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第21話「AF-08d9f:スイート・アフターグロウ/ep4」

■第21話「AF-08d9f:スイート・アフターグロウ/ep4」


 月華が先行し後から兎乃が着いていく形で、二人は『無人タクシー』に接近する。


 一歩一歩ゆっくりと近寄るが、『無人タクシー』に動きはない。

 まるで二人を待っているかのように、左後部のドアを開けたまま、停車している。


 周囲からは、人の声や車の音はおろか生活音すら聞こえない。

 兎乃は左足で地面を軽く叩くと、耳にかかる髪をかき上げて月華の後を追う。


 両手で拳銃を保持する月華が『無人タクシー』の後部に辿り着く。

 車内は無人だが、開いたドアから中へ向けて狙いを付けながら、側面へと回り込む。


 側面からあらためて内部の人影を確認する。

 後部座席、無人。助手席、運転席、無人。


 それらを確認すると、月華はそのまま十秒ほど拳銃を構えたまま待機した。

 そのまま何も起こらなかったため、危険性は低いと判断して守屋に報告する。


「本部。こちらR1。目標に動きなし」


『車内に気になるものはあるか?』


「ない。至って普通の古臭いタクシーだ」


 兎乃も月華の横に立って車内を見渡すが、同様の感想だった。


 今ではあまり見ないマニュアルのシフトレバー。タクシー特有の料金メーター。

 後部座席は白いカバーで覆われている。染みひとつない、清潔感のある空間。

 タバコの残り香と消臭剤が混じったような独特の匂いがする。


『確保か無力化はできそうか?』


「確保はレッカーでもないと無理だな。無力化は、コイツを丸ごと廃車にしろってんなら拳銃じゃどうしようもない」


 そこまでは守屋もほとんど分かった上で聞いているのだろう。

 さして落胆した様子もなく、続けて問いかける。


『もう一度聞くが、危険性や敵意はなさそうなんだな?』


「少なくとも今のところは。まあ、都市伝説から考えても、本領は乗ってからだろうよ」


『そうだな。さて、どうしたものか』


「このまま撤収はダメか? 近づけるのは分かったんだ。爆薬かなんかで吹き飛ばしちまえばいいんじゃねえか?」


『また容易に見つかる保証もない。それに何も情報収集せず無力化を試みたことがバレるとSPOOへの説明が面倒になる。最悪、僕たちの存在価値を問われる可能性があるな』


「SPOOが推進してる、AFの有効活用ってやつか? 反吐が出るな。まあ今更どうこう言っても仕方ねえか。じゃあ、乗ってみるぜ」


 月華がやれやれと溜め息を吐きながら言い、後部座席を覗き込む。

 月華が足を踏み出そうとしたその瞬間、兎乃が月華の手を掴んだ。


 月華は兎乃の方を振り返った。

 兎乃は月華に、首を横に振って見せる。


「……私が乗る。ユエは車に戻って」


 月華が驚いた様子で固まる。

 何を言ってるんだとその顔が訴えている。


 兎乃は怯まずに言葉を紡いだ。


「私が乗って、ユエが車でそれを追いかける。それが絶対一番いい。一番危険なのは乗る方だし、私はもし死んでもなかったことにできる。それに追いかける方は機転が必要で、絶対ユエの方が向いてるから」


 兎乃の説得に、月華は納得のいかない様子で頭をかいた。


「ラビの能力については文句ねえけどよ。だったら二人で乗ればいいじゃねえか。何もラビが一人で乗る必要はねえだろ?」


 兎乃は再び首を横に振った。


 月華が兎乃を心配していることは分かる。自分がいればもしもの時にできることがあると。

 月華の言うことはもっともなようで、だが今回に関してはそれではダメかもしれないことに、兎乃は気付いてしまっていた。


「……ダメなんだ。もし、タクシーに乗ったあと、自由に外に出られなかったら。万が一私が死に戻っても、またタクシーの中に戻ったらおしまいなんだ。誰かがその先を変えられないと、結局はまた同じ結末に辿り着くだけ」


