認にある。


「……はい、確かに聞き及んでいます。しかし、あまりに荒唐無稽で、その、信憑性の程は疑わしいかと……」


「構いません。証言者は何と?」


「……被害者が車道へ飛び出した、そこまでは共通していました。ですが、そこから先の証言が全て食い違っているのです。ある目撃者は『吠える犬から逃げていた』と。別の目撃者は『車道に飛び出す幼児を助けようとしていた』。そしてまた別の目撃者は『美しく金色に輝く見たことのない動物を捕まえようとしていた』などと。……我々としてはどう報告書にまとめればいいかも意見がまとまらない有様です」


「パニックや化学兵器による、集団催眠の可能性は?」


「ありません。もちろん事故直後はそれなりに混乱はあったでしょうが、これほど異質な証言が出てくる理由がそれとは考えられません」


「でしょうね。私も同意見です。他に気になることは?」


「……これは聞いた話なのですが」


「どうぞ」


「被害者は事故直後、わずかに意識が残っていたらしく、事故車の運転手が最後の言葉を聞いています。『いかないでくれ』。そう言って、救急隊員の到着まで保つことなく被害者は亡くなったそうです」


「……なるほど。ご協力に感謝します」


 事情聴取を終え敬礼する警察官に答礼し、去っていく背中を眺める月華。

 警察官が十分に離れ、こちらの会話が聞かれない距離であることを確認した上で、月華は視線は寄越さずに兎乃に話しかけた。


「ラビ、どう思う?」


「……証言が今までより具体的なのに統一が取れてない。だけど『何かを追いかけていた』もしくは『何かに追いかけられていた』という証言は共通してる。そしてこれは、前の二件の状況とも矛盾しない」


 兎乃の分析に、月華は頷くことで同意を示しながら続きを促した。


「また、『いかないで』という三件目の被害者の言葉から考えると、『何かを追いかけていた』とする方がより自然、かな。なのにその『何か』の痕跡はどこにも残っていない。なら考えられるのは――」


「集団催眠系のAFの関与、か。それが妥当そうだ。しかも、三件目はそれまでより影響範囲が広がってるときた。班長、聞いてるな? これからどうする?」


『状況証拠としては十分だろう。まだ命令こそ来てないが、SPOOも動き出している考えるべきだ。だったら、こちらもそれに備えよう。二人は一度隊舎に戻れ。僕と波瑠は催眠系に効果がありそうな装備の手配を進めておく』


「了解。ラビ、いったん帰るぞ」


「……う、うん」


「ぼっとすんな。ほら駐車場まで急ぐ急ぐ」


 月華は兎乃の背中を叩くと先行して封鎖テープを潜り、小走りでバンへと向かった。

 駐車場に着くと、精算機に硬貨を放り込みながらリモートキーを解除する。


「先に乗ってな。……ラビ?」


 そう言って月華が振り向くと、兎乃の姿はどこにもなかった。



 * * *



「……う、うん」


 月華に背中を叩かれた兎乃は、しかし心ここにあらずといった様子で一点を見つめていた。

 無意識のうちに、左足のかかとが地面をとんとんと叩く。


 気づいたのは、警察官から得た情報で考察をしている最中だった、

 それを目にしてしまってから、兎乃の意識は完全にそちらに向いてしまっている。


 視線の先は、なんの変哲もないビルとビルの隙間の路地裏。


 なのだが、兎乃の視線を奪っていたのは『そこ』ではなかった。


 そこに、『誰か』が立っている。


 距離が遠くて誰なのか分からないが、その誰かも自分を見ていると兎乃は確信した。


 そしてこれも確信がある。私はその人のことを知っている。


 身一つで異世界に転生してきた兎乃には当然、この世界に既知の人物がいるはずがない。

 だけど、全ての矛盾を飛び越して分かってしまう。


 兎乃の中にある理性が警告する。

 そんなことはあり得ない。あり得ないならば、あれこそがAFだ。

 ゆえに、あれに近付いてはならない。反応してはならない。今すぐ見ることをやめなければならない。


 兎乃の頬を一筋の涙が流れた。


 なんで、泣いた?

 分からないが、それは少しも不快な涙ではなかった。

 この気持ちを表すなら、そう。


 懐かしい。


 そして、愛おしい。


 この衝動に逆らうことなどできない。

 いや、逆らうという選択肢が、頭から消失した。


 封鎖線を潜り、その人へと近づく。


 それはどうやら女性のようだった。自分と同じぐらいの背丈。

 表情は髪に隠れてしまって見えない。胸に、何かを抱いているように見える。


 あと少しで表情が見える。

 それぐらいの距離で、彼女は不意に路地裏へと入っていった。


 待って。


 焦燥感を抑えられず、走り出す。


 いなくならないで。


 二十メートルの距離を全力で走り、路地裏の先を見る。


 地元の人間でもほとんど入らないような、表の喧騒とはかけ離れた寂れた一本道。

 営業していないのか、店らしき店舗の表にある看板は消灯している。

 建物に遮られ、日差しもほとんど届いていない。


 そんな中、反射光だけがわずかに輪郭を浮かび上がらせる。


 その先に、思い出せない――それでもなお疑いようもなく大切なひとが、いる。


 後ろ姿だが、自身の肩越しにこちらを見ている気配があった。

 兎乃がきちんと着いてきていることを、足を止めて確認しているように思えた。


 そして、歩き出す。

 その姿が。輪郭が。すうっと路地裏の影に溶けていく。


 待って。


 置いていかないで。


 心が張り裂けそうなほどに締め付けられる。


 両の目からぽろぽろと涙が零れる。ふらつきながら、足が勝手に前へ出る。


 絶対に届かないと分かっているのに、その肩を掴もうと右手が伸びる。


 あなたに。


 あなたに会いたいの。


 お願い。


 お願いだから。


 ――行かないで。



 * * *



 ゴッ、という音のような何かが聞こえた気がしたと同時に、頭を強く上から叩かれた。

 兎乃が世界を認識できたのはここまでだった。


 ほぼ数瞬ののち、肉が潰れ、骨が砕け、内臓がはじけ飛ぶ音がした。

 だがそれらも、そのすぐ後に響いた、重量物が地面に落下する激しい崩壊音にかき消される。


 散らばるプラスチックや金属の破片。

 その中に混じる、人一人分だった肉塊。


 老朽化した看板の落下に、人が一人巻き込まれた。


 路地裏に巻き起こった突然の喧騒は、波が引くように急激に去っていく。


 そして、静寂が訪れる。


 周囲に生物の影は、どこにもない。


毎日20:30に更新予定です。

明日は第8話を投稿いたします。

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