第25話「AF-08db5:セカンド・ドーン・パラドックス/ep2」
■第25話「AF-08db5:セカンド・ドーン・パラドックス/ep2」
守屋と波瑠が事務室に入った時には、既に月華も三階から戻って来ていた。
月華は二人が入ってきたことに特に反応を示さなかった。
ジャケットのポケットに片手を突っ込んだまま、自席に座って無表情でスマホを操作している。
守屋は何も言わずに、部屋の奥側にある自身のデスクへ座った。
波瑠は普段なら月華が利用しているソファーに腰を下ろす。
「月華、兎乃君の状況は理解できたか?」
問いかけられた月華はちらりと守屋を見ると、再びスマホに目を落としながら答えた。
「ああ。抜け殻みたいになっちまってるな」
端的な表現は、月華が受けたショックの大きさを逆に表している。
兎乃の現状をそれ以上深く評価したくないがために、言葉が短くなる。
更に月華は、話の方向性をずらし、話題を兎乃自身から自分たちに切り替えた。
「で、今出動命令が来たらどうするんだ? あたしが一人で行けばいいのか? それでいいなら構わねえけど」
守屋は、月華が兎乃の話をしたがっていないことを理解できる。
しかし状況がそうも言っていられなくなった今、月華の気持ちを斟酌できなかった。
内心で申し訳ないと思いながら、守屋は現時点で最大の問題を話す。
「その心配は要らない。それより早く、兎乃君自身をどうするかを僕らは迫られることになる」
月華はスマホから顔を上げ嫌そうな表情を見せたが、文句は言わなかった。
「まあそうか。ラビがあんな状態なのをSPOOにバレる訳にゃいかねえもんな。でもどうすんだ。あたしらには精神治療の知識はおろか、医療知識もほとんどねえんだぞ」
「そうじゃないんだ、月華」
守屋は月華の言を遮った。
怪訝そうな顔をする月華に対し、守屋は努めて感情を殺しながら、起きていることを共有する。
「兎乃君はSPOOからAFの疑いをかけられている。正確には、SPOOが内部組織への潜伏を疑っているAFが、兎乃君である可能性が高い。そう遠くないうちに、僕らにはAF蓮見兎乃の収容命令が出されるだろう」
その言葉を聞いた月華は、ぽかんとした表情をしていた。
「……ラビがAFだって?」
心の底から、守屋が何を言っているか分からないという態度。
「何言ってるんだよ。そんな訳ねえだろ。……ねえだろッ!」
月華は激高し、立ち上がって持っていたスマホを床に叩きつけた。
硬い衝突音と共に床で跳ねたスマホは、外装の一部を破片として散らばせながら床を滑った。
自分の足元近くで止まったスマホを、守屋は拾い上げた。
タッチパネルの一部にヒビが入っていた。
「ふざけるなよ!? どいつがそんな下らねえこと言いだした! 今すぐあたしがそいつをぶん殴ってその妄言を止めてやる!!」
気持ちが収まらない月華は、続けてデスクに拳を振り下ろした。
激しい音を立てながらデスクが揺れ、灰皿が跳ねた。タバコの灰が少し零れる。
守屋と波瑠は何も言わず、月華を見つめていた。
守屋が話したいことはそういうことではないと察した月華は、舌打ちをしながら乱暴に椅子に座りなおした。
月華が話の続きを受け入れるようになるだけの時間を取ってから、守屋は再び口を開く。
「……僕たちが話すべきは、どうしてこうなったかじゃない。これからどうするかだ」
反論はない。
まずは全員が状況を理解した。その上で、守屋は力強く言った。
「僕は、兎乃君を助けたい。僕たちがまとめて破滅しない限り、できる限りのことはしてでも」
守屋は月華と波瑠をそれぞれ見た。
二人とも、そうするべきだと目が語っている。
守屋の口元が少し綻んだ。少なくとも三人、信頼できる仲間がいる。
再び真面目な顔つきになると、守屋は前提と仮定を挙げ、対応策を検討する。
「まず、SPOOが追っているAFが兎乃君でない可能性。これはもちろんある。だがそれに期待して手をこまねいて見ているのはあまりにも消極的過ぎる。何より、SPOOの認識している条件が限りなく兎乃君と一致している以上、それを可能性とするのは楽観的に過ぎる」
「僕もそう思う。あのログが言っている対象が蓮見さんじゃないとするのは無理がある」
守屋の見解に波瑠が同意する。
「なら、先に手を打たなければならない。後手に回る程できることは少なくなる。兎乃君が特定されるまではこちらにイニシアチブがある。それを活かす他はない。波瑠、SPOOが兎乃君を特定するまでどれぐらいかかると思う?」
守屋に問いかけられた波瑠は、少しの間脳内で状況を考えてから返答した。
「長くても一週間、短ければ三日かな。内部を洗うなら上から精査すると考えられるから、SPRRUに辿り着くまでには多少は時間がかかると思う」
