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第24話「AF-08db5:セカンド・ドーン・パラドックス/ep1」

■第24話「AF-08db5:セカンド・ドーン・パラドックス/ep1」


 枕元に置いた貸与スマホの着信音で、月華は目を覚ました。


 うるせえな、と思いつつスマホに手を伸ばし、スワイプして応答する。

 相手は確認しない。月華と兎乃はこの隊舎に軟禁されているため、第三班以外の人物と交流することはない。

 そして兎乃が戻ってきていない今、相手は守屋以外いなかった。


「……なんすか」


 まだきちんと覚醒していない月華は、ぞんざいに応答する。

 そんな月華に対し、守屋は怒るでも呆れるでもなく、至って普通の調子で返した。


『兎乃君について連絡があった。きちんと頭が回るのを待った方がいいか?』


 そう言われた月華は勢いよく体を起こした。

 寝起きに冷水をぶつけられたみたいに、瞬間的に意識が覚醒する。


「もう起きた。で、どうだった?」


『先日確認した通り命に別状はなく、今日の朝に意識を取り戻したそうだ』


 それを聞いて、月華は安堵した。

 だが守屋から会話が終わっていない雰囲気を感じ取り、一転して険しい表情になる。


「他に何かあったのか?」


『……なんでも、意識を取り戻してから一言も喋っていないらしい。問いかけには反応するし、態度も穏やかで協力的だそうだが』


「喋ってない? どういうことだ?」


『心因性の問題じゃないかと言われている。詳しくは分からないが、解離性障害の一種かもしれないそうだ。ひとまず身体に異常はないらしいので、今から僕が引き取りに行ってくる』


「医者から引き離していい状況なのか?」


『外傷がないなら放っておくほうが危ないからね。万が一業務遂行能力がなくなったとSPOOに判断されたら、即処分の可能性もある』


「なるほど。じゃあSPOOにはまだバレてねえってことか」


『医療機関は僕らの仕事に積極的に関与したがりはしないだろうからね。手間をかけさせ続けないなら見ないふりをしてくれると期待しているよ』


 対外的な話になるなら、守屋に任せるのが間違いない。

 守屋も月華がそれ以上疑問を抱くことはないと思っているのか、自ら要件を締めに入る。


『一時間後ぐらいには隊舎に戻って来るから、それまでに月華も準備しておいたら?』


「助かる」


 通話を切って時計を見る。時刻は午前の九時五十分だった。

 スマホをひとまず放り、守屋の言っていたことを反芻する。


 喋ることができない?


