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第4話「AF-08d20:ヒト・アラーム/ep4」

■第4話「AF-08d20:ヒト・アラーム/ep4」


 AF-08d20の対応が終わった、その後。


 兎乃は隊舎へ帰還したのち、報告も後回しにして医療施設へと担ぎ込まれた。

 あれよあれよと日付が変わるまで身体検査され、心身に問題が無いと判断されるも念のためその日は入院。

 手の平を返したように翌日は朝から研究施設へ連れて行かれてAFの影響の調査に半日ほど。


 他隊員と顔を合わせることもなく、隊舎に放り込まれたのが夜の十時。

 疲れていたのでユエの部屋を訪ねることもなく、シャワーだけ浴びて泥のように眠った。


 そして日は巡り、朝の八時十分。

 兎乃は自分に割り当てられた個室で、これも支給品のワイシャツとパンツスーツに着替え、出勤する。


 出勤といっても、隊舎の三階に兎乃と月華の個室があり、二階が事務室なので階段を下りるだけ。

 実質的な軟禁ではあるが、それはそれで通学よりは余程楽だ、と兎乃は呑気に思った。


「おはようございます」


「おはよう、蓮見君」


 始業十五分前に事務室の扉を開けると、現地人のため外から出勤している班長の守屋は既に着席していた。

 兎乃は先日案内されていた自分用のデスクに座ると、端末の電源を付ける。


 事務室の面積の半分以上を占める四つのデスクのうち、二つは空席だった。

 その二つはバディの月華と通信手の波瑠の席なのだが、二人ともまだ来ていないらしい。


 とりあえず言われていることをやろう、と兎乃は自分の端末を操作する。

 『出頭確認』という専用のグループウェアにアクセスし、本日の出頭を報告する。


 言われている仕事の全てが始業五分前に終わった。


 一昨日配属かつ配属直後に出動命令が下った兎乃にとって、今日が実質的な初出勤である。

 もちろんSPRRUの隊員が普段何をして過ごしているかなど全く知らない。

 どうすればいいかな、とりあえず始業時間まで座ってればいいか。と思案する兎乃の横から、マグカップが差し出された。


「ごめんね、少し話せるかな」


 自分の椅子を引っ張って隣までやってきた守屋は、二つのマグカップを持ってそう言った。

 そのうちのひとつを兎乃のデスクに置く。「来客用」と油性ペンで書かれたカップから、コーヒーの香りが漂う。


「あ、はい。ありがとうございます」


「一昨日色々とおざなりになったから、あらためていくつか確認と伝達が必要だと思ってね。ともあれ、まずは初めてのAF対応、ご苦労様。帰って来てくれて嬉しいよ」


 体格はがっしりとした体育会系で健康的だが表情にはどこか疲れた印象がある守屋は、落ち着いた口調で話した。


「まあ、なんとか」


 本当に帰って来れないこと、やっぱりあるんだ。と兎乃は心の中で少しげんなりした。

 守屋はそんなことに気付く由もなく、自分のデスクに手を伸ばして一冊のファイルを手に取り、開く。


「さて、警察と保健所からも話は聞いているけど君の口からもう一度聞いておきたい。

 まず確認だけど、君は蓮見兎乃君、十九歳、地球の日本出身で間違いないね?」


「はい」


「家族構成は?」


「父と母と妹と、あとウサギを飼っていました」


「うん。こちらに転生した原因は?」


「……分かりません」


 事実だった。


 兎乃には、この世界に転生してくる直前の記憶が無い。

 家族のことや家のこと、通っていた大学や友達の名前。そういったことは思い出せるのに、いつどこで何をしていた時にこちらへ来たのかに関してはまるで思い出せない。

 記憶に靄がかかっているというより、まるでその時の記憶が存在していないかのように、前後の取っ掛かりも思いつかない。


「うん。じゃあ違法ペット業者に召喚されたことは覚えてる?」


「召喚された直後のことは何となく覚えてますけど……あれ違法ペット業者なんですか」