 月華は兎乃の言っていることを理解し、言葉を失った。

 理解はできたが、納得したくはない。強く拳を握りしめる。


 兎乃が戻って来れる時間は不確かだが、それほど長くはないと推測されている。

 本人の言を参考にするなら数分程度で、五分より長い可能性は限りなく低い。


 そして、死に戻ってから未来を変える手段がない場合、死に戻り自体が無意味になりかねない。

 最悪、確定された死を無限に繰り返し続けるという可能性すら含んでいる。


「だから、ユエは外にいて欲しいんだ。私に何かあった時、ユエに助けて欲しい」


 同意せざるを得ない。

 兎乃が助かる可能性を少しでも上げるなら、月華は別行動するのがベターだ。

 月華は何も言い返せず、下を向いて舌打ちした。


 対する兎乃も、自分の言い分が究極的には言い訳であると自覚している。

 今目の前で、兎乃に反論できずに黙る月華のその怒りが、自分の身を案じてであることが、兎乃には嬉しい。


 月華は、死んでしまったらおしまいだ。

 どんなに超人的な身体能力を持っていても、その事実に変わりはない。


 そう、つまるところ、私はユエに死んで欲しくない。


 二人でタクシーに乗るのは、未来が取り返しがつかなくなる恐れがあるからダメ。

 ユエが一人でタクシーに乗るのは、ユエは死んだらそれでおしまいなのでダメ。


 だったら、私が一人で乗るのが一番いい。


 記憶を失うのは怖い。

 当たり前だよ。とても、とても怖い。


 でも今は、ユエが死んでしまう方が、ずっと怖い。


「……ラビ、あたしは」


 月華がそれでも反論の言葉を探そうとするのを、兎乃は月華を正面から抱きしめて遮った。


「ありがとう、ユエ。ねえ、ユエは私を守ってくれる? 私が危なくなったら、助けてくれる?」


 お互いの顔は見えない。

 だけど、自分の見えないところで月華がどんな表情をしているか、兎乃は見ずとも確信できる。


「……当たり前だろ。ラビは死なせねえ。あたしが助ける」


 月華がそう言い、二人は体を離す。

 兎乃が思った通り、月華は辛そうに笑いながら、兎乃のことを見つめていた。


 兎乃はそっと握っていた月華の手を離すと、無線にむけて告げる。


「……班長。R2、目標に乗車して情報収集します。R1はバンで目標を追跡しつつ、R2のバックアップを」


『本部了解。……兎乃君、君は強いな。尊敬するよ』


「ユエがいるから、そうあれるんです」


 守屋の評価にこそばゆく感じてそう返すと、兎乃は月華に向けて小さく手を振った。


 ――また、後でね。


 兎乃がそう囁いた気がしたが、月華はそれを確かめる間もなく、兎乃はタクシーのシートに身を滑らせていた。


 ドアが閉じる。

 兎乃が月華を見て、窓越しに笑って見せる。


 月華は覚悟を決めた表情を見せると、ひとつ頷いてバンへと駆けて戻って行った。


 さて、と兎乃は深く深呼吸し、灯りが消えた車内を観察する。


 シートの手触り、後部座席から見る外の景色、バックミラーに半分映る自分の顔。

 何も異常はない。やはり無人なこと以外はどこも普通のタクシーに見える。


 そんなことを考えていた時、すっと音を立てずにタクシーが動き出した。

 ほとんど振動を感じさせないそれは、走るというより滑っているような感覚を兎乃に与える。


 もちろん行き先を問いかけられることもない。

 タクシーは何の確認も承諾も得ないまま、兎乃をどこかへと運ぼうとしている。


 車内の温度は外気に近く、かなり寒い。緊張して吐く息が車内に浮かび、消えていく。

 料金メーターが回り出す。『貸走』の文字と共に、『〇〇.四一〇』と数字が表示される。

 初乗り料金は、普通のタクシーと同じぐらいっぽいかな。兎乃はそう思った。


 走行速度は遅い。

 生活道路であることを考えても、制限速度に達していないように思える。


 兎乃はちらりとタクシーの後方を見た。

 バンヘッドライトが、付かず離れずの距離を保っている。

 月華が着いてきてくれていることを確認し、安堵する。


