表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/36

第27話「AF-08db5:セカンド・ドーン・パラドックス/ep4」

■第27話「AF-08db5:セカンド・ドーン・パラドックス/ep4」


 ドン、と強い衝撃が額に走り、兎乃の体は車椅子ごとゆっくりと後ろに倒れていった。


 すぐに意識を失わないのは、自分が人じゃないからか、脳が錯覚しているだけか。

 その答えは出そうにないが、そんなことはもうどうでもよかった。


 ああ、これで本当に、終わりだ。


 ずっと続く夢の中で、また彼女に会えたらいいな。


 体から力が失われていくのを感じながら、兎乃はそう思った。


 そうして兎乃の意識は、少しずつ途絶えていき。


「まだだ! 終わらせるなっ!!」


 だが守屋の叫び声と共に、体の奥にわずかに残った小さな火が、かすかに揺らめいた。



 * * *



 月華は呆然とそれを眺めていた。


 自身が引き金を引いた直後、守屋が扉を蹴破るように部屋へ飛び込んで来る。

 一秒も無駄にしまいと月華と兎乃の状況を素早く確認する。

 そして、兎乃の目から完全に光が失われていないと判断するや否や、月華に向けて力の限り叫んだ。


「まだだ!! 終わらせるなっ!!」


 守屋は月華に走り寄ると、その手から拳銃をもぎ取って投げ捨てた。

 そして月華の両肩を掴んで、激しく、だが端的に指示を飛ばした。


「月華よく聞け! ここまでは僕の想定通りだ! いいか、今ならまだ兎乃君を助け、更に全てを解決できる可能性がある。だから月華、兎乃君を今、この世界線、この時間帯に死に戻らせろ!」


 守屋と月華の目が合う。

 耳が痛くなるほどの守屋の大声が、月華の頭に入っていく。


 月華が突然の指示に混乱していることは、守屋にも理解できる。

 だが、守屋は同時に確信もしている。藍月華は、ここで動けないような人間じゃない。


「月華にしかできないことだ!」


 自分で解決できるなら、必ず行動を起こす。藍月華は、そういう人間だ。


 守屋は月華の肩から手を離し、その背中を叩いた。


 月華は軽くよろめきながらも、守屋の期待通りすぐに行動に移した。


 考えるのは守屋の仕事だ。


 その守屋ができると、兎乃を助けられると言うのなら、それに従わない理由なんて、何もない。


 月華は神にも祈るような表情で、倒れた兎乃の傍にそっと屈みこむ。

 倒れた兎乃の上体を抱きかかえると、その肩に自身の顔を乗せた。


 まだ確かに暖かさを感じるその体を、全身で確かめながら。

 涙に掠れる声で、月華は兎乃の耳元で、そっと囁いた。


「ラビ、戻って来てくれ。頼む、お前に生きて欲しいんだ……!」



 * * *



 心の奥深くで、火が爆ぜている。


 兎乃があたりを見回すと、そこは暗い部屋のようで、灯りは暖炉で揺れる火だけだった。

 火が躍る様に合わせて、自分の影もゆらゆらと揺れている。


 兎乃はその暖炉の前で、椅子に座っていた。

 火の暖かさを体中に感じる。このままここにいたら、眠ってしまいそうだった。


 ふと気が付くと、兎乃の横にも、同じように火にあたりながら椅子に座っている人がいる。

 濃い影がちらちらと揺れるその顔をよく見ると、その人は自分を同じ顔、同じ姿をしていた。


 自分と同じ顔をしたその人――本当の蓮見兎乃は、兎乃の方を見ると目を細め、穏やかな微笑みを浮かべた。

 その口から、自分と同じ、いや、兎乃の声がする。


 懐かしくて、愛おしい声。


「まだ、迷っているの?」


 その声を聞くだけで、涙が溢れそうになる。


 わたしは言葉を返そうとするが、音にならない。


 だけど、音にならない声で、その人に想いを叫んだ。


 だって、わたしはあなたに会いたいの。


 その人は、苦笑しながらわたしの顔を覗き込む。


「変わらないね。そうやって、甘えたさんなの」


 だって、あなたが好きなんだもの。


 その人は暖炉へと顔を向けると、目を閉じた。

 炎に照らされた横顔が、火の赤と闇の黒に揺らめいている。


「そうだね。私もきみが好きだよ」


 だから、置いていかないで。


「……」


 その人が言葉を返してくれない。

 たったそれだけで、こんなにも心が苦しい。


 どうして、黙ってしまうの?


 その人は、目を閉じたまま首を横に振った。


「一緒には、行けないよ」


 どうして?


