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番外編その7「日課のトレーニングの話」

■番外編その7「日課のトレーニングの話」


 午後一時、昼休憩から戻った兎乃と月華は、日課としているトレーニングへと向かった。


 まずは一度自室へ戻り、スポーツウェアに着替える。

 と言っても、兎乃は安かったシャツとジャージだし、月華はなんならSPRRUのジャケットである。

 どうせ出動の時着るんだから効率が良いとは月華の言だが、兎乃には着替えが面倒なだけにも見える。


 ともあれ服を着替えた二人は、隊舎の地下の訓練室へと向かう。


 訓練室は、隊舎を外から見ただけでは想像ができないぐらいには広い。


 というか、一部の奥行きが異様に長い。

 一角が射撃レーンになっており、直線距離で十メートル程度の幅を確保してあるためである。


 あとは何の変哲もない、空調設備が取り付けられた、それほど広くない長方形の空間だった。

 専用の器具はランニングマシンだけで、あとは長椅子や小道具とマットぐらいしかない。


「さあて、じゃあランニングからやりますか」


「その前に体操しないと」


「謎ダンスな」


「ラジオ体操ですー」


 兎乃はスマホでラジオ体操を流し、毎回それを律儀にこなしている。

 対する月華は自分流で柔軟をするだけだ。


 それからまずはランニングマシンを利用する。


 まずは二十分、時速五キロでウォーキングからウォームアップ。

 時速五キロは早足程度に相当し、意外と馬鹿にならない負荷がかかる。


 とはいえ、最初はこれだけでも一仕事だった兎乃も、流石に雑談交じりにこなせるようになっていた。


「ユエはさ、スポーツとか、やってたの?」


 呼吸を乱さないように気を付けながら、他愛もない会話をする。

 お互い前を向きながらなので表情は分からない。


「いや、やってねえ。団体競技は苦手でなあ。かといって個人競技もそんなに興味はねえし」


「へえ、運動神経、いいのにね」


 月華の身体能力は非常に高い。

 中学時代までとはいえ、バドミントンをしていた兎乃とは比べ物にならないほど、あらゆる運動ができる。

 かくいう兎乃も高校に入ってからは帰宅部だったため、自身が思うピークからはかなり劣っていた。


「喧嘩なら得意だったぜ」


「……はは」


 月華が言うと冗談に聞こえず、兎乃は乾いた笑いを漏らした。

 道着を着て楽しそうに人を殴る月華の姿を想像し、違和感ないなあと心の中だけでつぶやいた。


 ウォーキングが終わったらランニングに移行。


 速度は各自調整で、兎乃は九キロ、月華は十二キロで二十分。

 この速度になると、雑談している余裕はない。

 あくまでも目的は持久力の向上であるため、早さよりも適切な負荷で決めた時間を続けることを優先する。

 二十分なので、兎乃は約三キロの距離を、月華は四キロの距離を走ることになる。


 それが終わったら時速を四キロに落とし、五分間のインターバル。

 ここできちんと呼吸を整えられないと、大体次の二十分で脱落する。


 そして再び速度を上げて二十分。インターバルを五分。ラストに二十分。


 合計一時間半のランニングを終えると、兎乃は汗だくになりながら長椅子にへたり込んだ。

 水筒に入れたスポーツドリンクを飲んで深呼吸をしながら、記録シートに速度と時間を記入する。


 月華はというと、兎乃より高い負荷をかけているにも関わらず、座らずに柔軟をしてクールダウンしている。

 汗だくなのは変わらないが、すぐにでももうワンセット始められそうな気迫を感じる。


「へばんなくなったな、ラビ」


 月華がにやりと笑いながら、兎乃に言う。

 椅子にへたり込んでいるこの状況をへばらなくなったと言っていいかは難しいが、確実に進歩はしている。

 だから兎乃もへらっと笑って、小さくピースサインを出して見せた。


 午後三時からは三十分の筋トレだ。


 器具がないため身一つでできるメニューを適当に月華が考え、それをやっている。

 内容はスクワット、プランク、腕立て伏せの三つである。


 筋トレは二人で同時にやる分と、お互いのフォームを見ながら修正する分に分けて進めている。

 きちんと監督する人間がいない以上、お互いに無理や非効率なやり方になっていないかをチェックし合う形だ。


「はい、腰が高い高い。もうちょい、もうちょい下ろす。はいオーケー」


「あーっ、キッツイ!」


 月華のチェックは細かく、妥協を許さない。