「うん、そう。異世界の動物はマニアに高額で売れるからね。人間の場合、言葉が喋れて面倒だから大概不法投棄しちゃうんだけど」


 そんな俗な理由で召喚されてたのか、と兎乃は怒っていいのか呆れていいのか分からなくなった。

 実際、兎乃は召喚されて一分そこらで召喚者たちから見捨てられている。その間、会話すらしていない。

 「はぁ」とどうもこうもない感情で返事をする以外にやりようもなかった。


「それから警察が確保して保健所に収容。で、僕が身柄引き受けし、SPRRUに配属。ここまでに相違はある?」


「ありません」


 各所でどんなやり取りがあったのかは知らないが、連れて行かれた場所はその通りだったので素直に肯定する。


「うん。ありがとう」


 守屋がファイルを閉じる。その顔に終始感情の起伏を表に出すことはなかった。

 恐らく三十代半ばの守屋の表情から何を考えているかを伺うことは、一回り以上も歳が離れる兎乃には難しい。


 まるで尋問のよう、と少し落ち着かなくなった兎乃は、もらったコーヒーを一口飲んだ。

 苦い。砂糖が欲しくなる。


「じゃあ次。蓮見君、一昨日の判断について、聞かせてもらえる?」


 その瞬間、見た目には先ほどまでと全く同じである守屋の目が『どこか疲れた』から『探るような』雰囲気をまとったように兎乃には感じられた。


 ――隠せない。

 そう判断した兎乃は、守屋が味方であることに賭けて全て本当のことを話すことにした。


「……自分が死ぬ未来を見ました。そこから、どうすればいいかを考えて行動しました」


「……なるほど」


 ゆうに五秒は兎乃の目をじっと見つめ、守屋は重々しく頷いた。

 納得したのかどうか、やはり兎乃にはその顔から読み取ることができない。


「アンテナがAFの本体だと、未来で知ったと?」


「いえ、それは……ほとんど偶然でした。

 私が見たのは、あのラジオに殺された自分だけです」


「それは、誰の視点で?」


「自分自身です」


「君はその現象に心当たりがある?」


「ありません」


「もう一回、同じことできると思う?」


「……自信はありません」


「なるほど、ねえ」


 納得がいったようないかないような微妙な表情のまま、守屋はようやく兎乃から視線を逸らした。

 途端に、守屋の雰囲気がただのくたびれたおじさんに戻る。兎乃は内心で一息つく。


「昔の転生者は大層なお力を持ってたみたいだし、なくもないか」


 守屋は顎に手をやって思案しながら、そうつぶやいた。


「オーケー。分かりました。正直に話してくれたと信じて、僕も腹を割って話そうか。――蓮見君、僕は君と協力関係を結びたいと思っている」


「協力関係、ですか? 上司と部下ではなく?」


 意図を計りかねる兎乃に、守屋は自分のコーヒーを飲んでから頷く。


「うん、上司と部下である以前に、利害の一致した仲間になりたいと思ってね。具体的な内容はこう。僕は、君のその能力のことを上に報告しないことにする。代わりに、君は可能ならその力を使って僕たちを助けて欲しい」


「……それは、私に盾になれということですか?」


 「死に戻る力を貸せ」とは、「死ね」と言うことに等しい。

 膝に乗せた手を握りながら兎乃は言った。声に自然と警戒心が混ざる。


「ああいや、そこまで露骨なことではないよ。全力でうちの仕事に取り組んでくれればそれでいい」


 兎乃が思ったほど無理を要求されるようではどうやらなさそうだが、やはり意味が分からない。

 何故なら、どのみち自分にそれ以外の選択肢があるとは思えないからだ。


 兎乃のその気持ちを察したのか、守屋は説明を継いだ。


「これはね、僕自身が楽になりたいっていう提案なんだ。脅す訳じゃないけど、蓮見君のことを上に報告したら、君は恐らく二度とここに帰って来れない。良くて実験動物。悪ければ生体標本。そういう話になってしまうだろう。で、僕自身はできればそうしたくない。君とこうして会話もしてしまったしね」