「だって、私はきみに、生きていて欲しいから」


 そう言って、その人は目を開けると、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

 ほんの少しの距離を、一歩、また一歩とわたしの方へ歩いてくる。


 わたしがその人の顔を見上げようとした時、頭の上に優しく手が置かれた。


 その人がわたしの前に立ち、頭を優しく撫でている。


 変わらない、指先のぬくもり。

 ずっとこうしていて欲しい。わたしは心からそう願う。


「きみが生きていてくれることが、私の最後の願いだから」


 ……


「それに、きみはもう、一人じゃないから」


 ……


「だから、もうきっと大丈夫」


 ……


 本当に、もう会えないの?


「うん。でも、私はきみで、きみは私だから。いつだってきみの中に私はいるよ。だから」


 そっと、その人の手が、わたしの頭から離れる。


 やめないで。


 ずっと、傍にいて。


 その人が、一歩、また一歩と遠ざかっていく。


 わたしは立ち上がることも手を伸ばすこともできずに、ただ泣いている。


「だから、きみは新しい家族と歩いていかなくちゃ」


 その人が、遠くなっていく。


 少しずつ、灯りの届かない暗闇へと、去っていってしまう。


 一緒にいてくれて、ありがとう。


 愛してくれて、ありがとう。


 わたしはあなたと出会えて、本当にうれしかった。


 もうその顔も、涙で歪んで見えないけれど。


 最後はせめて、笑って別れたい。


「さようなら」


 さようなら、兎乃。


 もう二度と、会えないひと。


 永遠に、わたしの大切なひと。



 * * *



 ぼんやりと、意識が現実に戻って来る。


 誰かが自分を抱きしめているのを感じる。

 その人の肩越しに、自分の両手を掲げた。思い通り、見える。思い通り、動く。


 それからその両手を、自分の肩に顔を乗せて泣く、新しい家族の体に回した。


「……痛いよ、ユエ」


 その言葉を聞いたユエが、わたしを抱いていた手を緩めると、少しだけ体を離した。


 涙でぐしゃぐしゃになった顔をわたしの視界いっぱいに綻ばせて、ユエは言う。


「……バカ野郎。心配かけさせやがって」


「……うん。ごめんね」


「もういいさ。こうして帰って来てくれたんだから」


「……うん。ありがとう」


 ユエはもう一度わたしを優しく抱きしめると、わたしの手を取って立ち上がった。


 わたしもその手をしっかりと握り返し、立ち上がる。


 そうしてユエの顔をちゃんと見て、あの人がしてくれたように、微笑んで見せた。


「ただいま、ユエ」



 * * *



「守屋さん、これは結局どういうことなんだ?」


 立ち上がった兎乃に肩を貸したまま、月華が『それ』を見下ろして言った。


 倒れた車椅子の脇に、『蓮見兎乃』が倒れている。

 確かに額を撃ち抜かれた彼女は、目を閉じて静かに横たわっていた。


 それを月華と守屋と、『もう一人の兎乃』が立ったまま見ている。


 守屋は張り詰めていた緊張の糸が弾けるように、壁にもたれかかると大きく息を吐いた。


「今朝話したやつだよ。パラレルワールド。僕はそれに賭けたんだ。他に選択肢が、見つからなかった」


 守屋は倒れている兎乃と、立っている兎乃の二人を交互に見る。


「二人とも、間違いなく兎乃君だよ。違いを言うなら、倒れているのは『この世界線で死んだ兎乃君』。立っているのは『この世界線に死に戻った兎乃君』ということになるね」


 兎乃自身も、自分に何が起こったかを把握できていないらしい。

 月華と二人で不思議そうな表情をしながら、首をかしげて見せた。


「……この世界に、死に戻った?」


 守屋が頷く。


「ああ。兎乃君が過去に何度かやったことを応用できないかと考えた。過去のケースでは、兎乃君が『死んだ瞬間に死に戻る』理由は何もない。なにしろ、死に戻ったところですぐ再び死んでしまう可能性が非常に高い」


 話しながら、守屋は『この世界線で死んだ兎乃』の体にそっと自身の上着をかけた。


「で、別の世界線に戻れるなら、この世界線に戻れたっておかしくはない。『別の世界線に行くはずだった兎乃君』を『この世界線に引き戻す』ことで、兎乃君を同じ世界線に二人存在させられないか。もしそれができれば、『兎乃君を死なせながら、生かすことができる』。そう仮説を立てた」


 守屋は説明しながら、申し訳なさそうな顔をした。


「もちろん、それができるという確証はなかった。結局は賭けだったんだ。全て仮説の話でしかない。でも、色んなものを積み上げたら、手が届くんじゃないかと期待してしまった。だったら、やる以外の選択肢は、僕にはなかったんだよ」


「……もし、ラビが生きる意味を見失ってなかったら」


「兎乃君は死を受け入れず、三分前の別世界線に戻ってしまっていたかもしれない」


「……もし、ユエがいてくれなかったら」


「兎乃君は生きる希望が見つからず、そのまま死ぬだけだったかもしれない」


 それは全てが綱渡りの、細い細い一筋の光に縋るだけの博打だった。


 だけど、兎乃と月華は、その博打に打ち勝った。


 守屋は疲れた顔で、でも勝ち誇るようなに笑みを浮かべた。


「……これで全部揃ったんだ。AF蓮見兎乃の死体。AF蓮見兎乃が異能を使った事実。そして生きている兎乃君と、月華。全部だ。僕らの勝ちだよ。少なくとも、今日の所はね」