 気を取り直して正面を向き、両手で持った拳銃を握りなおした。

 何かが出てきたら、すぐに撃つ。兎乃はそう心に決めながら、座ったまま警戒を続ける。


 タクシーが市街地を泳いでいく。

 体感する振動のなさと流れていく光景に三半規管が乱され、酔いそうだ。


 そのまま一分が経ち、二分が過ぎた。


 まだ車内に異変はない。

 強いて言えば、進んでも進んでも住宅街から出ることがない。

 あたりの風景は確かに流れていくのに、いつまでも似たような住宅が並ぶ道を走り続けている。


「ユエ、聞こえる?」


 意を決して、兎乃は無線に問いかけた。


『聞こえてる。問題ない』


 無線から月華の声が聞こえ、兎乃の顔は無意識に少しだけ綻んだ。


「全然風景が変わらない。今どこを走ってるか分かる?」


『分からねえ。カーナビが現在地を見失った。班長、そっちはどうだ?』


 バンの方では明確に異常が出ているようだ。

 既にAFの特異性は発揮されている。そう考えないといけない。


『二人の位置反応はあるが、先ほどから動いていないように見える。タクシーは間違いなく移動しているんだな?』


『ああ。ってことは、他に何か起きてもおかしくねえってことだ。気を付けろ』


「そうみたいだね。でも、今の所何も――」


 兎乃が喋っている最中に突然、黒い幕が下ろされたかのように、窓の外の景色が真っ暗になった。

 フロントガラスも、左右のドアガラスも、どこから見ても一面の暗闇。


 兎乃は言葉を飲んだ。慌てて後ろを振り返る。

 バンの灯りは見えなかった。


「ユエ? 聞こえる? 班長、応答して下さい」


 無線に何度も呼びかけるが返事はない。車内はぞっとする静寂に包まれている。


 切り離された。


 体が恐怖で硬直する。手が白くなるほどに拳銃を握りしめる。


 より一層、温度が下がったような気がする。

 体が震えてかちかちと歯がぶつかる小さな音がはっきりと聞こえる程、タクシーの中は無音だ。


 ハンドルやシフトレバー、アクセルとブレーキは動いている気配がない。

 ただ、メーターの料金だけが上がっていく。『〇一.七七〇』。


 兎乃は左手を伸ばし、後部ドアを開けようと試みた。

 当然の様にドアはびくともしない。


 落ち着け。まだ生きてる。

 閉じ込められるのは想定内だ。


 銃を握った右手をそっと胸元に持ってくる。

 どこから来る。何が起きる。兎乃の神経が張り詰める。


 その時、窓の外に白く小さなものが舞ったのを、兎乃は見た。


 ――雪だ。


 窓の外に、雪が降り始めていた。

 豪雪というほどではないが、このまま降り続ければ翌日には積もりそうな程度の降雪量。


 窓に顔を近づけ、空を見上げる。


 降る雪の向こうに、星空が見えた。

 満天とは言い難いけれど、それでも確かに輝く星々が、空に散らばっている。


 タクシーの周りを見る。


 片側三車線の、幅の広い道路を走っているようだ。

 大きな中央分離帯。左右は高さのあるフェンスで囲われており、その向こうに夜景が見える。


 高速道路だ。

 兎乃はタクシーが走っている場所を理解した。


 しんしんと雪の降る夜、高架の上に設えられた高速道路を、十分な速度を出しながら走っていた。


『雪、強くなってくね』


 不意に、右隣から女の子の声がした。


 兎乃が驚いてそちらを見ると、後部座席右側に何かが座っているのが分かった。


 誰かは分からない。その姿はほとんど見えない。

 ただ、かすかに人の形をした輪郭だけが、ぼんやりと浮かび上がっている。


 その何かは、先ほどまでの兎乃と線対称に、右側の後部ドアの窓から空を眺めているように見えた。


『どうりで寒い訳だ』


 今度は運転席から、落ち着いた男性の声がした。

 こちらも空間がぼんやりと歪んで輪郭を浮かび上がらせ、車を運転する人の形を象っている。


『眠っちゃえば? そうしたら家まであっという間よ』


 助手席にも何かがいる。優し気な女性の声で喋っている。。


 ――これは、なに?