 ランニングで疲労した足に鞭を入れるスクワットは、兎乃にとってはなかなか負荷が高い。

 それを理解しているので月華は兎乃に回数の無理はさせない。その代わり、時間を使って一回一回をきちんとやらせる。


 プランクは月華がスマホのストップウォッチで時間の読み上げをしているし、腕立ても兎乃より回数をこなしている。

 ランニングも含めて月華の方が確実にハードなのに、まだ余裕を感じるのは凄いと兎乃は素直に思う。


 筋トレのメニューを終えた時には兎乃はもう動くのも億劫になっているのが常だった。

 お互いがチェック中に記録した回数をシートに書き込み、ストレッチで全身をほぐす。


「お前、体はマジで柔らかいよな」


 ゆっくりと腕や肩、脚を伸ばしながら、月華が兎乃を見て感心したように言う。

 実際、体の柔軟性だけでいえば、兎乃が月華に唯一勝っていると言える部分だった。


「ふふ、いずれ体力でも追い付いてみせるよ」


「よーしその意気だ」


 それから最後に拳銃の射撃訓練。


 この時間は、元々銃を撃ったことがない兎乃のために、月華がつきっきりでレクチャーする時間になる。


「はい確認。銃を持つ時は?」


「安全第一銃口管理!」


「よろしい」


 射撃レーンは最大でも十メートルの距離しか確保できないが、月華はこれで十分だと語った。


「筋トレの後だと手がぷるぷるしちゃって的に当たらないんだけど、いいの?」


 月華は頷きながら、きちんと体が正面に向くように、拳銃を構えた兎乃の姿勢を修正する。


「いいの。今やってるのは『慣れ』の訓練だから。十メートル先の相手に絶対当てる技術より、二メートル前の相手に落ち着いて撃てる慣れが必要なんだよ」


「へえ、そんなもんなんだ」


「これも筋トレみたいなもんだ。慣れてない武器なんて、持たない方がマシまである。よし構え。……撃て!」


 兎乃がトリガーを引く。銃口が跳ねる。

 きちんと目をつむらずに撃てていることを確認し、月華は心の中で良しのチェックを付ける。


 的の中心から二十センチほど左に当たった跡が見えた。


「当たってるな。いいぞ」


「うーん……でも、なかなか真ん中に当たらないな」


「何言ってんだ。上出来だよ」


「そうなのかな? あんまり実感がないんだよね」


 そうは言っているが、兎乃の射撃の筋は悪くないと、月華は思う。


 性格が真面目だからだろう。

 教えられたことに疑問を持っても、まずは言われた通りやってみるという前向きな姿勢がいい。

 だからやった分だけきちんと向上していく。教え甲斐がある相手とすら言えた。


 だけど、こうも思う。

 兎乃は元々、武器なんて使わなくていい世界で生きていくやつだったんだろうと。

 そしてそれが許されない今の境遇は、不当で残酷で、月華から見ても悔しく思うことがあった。


「あたしが保証するよ。ラビは上手くなってる」


「……うん、ありがと!」


 しかし、今の兎乃にはこの技術が必要なのもまた、事実だ。


 月華は複雑な気持ちを顔に出さないようにしながら、兎乃の訓練を監督し続けた。


 都合三時間の訓練を終え、二人は使った弾の数をきちんと数えてから、訓練室を後にする。


 ひとつしかないシャワーを順番に使って身支度を整え直し、午後四時半頃に事務室へと戻る。


「守屋さん、トレーニング終わりました。これが今日の訓練報告です」


 行ったメニューと時間、そして二人の所感が記録された用紙を、守屋は頷いて受け取った。


「ありがとう。お疲れ様」



 * * *



 勤務時間が終わり、夕食も済んでお風呂に入り、あとは寝るだけ、という時間。

 兎乃は自室で、今日の訓練内容、特に銃を撃つ感覚を反芻する。


 兎乃はこつこつ積み上げる作業が好きだった。

 トレーニングはキツイものの、毎日少しずつ伸びる数字を見るのは楽しい。


 前は悩まされた筋肉痛も、かなり少なくなった。

 心なしか、体つきも中学時代のように少し引き締まったかもしれない。


 軟禁されている今の方が自由な時より健康的な生活を送れているという事実はちょっと不本意ではあったが、嬉しいものは嬉しい。


 いつか、月華と青空の下をランニングするのもいいなと想像しながら、兎乃はベッドへ入るのだった。

本話は、4章と5章の間の、インターバルストーリーです。

本編とは関係のない、ある日の日常を描いた回になります。


本日は20:30に、もう1話投稿させて頂きます。

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