 月華にはいまいちピンと来ない状況だが、少なくとも無事ではあることを喜ぶべきか。

 考えていた事態とは違った結果に戸惑いを頂きつつも、月華は守屋の言う通り、身支度をして兎乃の帰りを待つことにした。



 * * *



 それから一時間と少しが経った。

 月華は事務室のソファーに座り、やることもなくタバコを吹かしている。


 兎乃が戻ってきたらなんと声をかけるべきか考えるが、いい具合にまとまらない。


 「おかえり」でいいのか、「遅い」とからかえばいいのか、何があったか聞くべきか。

 どれもパッとせず、結局思考はふわふわとしたまま霧散してしまう。


 落ち着かない様子で指でリズムを刻みながら待つこと更に十分程度。

 隊舎へと車が近づいてくる音がして、月華は窓に近寄り外を見下ろした。


 想像通り、SPRRUのバンが地下ガレージに入って行こうとしている。

 昨日のAF対応で大破したものと同じ型だが、やや新しく見える。


 必要備品の供給は早いんだよな、と月華が考えているうちに、バンは視界から消えて行った。

 窓から離れ自分のデスクへと向かうと、灰皿にタバコを押し付けて火を消す。


 なんとなく座りなおすのも変かと、月華は立ったまま二人の戻りを待った。

 一分、二分と時間がゆっくり過ぎていく。


 遅い、と月華は少しやきもきしたが、廊下から足音が聞こえ覚悟を決めた。


 違和感を覚える。足音の他に、擦過音がする。どこかで聞いたことがある音。


 答えはすぐに閃いた。

 つい数ヵ月前に自分が使っていた、車椅子の音だ。


 月華は不審に思った。兎乃の身体に異常はなかったはずだが。

 自分が少し緊張していることを自覚し、月華は小さく深呼吸をした。


 事務室の扉が開く。


 まず見えたのは、想像通り車椅子の車輪だった。

 続いて、入院着の裾と、靴。それから椅子に座った兎乃が、事務室へと入ってきた。


「ラビ」


 よおと手を挙げかけて、月華の動きが止まった。

 車椅子を押して入って来る守屋の表情も目に入らず、月華は兎乃の顔を怪訝な顔で見つめている。


 部屋に入ってきた兎乃は、月華の方を見なかった。


 ぼうっとした無表情で、目は空を見つめている。


「……おい、ラビ」


 震えそうになる声をなんとか押さえつけながら、月華はもう一度呼びかける。


 兎乃の顔がすっと月華を向き、控えめがちではあったが、確かに兎乃が微笑んだ。


 月華は自身がまだ緊張していることを自覚しつつも、少し安心した。


 大丈夫、きちんとこっちを見た。


 しかし、兎乃が見せた反応は、それだけだった。


 車椅子に座ったままの兎乃はそれ以上のリアクションを見せず、再び視線を空へと戻す。

 ここまでずっと、首から下を動かすことはなかった。


 月華は守屋の顔を見た。

 守屋は難しい顔のまま、黙っていた。


「……どういう、ことだ」


 月華は混乱しながら守屋に問いかける。

 守屋は事務室の扉を閉めると、その場で腕を組んで首を横に振った。


「……精神的に問題があるようでね。身体に異常は無いんだ。頼めば歩くし、階段も上がってくれた。見た通り、僕らを認識してはいるようだし、話しかければこちらを見てもくれる。だが自分からは一切行動しようとしない。端から見ると文字通り魂が抜けてしまったようだよ。放っておくと立ったまま動かなくなってしまうから、念のために車椅子を借りてきた」


