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第5話「AF-08d20:ヒト・アラーム/ep5」

■第5話「AF-08d20:ヒト・アラーム/ep5」


 SPRRUの隊舎から一番近いスーパーマーケットで買い物をし、兎乃と月華は喫茶店のオープンテラスで一服していた。


 実際の所、買い物をしていたのはほとんど兎乃である。

 月華は兎乃の後を追いながら、荷物持ちを手伝っていたに過ぎない。

 結果として、満足そうな兎乃に対し、月華は疲れ切ったという具合で椅子にもたれながらタバコを吹かしていた。


「信じらんねえ。これならAF対応の方がよっぽど楽だぜ」


「付き合ってくれてありがとね、ユエ」


 兎乃が月華を起こして朝食を食べさせ、身支度が整うのを待つのにたっぷり二時間。

 十一時になろうという時間にようやく戻ってきた二人に対し、守屋は怒るでもなく「買い物と昼ごはんに行ってきな」と外出を促した。


「でも思ってたより転生者の扱いが良心的そうでよかった。生活用品一通り、経費で買っていいだなんて」


「その代わり給料もねえし、許可がなきゃ隊舎から出ることすらできねえけど」


 月華の言う通り、今回の外出は実際のところ稀なケースだった。

 文字通り身一つで転生した兎乃を隊舎で管理しようにも、雑貨や消耗品はいくらかは買わざるを得ない。

 機械的に用意できなくもないのにこうして本人に裁量を与えているのは、班長である守屋の性格が出ていた。


 一応、費用は税金から出るとのことなので、兎乃的には切り詰めたつもりではある。

 それでも暮らしが人間的になるのは嬉しかったし、何よりよい気分転換になった。


 平日の街中は人通りも多く、スーツを着た会社員に買い物帰りの主婦、それにサボリなのか制服姿の学生もいる。

 行儀悪く足をぶらぶら揺らしながら、兎乃は通りをぼんやりと眺めている。


「でも不思議だよね。こうして過ごしてると異世界だなんて信じられないぐらい。これがなければ、今までのこと全部夢だったって言われても信じそう」


 兎乃はポケットから、ストラップで首から下げるよう守屋に渡された身分証を取り出す。

 『転生資源再配置嘱託』と書かれたそれをあらためて見ようとするが、身を乗り出した月華がその手を抑えた。


「おいバカ、出すなラビ! 自分で自分のことを転生者だってアピールするアホがどこにいんだよ!」


 これは二人で隊舎から出た直後に、月華が言ったこととほぼ同じである。

 守屋から言われた通りに首から下げたまま行こうとした兎乃の首根っこを掴むと、月華は兎乃の身分証を取り上げた。

 『馬鹿正直に下げるな。石投げて下さいってプラカード首から下げてんのと同じだぞ』と言って、月華は兎乃のポケットに身分証を突っ込んだのだった。


 まだ差別の実感がない兎乃はやや不満げだったが、逆らうことはなかった。

 仕方ないので注文したカフェオレを口にした。これぐらい甘い方が美味しいねと味に満足する。


 街の風景も、喫茶店のカフェオレも、元の世界と全く変わらない。

 まだ三日も経っていないというのに元の世界が懐かしくなって、兎乃は穏やかな表情で眼を細めた。


 月華はタバコを吸いながら、そんな兎乃を興味深そうに見つめている。


「……そんなに似てんの? ラビのいたとこ」


「うん。そっくり」


 話を聞く限り、兎乃がいるここは陽州という国らしい。

 名前の印象だけなら中国に似ているが、実態としては「日本そのまま」である。

 わずかに異なるのは、文字がとても似ているけど少しだけ違うことと、AFがいること。

 そして自分たち転生者ぐらいだった。


「へえ。あたしからしたら異世界も異世界って感じだったけど」


 月華は日本のことを知らないらしい。なら無理もないだろう。

 気が緩んでいたのかもしれない。懐かしくなって、兎乃は思い出語りを始めた。


「さっきのスーパーも、この喫茶店も。全部そっくりそのままだよ。思い出すなあ。高校の帰りによく友達とドーナツ食べたんだ。妹がもちもちドーナツが好きだから持ち帰りもして」