 「さて」と言葉を継いで、守屋は兎乃に問いかけた。


「兎乃君、そういえばまだ三ヵ月前の答えをまだ聞いていなかったね。約束だ。どんな願いでも僕は協力を惜しまない。さあ、君は僕に何を望む?」


 言われて、兎乃は驚いたような表情で守屋を見返す。

 それから、隣に立つ月華を見た。


 月華も兎乃を見て、二人は笑って頷いた。


「……守屋さん、わたしはユエと、二人で人として生きていきたいです。協力して頂けますか」


 その言葉を聞き、満点の回答を得た教師が生徒を誉める時のように、嬉しそうに守屋は笑って見せた。


「交渉成立だ」



 * * *



 隊舎の玄関口である二重認証ドアの前で、第三班の全員が集まって話している。


 善は急げとほとんど休む間もないまま、兎乃と月華はは必要なものを選び、旅支度を整えた。

 ほとんどの物品は自分たちの生活用品から選び、リュックだけSPRRUの部品を拝借し背負っている。


「なあ、本当に後始末は任せちまっていいのか?」


 月華が守屋に聞くと、守屋は当たり前だとでもいうように胸を張った。


「それも仕事だからね。AF蓮見兎乃を無力化。その最中、藍月華は消滅。殉職と断定。それだけ筋書きがあれば、あとはいつも通り報告書を出して終わりさ。少なくとも兎乃君がまたどこかで異能を使う事態にならない限り、SPOOが君たちに気付くことはないよ」


 あっけらかんと言う守屋に、月華は怪訝そうな顔をして見せる。


「適当だな……そんなもんでいいのかよ」


「大事なのはAFの処理体と異能の発生痕跡があるかだからね。月華の顛末に関しては、そもそもSPRRU隊員のことなんてSPOOは気にしてないよ」


「そっか。はは、馬鹿にしやがって」


 軽口を叩けるぐらいには元気になった月華を見て、兎乃もくすくすと隣で笑う。


 そんな二人に、守屋の横から歩み出た波瑠が、二揃いのカードと手帳のようなものを差し出した。


 二人が受け取ってそれを見ると、個人番号カードとパスポートだった。

 それぞれ顔写真は兎乃と月華のものだが、名前など個人情報は全く知らないものになっている。


「これ、二人の身分証明書。一応、詳しくは言えないけど実在することになってる個人情報だから。使ってもすぐにはバレないはずだけど、ここぞという時以外は控えた方が多分、安全」


 そう言った波瑠に、月華は砕顔して胸を軽く小突いた。

 兎乃はその横で、丁寧に頭を下げている。


「ありがとな、波瑠」


「波瑠君も元気で」


「……うん、まあ、俺もそれなりに楽しかったよ」


 照れ隠しか、素っ気なくそれだけ言うと、波瑠は後ろへと下がって行った。

 苦笑しながら守屋が兎乃に封筒を手渡す。


「少ないけど、必要だろうから」


 兎乃が中を見ると、現金の札束が入っている。

 五十万円ぐらいだろうか。驚いた兎乃に守屋は弱った顔で頭をかいた。


「ごめんね、あんまり貯えがなくてさ」


 兎乃は首を振って感謝の意を示す。


「とんでもないです。守屋さん、ありがとうございます」


 守屋は満足そうにうなずくと、自分の認証カードを胸ポケットから取り出した。


「じゃあ、長々と引き留めてる場合でもないから、そろそろ行こうか」


 そう言って、守屋は正面玄関を開いた。


 開いたドアから、寝静まった街中へと兎乃と月華は歩み出す。


 深夜の外気が、二人の顔を撫でて通り過ぎる。


 冷たくてまっさらな外の空気を、二人は肌で感じた。


「月華、兎乃君」


 後ろから守屋に声をかけられ、二人は同時に振り返った。


「幸運を祈るよ」


 守屋はいつものように穏やかな笑顔でそう言って、手を振った。


 その後ろで、波瑠が小さく頭を下げる。


「ああ、あんたらもな」


「本当にお世話になりました」


 月華が手を振り返しながら言い、兎乃が深く頭を下げる。


「それじゃ、行くか。ラビ」


「うん、行こう。ユエ」


 二人は楽しそうに声をかけあうと、並んで歩きながら、夜の住宅街へと消えて行った。

毎日20:30に更新予定です。

明日は最終話を投稿いたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
私は今ニッコニコです!ニッコニコ! 今ほぼ24時。この話を読めたことでノーストレスで寝て明日の朝清々しく起きることでしょう! 2人とも良かったね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