「僕の知る限り、悩ましいがSPOOは優秀だ。三日以上を見込むのは危険だな。ところで、SPOOはいつもどうやってAFを特定している?」
波瑠の眉が寄り、首を左右に振る。
「分からない。ただ、疑わしきは罰するにしては精度が高すぎる、とは思う。もしかしたら、AFだけが残すような何かの痕跡があるのかもしれない。だとしても、それが何なのか分からないと対処のしようもないね」
この点に関しては、前提の確認と月華への共有という意味合いが強い。
守屋は波瑠の返答に驚くことはなく、頷いて同意して見せる。
「つまりAFを処理したと偽って兎乃君を匿っても、バレる可能性が高いな。もしくは兎乃君をただ逃がしても解決にならないということだ。僕らは処分され、兎乃君はG.S.P.Tに追われる。誰も望んでない結果になる」
「ダミーとして別のAFの一部とかを用意出来れば騙せる可能性はあるけど、難しいね。目標とダミーの区別が出来たら無意味だし、そもそもダミーのAFを用意すること自体が不可能に近いし」
守屋と波瑠のやり取りを聞いていた月華も意見を述べる。
「ラビの有用性を認めさせたら収容は免れたりしねえか? SPOOの大好きなAFの有効活用ってやつを利用してさ」
守屋は首を横に振り、即答した。
「ダメだ。仮にそうしても、現場運用するより研究に回した方が価値があると判断される。これは僕らが何もしなかった時も同様だな。兎乃君は収容されて研究対象になる」
「じゃあ、どこかに味方になりそうな連中はいねえのか?」
「難しい。そもそもAFに対する認知が低いから保護団体のようなものもないし、AFを知っていても国家組織に喧嘩を売ろうとする連中は、僕の知る限りいない。海外に逃げるとしても、主だった国は大抵AFのことを災害扱いしてるからね。組織的な対応が未整備な国に逃げればあるいは、といったところかな」
「それも両国で情報連携されたら厳しいんじゃないかな。引き渡し要求とか。AFは人類の敵として認知されがちだから、国家として協力を拒む理由がほとんどない」
「自分たちの関与できない部分に是非を委ねるのは好ましくはないね。それと兎乃君の身分証明書を手配するのも、三日だと間に合うか怪しい。密輸船とかに同乗して亡命するのも、伝手が何もないとできるかも分からないな」
「一応、身分証明書関連の偽造だけはやった方がいいかもね」
「ああ、できることはやっておいた方がいい。ともあれ、協力してくれる味方を探すのは難しいね。僕らでできることを探す方が現実的かな。まあ、逃亡プランの一番の問題は兎乃君自身があの状態ということだけど」
「じゃあ、いっそのことあたしら全員でSPOOと敵対するってのはどうだ」
「兎乃君だけを逃がすよりはマシだが、四人で国家組織と戦うのは無理だな。兎乃君は助けたいが、僕ら三人が共倒れになっては元も子もない」
月華が立ち上がり、デスクに手を付いて身を乗り出した。
「ならあたしとラビだけを逃がしてくれてもいい。あんたたちは一度だけ見逃してくれ。そっからはあたしとラビだけでなんとかする」
月華は本気で言っているようだが、守屋は厳しい顔つきでそれを否定した。
「駄目だ。それは僕と波瑠が君たち二人を見捨てるのと変わらない。それに、あの状態の兎乃君を連れては結局長くは逃げ回れない」
「……だけどよ、だったらどうしようもないじゃねえか。あたしたちは雁首揃えてできないことをできないって言うためだけに話してるのか?」
月華の気持ちは分かるが、守屋はあえて冷淡に接した。
「落ち着くんだ。できないことを確認するのは諦めることと同義じゃない。逆に何が目的達成のネックなのかが明らかになる」
「SPOOを納得させる、AFを処理したという実績、だね。それさえ偽装できれば、あとはなんとかできるはず」
「そうだ。そうすれば少なくとも時間が稼げるし、逃亡も現実味を増す」
「更に言えば、SPOOがAFを特定してるプロセスが分かればなおいいね。蓮見さんが逃げた後も、追われないようにできるかもしれない」
「……本当にそんなことができるのか?」
珍しく弱気になっている月華を励ますように、守屋は強く言い返した。
「やるんだ。SPOOの動向を注視しながら二つの問題を解決するぞ。波瑠はログ監視ワードを見直したのち、AF特定プロセスについて調査を頼む。僕は兎乃君を処理したと見せかけるためのダミーの調達か、それに代わる手段を検討する」
「分かった。できる限りはやってみるよ」
波瑠が立ち上がり、早速作業に取り掛かるために通信室へと向かって行く。