「ダンキンドーナツ?」


「ダンキン? いや違うよ。あれあれ、えーと」


 日本で有名なドーナツチェーンの名前をど忘れし、思い出そうとする兎乃。

 わずかな間だけ考えて、それからすぐに諦めてカフェオレを飲んだ。


「……ま、なんでもいっか」


 さっさと切り替えてカフェオレを味わう兎乃。呆れる月華。


「はぁ? なんだそれ。お前、しっかりしてんだかしてないんだか分っかんねえよな。

 ラビ、歳いくつ?」


「これでも十九ですー」


「は、ガキじゃん」


「じゃあユエはいくつなの?」


「二十」


「ひとつしか違わないじゃん!」


「年長者にして先輩たるあたしを敬いたまえよ、ウサギちゃん」


 タバコを咥えたままけらけら笑う月華に釣られて、兎乃もこらえられず噴き出して笑う。

 ひとしきり笑ってから、月華が「よーし」と呑気な調子で言った。


「昼飯食ったらドーナツ買って帰るか! 今度はラビが付き合えよ。美味いサンドイッチ売ってるとこ知ってんだ」


「えー、朝もサンドイッチ作ってあげたのに?」


「トッピング変えれば別モンだろ」


 月華はタバコの火を灰皿に押し付けて消すと、立ち上がって背伸びをした。

 カフェオレを飲み切った兎乃も、それじゃあと月華にならう。


 二人の息抜きは、もうしばらく続きそうだった。



 * * *



 兎乃と月華が外出したあとの、隊舎の事務室。

 守屋がオフィスチェアに思い切り体を預けながら、腕を組んで一人思案していた。


 と、その時、事務室の扉が開く。

 入ってきたのは、室内なのにパーカーのフードを被った、金髪の青年だった。


「守屋さん、何考えてんの?」


 冷めた表情の青年は、守屋の様子を見るとラフな態度で話しかける。

 守屋自身もそれを気にする様子はない。


「新人の子について少しな。波瑠、お前はどう思う?」


 守屋に質問を返された青年、周防波瑠は、パーカーのポケットに手を突っ込んだまま、ドア横の壁にもたれかかる。

 それほど長話をするつもりはないらしい。


「どうとも。守屋さんが利用できると思ったならそれでいいんじゃない。それとも、裏があるの?」


「……ないよ。一応、懸念はあるが、今考えても答えは出ない。まあ、あの二人を死なせたくないのは本心だ」


「そうだろうね」


 波瑠は目をつむって小さく頷いた。


 守屋と波瑠には二年の付き合いがあった。更に言えば二人の信頼は、見た目よりも、そして二年という期間以上に深い。

 それでいて二人は一定の距離を保っていた。それが二人の暗黙のルールだった。


「だったら俺もそれでいいよ。わざわざ死んで欲しいとは思わないし。……それに、あの二人がバケモノ共に対する切り札になるなら願ってもない」


 波瑠の言葉の後半には、明確な怒りと憎しみが込められていた。

 守屋もそれを十分に理解していたが、言及はしない。


 事務室を再び静寂が満たした。


 小さな機械音がし、守屋の端末にポップアップが表示される。

 それに気づいた守屋は、マウスを握ってメールボックスを確認した。

 『AF-08d20報告書』というファイルが添付されていたので、端末に保存し展開する。


 それから波瑠に目をやって、砕けた調子で提案した。


「どうせなら仲良くしたらどうだ。歳も近いだろ」


「大きなお世話だよ、義父さん」


 それ以上は話したくないと態度で示し、波瑠は事務室を出て行く。ドアが閉まる音がやけに大きく響く。

 また、いつも通り通信室にこもるんだろう。

 波瑠が隊舎にいる時、守屋以外が入って来る可能性がほぼゼロのあの部屋からほとんど出てこないことを、守屋はよく理解していた。


 再び一人になった事務室で、守屋はやれやれと嘆息した。


「……若者の気持ちは分かりませんな」



 * * *



『個体番号:AF-08d20

 個体呼称:ヒト・アラーム(Human Alarm)

 形状:卓上ラジオに付随するアンテナ状の金属部品。

 分類:危険度低/ローカル

 異能:周囲の空間に存在する自身への敵意を受信。

    「ノイズ」と「声」を周囲に向けて放送し、

    それを聞いた人間の心拍数を加速させ、死に至らせる。

 死因:心臓への過負荷による心筋梗塞、心停止。及び酸素供給不足による脳死。

 起源:「危険を」受信し「放送」する。

 対処:物理的に無力化。収容失敗。破片は全て回収済み。』


本話は、2日目連続投稿の2話目です。

これにて第1章は終了です。お付き合いありがとうございました。

面白ければ、引き続き第2章以降も、どうぞよろしくお願いいたします。


毎日20:30に更新予定です。

明日の更新は、インターバルストーリーを、20:30と20:40で2本投稿いたします。

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