 守屋が兎乃を後ろから見下ろし、悲しそうな顔で言った。

 自分の話をされているのに、兎乃はやはり反応しない。ただ穏やかに、車椅子に座っている。


「なあ、守屋さん」


 問いかけようとした月華の言を手で制止すると、守屋は自分のデスクへと歩きながら言った。


「先に、兎乃君を部屋に送って来てくれないか。気が済んだら下りてきてくれればいい」


 守屋はそう言うと、オフィスチェアに腰を下ろした。

 まずは自分で確かめてみろ。守屋の目はそう語っていた。


「……分かった。ラビ、行くぞ」


 月華は事務室の扉を開けると、車椅子の後ろに回り、そっと押し始めた。

 その間も、兎乃が月華に何かしらの反応を見せることはない。


 車椅子を押して廊下を進み、階段の前で止まる。

 「頼めば歩くし、階段も上がれる」という守屋の言葉を思い出し、月華兎乃に声をかける。


「ラビ、階段上がってくれねえか。お前の部屋まで行くからさ」


 兎乃は返事をしなかった。

 月華を振り返ることもなく、数秒経ってから自然な動作で車椅子を降り、ゆっくりと階段を上り始める。


 まるで機械のようなその仕草に、月華を感じたことのない痛みを覚えた。

 兎乃から目を逸らし、力任せに階段の壁を右手で強く殴った。低く鈍い音が階段に響く。


 それから車椅子を一度畳み、月華も階段を上って兎乃の後を追う。

 右手の痛みは、少しも気にならなかった。


 兎乃は三階まで上り切ったあと、そこで立ち尽くしている。

 月華は兎乃にぶつからないように車椅子を再び展開し、虚ろな表情の兎乃に声をかける。


「座ってくれ」


 やはり直接的な反応は見せずに、少しだけ間を空けてから兎乃は素直に言うことを聞いた。

 月華は何も言わず、車椅子を押して兎乃の部屋へ向かった。


 部屋の灯りを点け、車椅子の兎乃をベッドの横へと押し、そこで壁に背を向けさせるようにして止める。


 月華は車椅子の正面に回り、片膝をついて兎乃の顔を正面から見た。


 人形のような兎乃が座っている。


 仕事の時は真剣な顔で、出動したら臆病になり、私生活ではよく笑う。

 そんなふうに、自分よりずっと人間らしい兎乃を、月華は好んでいた。


 ――どうしてなんだ。


 月華は唇を、血が出そうなほどに噛み締めた。

 やりきれない気持ちで一杯になり、怒りに手が震える。


 そのまま握った拳で床を叩こうとする。

 だがそのまま振り抜かずに手を空中で止め、ゆっくり下ろし、握った指を努力して解いた。

 力を入れすぎて少し血の気の失せた右手で、兎乃の頬を撫でる。


「おかえり、ラビ」


 月華に呼びかけられた兎乃は、ゆっくりと月華を見て、それから微笑んだ。

 そんな兎乃に、泣きそうな表情で微笑み返すと、壊れものを扱うように優しく右手を動かし、そっと手を離す。


 月華は立ち上がり、ゆっくりと振り返ると、兎乃の部屋を後にした。



 * * *



 月華と兎乃が出て行った事務室で一人今後のことを思案していた守屋。

 部屋に波瑠が入って来たことに気付き、考え事を止めて意識をそちらに向ける。


 波瑠は相変わらず部屋の奥まで入ってくることはなく、部屋を覗くようにして守屋に言う。


「守屋さん、帰って来てすぐで悪いんだけど、今すぐ見て欲しいものがある」


 波瑠の態度がおかしいことは、すぐにわかった。

 平静を保とうとしているが、動揺と困惑が顔に浮かんでいる。


「分かった。通信室か?」


 守屋は素早く頷くと、立ち上がって波瑠へと近寄った。

 事務室に踏み込んで来ない時点で、用事は通信室であることを半ば確信している。


 そして、わざわざ通信室に呼ぶあたり、月華と兎乃には聞かれたくない話なのだろう。

 月華と兎乃が事務室から離れることを確認して出てきたに違いなかった。


 波瑠は無言で頷くと、先に歩き出す。守屋もそれに続いた。


 通信室は事務室と同じ二階にあるので、すぐに辿り着く。


 守屋と波瑠はSPRRUの正式隊員としてIDカードで入室できるが、兎乃と月華は許可されていない。

 そのため事務室より一回り狭い通信室には、二人分の端末と通信機器以外にほとんど物がない。


 波瑠がいつも使用する通信手用の席に座ると、守屋はもう一つの椅子を引き出して波瑠の隣に座った。

 電源が入れっぱなしの端末を、波瑠が操作する。


 守屋が見る限り、波瑠が開いているのはSPOOの会話ログのようだった。


 守屋と波瑠には、二人だけの秘密がある。


 一年ほど前から密かにSPOOの一部の通信を傍受していた。

 バレれば即座に処分される違法行為だ。

 だが、少しでも多くの民間人、そして転生者を救えるなら、二人には危険を冒すだけの価値があった。


「……ここ。室長と分析戦略担当の会話のログなんだけど」


 波瑠が端末に映し出されたテキストログから、一文をピックアップした。

 音声の自動記録後、意味が通るように校正をかけられた文章を、守屋は黙読する。


 長くない文章だが、読み進めるうちにみるみる守屋の眉が寄っていく。


 読み終えた守屋は、極めて難しい顔をしたまま目頭を手で抑えた。


「……いつのログだ?」


「昨日の二十二時過ぎ。今から半日前だね」


「いつ気付いた」


「ついさっき。守屋さんが蓮見さんを迎えに行ってる間」


「……一応聞くが、お前の見解は僕と同じだな?」


「多分ね」


 守屋がデスクに両肘を付き、組んだ手を額に当てて俯いたことを、横にいる波瑠は理解した。


 通信室を重い沈黙が支配する。

 一分は時間をかけたあと、守屋はそのままの姿勢で絞り出すような声を出した。


「これがもし事実なら最悪だ。……なあ、波瑠。僕はどうすればいい」


 波瑠は、聞いたことのない義父の声に驚きつつも、言葉を返すことはできなかった。



 端末には、こんなテキストが表示されていた。


『都内に未確認AF発生の兆候。発生した事実を改変する潜伏型AFの可能性が濃厚。SPOO、G.S.P.T、SPRRUのいずれか内部に入り込まれている疑いがあり、調査を要す』

毎日20:30に更新予定です。

明日は第25話を投稿いたします。

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