「月華は兎乃君の面倒を見てやってくれ。兎乃君自身からヒントが得られたら教えてくれ。頼んだぞ」
「……ああ、分かった」
知的労働では役に立てないことは、月華自身がよく分かっている。
月華は悔しそうな顔で席を立つと、波瑠に続いて事務室を出て行った。
残された守屋は一人、溜め息を吐くと天井を見上げ、つぶやいた。
「……さて、僕もやるだけやってみますか。悔いだけは、もう残したくないからね」
* * *
兎乃が帰還した日、対策会議の後から、月華による兎乃の面倒を見る生活が始まった。
だが、実質的にやることはあまりなかった。
月華の見る限り、兎乃からは生理的欲求すらも消えているようだった。
できるだけ兎乃と同じ部屋にいて、月華なりにできることを考える。
思い付いたら下に降りて、守屋と提案し、協議する。
そしてたまに、兎乃に語り掛ける。月華が費やした時間の多くはこれだけだ。
守屋と波瑠は休息返上で調査と仮説の構築を続けている。
月華が事務室へ降りていくと、珍しく守屋がソファーで仮眠を取っていることもあった。
波瑠の姿は全く見なくなった。通信室で缶詰状態なのだろう。
波瑠はSPOOのデータベースへのハッキングを試みているが、進捗は芳しくないらしい。
守屋は偽造身分証の手配と同時に、過去の対応報告書からSPOOの行動開始、終了の傾向を調べている。
だがそれも、無秩序な数列に法則性を見出そうとしているような作業に違いない。
そんな切羽詰まった状況なのに、月華にとってはむしろ落ち着いて過ごす時間が増えた。
その間、月華は兎乃と過ごしながら、少しずつ気持ちを整理していった。
月華の人生経験は、地球で十九年、この世界で一年と少しが経った。
兎乃と過ごしたのはそのうち三ヵ月に過ぎない。相対的な時間で言えば、かなり短い。
それでも、月華にとって兎乃は大切な親友になっていた。
食事や排泄すらも必要としない兎乃は、本当に人形のようだ。
それでも月華は二人分の食事を用意し、兎乃と並んで食べるようにした。
食事を摂るように言っても、兎乃は従わなかった。いつものように、無表情で虚空を見つめてしまう。
結局手を付けられることのない兎乃の分は、冷めてしまってから自分で食べた。
一日二回、シャワーと体を拭いて、服を着替えさせることにした。
できるだけ苦しくなさそうな部屋着を選んだが、兎乃がそれをどう思っているかは分からない。
着替えが終わったら髪をとかし、そして少しの間頭を撫でた。
ずっと同じ姿勢だと身体に良くないかもしれないので、夜は車椅子から兎乃を下ろしてベッドに寝かせる。
自分の部屋からソファーを無理やり持ってきて、兎乃の部屋で寝るようにした。
月華の人生において、初めての介護のような生活だが、辛くはなかった。
ひとつひとつの時間を、月華は大切に思いながら過ごした。
一日目が終わり、二日目も決定打のないまま時間が過ぎていく。
守屋と波瑠は疲労の色を濃くしながら、奮闘を続けている。
聞く限り、SPOOは何かしらの手段でAFによる『異能の発生』を検知する方法を有しているという仮説が有力らしい。
異能の発生でAFを検知し、実被害を以て個体を特定、個体処理後に異能の再発を検知しないことで対処完了としている、という説だ。
そう考えると兎乃がAFとして特定に至られていないのも頷ける。
兎乃自身が異能を使うのはいつも現場であり、隊舎ではないからだ。他のAFに紛れていたと考えるのが自然だった。
だが、AF蓮見兎乃を処理したという偽りの結果を提示する案が見つからない。
これをクリアできない限り、プロセスがどうあれ兎乃自身が収容・処理される未来を変えることはできない。
月華自身も、いいアイデアは浮かんでいない。
月華はこの二日間に、『ある結末』を受け入れる覚悟をしていった。
二日目の夜、兎乃の部屋へ寝に行く前に、守屋に時間をもらった。
進捗はどうかと聞いた月華に、守屋はまだ時間はある、と返した。
月華は手伝えなくて済まないと謝ってから、最後に一言、自身の覚悟を伝えた。
「もし、打つ手がなかったら、最後はあたしが済ませるよ。……我儘だけど、あたしにやらせて欲しいんだ」
守屋はそれを聞き、黙って頷いた。
それから月華は兎乃の部屋へ戻ると、昨日の夜と同様に兎乃の体を拭いて着替えさせた。
ベッドに寝かせると、兎乃の髪を優しく指で梳く。
兎乃の瞳は月華を見ていないが、兎乃が生きていることが今は嬉しかった。
タイムリミットは、明日いっぱい。
それ以上の時間は作ることができない。
「また明日な、ラビ」
月華は優しい声で兎乃に声をかけると、部屋の電気を消した。
毎日20:30に更新予定です。
明日は第26話を投稿いたします。