 混乱した頭で兎乃は車内をぐるぐると見渡す。

 自身が後部座席の左側。そして他に三人、車内に誰かがいて、会話をしている。


 だが、車内にいるのはそれだけではなかった。


『私は、うーを見てるから』


 兎乃は息を呑んだ。

 まさに今、自分が座っている席からも声がしたからだ。


 反射的に体を左のドアに寄せると、先ほどまで自分が座っていた位置と重なるように、人らしき輪郭が見えた。

 膝の上にケージのようなものを抱えた姿のそれが、女の子の声で話している。


『美菜は寝たら?』


 自分の真横にいる誰かが、右奥の誰かに問いかける。


『お姉ちゃんが寝ないなら、私も寝ない』


 後部座席で隣り合った二人が話している。


「……嫌」


 兎乃は震えながら無意識に言葉を零した。


『お母さん、帰ったらココア入れてよ』


『そういえば最近作ってないね。いいよ、家に着いたら作ったげる』


『私、甘ければ甘いほどいい』


『虫歯になるからほどほどにな』


 まるで録画した映像を流しているかのように、兎乃を無視して四人は親し気に会話を交わす。


 メーターが回る。『三八.〇一〇』。

 知らないうちに総料金は三万円を越えて、なおも上がっていく。


『うーも、ココアが飲めたらいいのにね』


 自分と同じ場所に座る誰かが、優しい手つきで抱えたケージを撫でる。


 自分と、同じ声で喋りながら。


 兎乃は吐き気を覚えて口元を抑えた。


 心臓が強く跳ねている。


 嫌だ。


 見てはいけない。聞いてはいけない。


 思い出してはいけない。


 思い出したら、何かが終わってしまう。


 何故かは分からないけど、そう確信している自分がいる。


 『五〇.六五〇』。

 走行距離に応じた料金としてはあり得ない速度でメーターは上昇していく。


『お姉ちゃん、明日雪積もってたら雪だるま作ろ?』


『えー、風邪引きそうだから嫌』


『お姉ちゃんはもっと運動しないとダメだよ』


「……やめて」


 頭を振るが、団らんの光景は止まらない。


『美菜はもっと勉強しないとダメね』


『お母さんひどーい』


『二人とも元気ならそれで十分だよ』


「……やめて……!」


 目を逸らしても、会話は耳に届いてしまう。


『お父さんはすぐに甘やかすから』


『お父さん、親バカだからね』


『親に向かって親バカなんて言うもんじゃないぞ』


「……お願いだから……やめて……」


 兎乃の口から、絞り切った魂の欠片のような声が出る。


『なあ、兎乃』


 兎乃は両耳を手で塞ぎ、顔を伏せて目をつむった。


 知らない。


 こんな記憶、私は覚えてない。


 こんな記憶、私にはない。


 こんな記憶、絶対に思い出してはいけない。


『あ、お姉ちゃん見て。窓に結晶付いてる』


 兎乃は呆然としながら、無意識にその言葉に反応し、目をあけて右側を見てしまった。

 そこには先ほどと同様に虚ろな半透明の誰かがいて、確かにこちらを見ていた。


 窓の外は雪が降り続いている。冷気が体内に侵入し、喉の奥が貼り付くように痛む。

 夜の闇に、なぜか雪の白さが輝いて見える。どこか幻想的な風景。


 『八一.七七〇』。

 メーターの上昇は止まらないが、兎乃にはもはやメーターを見ている余裕はない。

 だから気付けないが、メーターの数字が高くなるほどに、比例して兎乃の体温は低下していく。


 兎乃の両目から涙が零れ落ちる。


 心がこの光景を、愛おしいと、いつまでもこのままでいたいと叫んでいる。

 でも同時に、見てはいけないと、思い出してはいけないと、拒絶する。


 相反する感情がぶつかり合い、兎乃の感情を粉々に砕いていく。


 指先の感覚がない。目に映るものがぼんやりと歪む。

 もはや体は震えていない。意識が次第に遠くなる。


 夢なら覚めて欲しい。


 そして、全て忘れられたらいい。


 兎乃は抗えない睡魔に誘われながら、そう思った。


 目を閉じる瞬間、右から再び声がした。


『あれ、後ろの車、へん』


 その言葉を言い終えるのも待たずに、凄まじい衝撃と共に世界の全てがひっくり返った。

毎日20:30に更新予定です。

明日は第22話を投稿いたします。

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