 良くて実験動物、悪ければ生体標本。確かにそれは、ただ死ぬよりもさらに酷い未来かもしれない。

 兎乃は自分の体が緊張で固まるのを感じた。


「それに、できれば月華にも死んでほしくない。理由は君と同じ。僕は国と戦うつもりはないけど、君たちが死んでも寝覚めが悪い。なら、君の協力と不思議な力が味方になるなら、それが一番有難い」


 守屋が言っていることは、一応筋が通っている。

 だたしそれは守屋が本当に正直に話していればでしかない。

 兎乃の目には守屋は誠実そうな大人に見えるが、ほとんど第一印象でしかないそれを信じていいのだろうか。


「もちろん、これは僕の都合。だから君の都合も天秤に乗せよう。君が協力してくれるなら、僕個人もできる限り君の助けになることを約束しよう。元の世界に戻りたいでもいいし、この世界で人として生きたいでもいい。どんな願いでも、協力を惜しまないと誓おう。――ただし、可能な限り、ではあるが」


 守屋は変わらぬ表情で締めくくった。


 フェアかどうかでいえばフェアではないだろう。

 兎乃のデメリットは事実であり、守屋の提案は口約束に過ぎない。

 常識的に考えれば、出会って二日の人物と交わして良い契約ではない。


 だが、兎乃は自分の直感を信じることにした。


 昨日、『二人とも、よく生き残った』と無線で言った時の守屋の声に、嘘はないと。


 兎乃はしっかりと守屋を見据えて、ひとつ頷いて見せる。


「分かりました。守屋さんを信用します。私はここでできるだけのことをします。だから守屋さんも協力して下さい」


「約束しよう。それで、君は僕に何を望む?」


「……考える時間をもらっても良いですか。もちろんその間も私は手を抜かないことを約束します」


 守屋はそれを聞くと、にっこりと笑って片手を差し出した。


「交渉成立だ。よろしく、蓮見君」


 差し出された手をしっかりと握り返し、兎乃はようやく少しだけ緊張を解いて微笑むことができた。


「ではとりあえず我々の仕事をするとしよう。さしあたっては蓮見君。君のバディを叩き起こしてきてくれるか?」


 始業時間を十分ほど過ぎた時計を指さしながら、守屋はそう言って苦笑した。



 * * *



 三階に戻り、兎乃は月華の個室をノックした。


「ユエ? 起きてる? 始業時間だよ」


 返事はない。先ほどより強く、もう一度ノックする。


「ユエー、おはよー。お仕事の時間だよー」


 ややあって、室内からくぐもった声が聞こえてきた。


 やれやれとひとつ息を吐くと、兎乃は勝手にドアを開ける。

 自分たちの部屋に鍵はそもそも存在しないことを、兎乃はよく知っている。


 室内は暗かったが、迷わず電気を点ける。

 当然というか未だに寝具にくるまっている月華を容易く見つけ、シーツを容赦なくはぎ取った。


「……寒ぃ。返せ」


 シャツ一枚の月華がもぞもぞ動きながら文句を言うが、兎乃は動じない。

 『よくできたお姉ちゃん』と言われて育った私を舐めるなと思いながら、月華を無理やり担ぎ起こした。


「ほらほら、起きた起きた」


「……うー」


 寝ぐせでぼさぼさの銀髪の下に情けない顔を晒しながら、月華がうめき声の様な音を発する。

 頭をがしがしとかくと、月華は薄目で兎乃を睨んだ。


「クソ、ラビお前、いきなり元気になりやがって……」


「私は朝に強いんです。

 さ、朝ごはん作ったげるから起きて」


「ん……サンドイッチがいい」


「はいはい」


 守屋から「時間をかけても構わない。差し迫った仕事はないからね」と言われているので甘えることにしよう。

 そう決めた兎乃の前で、月華があくびをしながらようやく自分の力で動き出した。


「……おはよう、ラビ」


「おはよう、ユエ」


 こちらに来てからはじめてのきちんとした日常に、兎乃は心からの笑顔で『友達』と挨拶を交わした。


本話は、2日目連続投稿の1話目です。

10分の間をおいて、第5話を投稿させて頂きます。

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