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第20話「AF-08d9f:スイート・アフターグロウ/ep3」

■第20話「AF-08d9f:スイート・アフターグロウ/ep3」


 兎乃が自室で眠った翌日、朝の四時。


 兎乃は自室のベッドで半分覚醒した状態で、ぼうっとしていた。

 一晩経ったおかげで、何もかもが嫌になった気持ちはやや薄らいでいる。


 とはいえショックから立ち直れているかと言うと、もちろんそんなことはない。

 何を忘れてしまっているのかを考えると怖くなるし、そもそも忘れているかどうか自覚できない自分が嫌になる。


 でも、一晩経って整理できた気持ちもあった。


 それは、この三ヵ月は嫌なことだけじゃなかったということ。

 新しく築いたものも、失ってしまったものに劣らず、大切なものだということだ。


 だったら、今この世界で自分ができることはせめてやらなくちゃいけない。

 新しくできた大切な友達に全部背負ってもらって生きていくのは、嫌だった。


 私は、ユエの隣に立って、一緒に歩きたい。


 だから、もう忘れない。色んなことを書いて残して、思い出そう。

 そう、忘れたことだって、また思い出す方法だってあるかもしれないんだ。

 そう考え、無理やり思考をポジティブな方に持っていく。


 でも、無理やりでも、笑顔は笑顔だ。


 それが、私の知ってる蓮見兎乃なんだ。


 兎乃は一人、ベッドの中で笑顔を作ってみた。


 やはり、昨日より幾分か楽になった。そんな気がした。



 * * *



 朝八時二十五分。

 始業の五分前に、兎乃と月華は二人で事務室へとやってきた。


 普段と様子が違うのは明らかだった。


 兎乃は平静を装っているものの、見るからに憔悴していて表情は硬い。

 月華も、普段ならこんな時間にはまず出勤しないし、かといって寝ぼけている様子もない。

 月華が兎乃のために様子を見に行き、そのまま付き添った。そう見るのが正しいだろう。


 兎乃は守屋が事務室に既にいることを確認すると、デスクの隣まで歩き、頭を下げた。


「昨晩は出動できず、申し訳ありませんでした」


 丁寧だが感情を抑えているような平坦な声色に、守屋は思わず言葉に詰まった。

 何と言うべきか言葉を選んだものの、出てきたのは結局型にはまったものだけだった。


「事情は月華から聞いている。だが、兎乃君。君の口から意思を確認しておきたい。……やれるのか」


 守屋の問いかけに、兎乃はか細く微笑んで見せた。


「……はい。ご心配をおかけしました」


 明らかに強がりではある。隠しきれていない疲労や葛藤がありありと感じ取れる。

 だが、無理をしてでもこれ以上心配をかけまいという気持ちもまた、守屋は感じ取った。


 だから、守屋はそれ以上何も言わず、努めていつも通りに接することを決める。


「そうか。なら、いい。……すまないな、力になれなくて」


 謝った守屋に無言で首を横に振ると、兎乃は自分のデスクへと着席した。


 そんな二人を、月華はいつものソファーに座りながら、どこか悲しそうに眺めていた。



 * * *



 勤務開始から三十分後、九時。

 対策会議と銘打ち、守屋は三班の全員を事務室へと招集した。


「未確認AF、仮称『無人タクシー』だが、昨晩の捜索では特に手掛かりは得られなかった。月華、間違いないな?」


 ソファーに腕組み足組みで座っている月華は、守屋の確認に対して首肯した。


「ああ。昨日は三時間も走り回ったが、影も形もなし。正直、手掛かりなしで探すのは限界があるな」


「出現先の傾向か、もしくは誘き出す手段がないと動くだけ無駄かもしれないな。難しいな。被害出るのを待つのはあんまりやりたくないが」


「……他の組織に協力を仰ぐことって、できないでしょうか?」


 兎乃がやや遠慮がちに意見を挙げる。

 守屋は兎乃の目を見ながら頷いてみせた。


「うん、結局のところそれが一番現実的な気がするね。波瑠、具体的にはどこと何ができると思う?」


 話を振られた波瑠は、手を口元に当てて少し考え込む素振りをした。

 十秒ほど考えてから、思いついた手段を列挙する。


「……妥当なのは、警察を通して道路交通情報センターのログをもらう、かな。定点カメラに映っていれば、確実な出現時間と位置情報が手に入る。ただ、ログだと見落としや画像不鮮明でそもそも記録されてない可能性があるし、逆に映像精査になると目視確認だから時間が全く足りないのがネックだね」


「時間の問題はどうにもならんな。人手も足りん。ログ精査だと精度はどれぐらい落ちる?」


「やってみないと。前例もないからね」


「止むを得ん。まずはログ精査を試してみよう。映像精査は最終手段だな。他に考えられる手段は?」


「『無人タクシー』が姿を変えずに毎回同じ車種、ナンバーなら、街中の監視カメラに映ってるかも。でも結局警察経由なだけでカメラ映像精査という問題は解決できない」


 守屋と波瑠の検討の横から、月華が思い付いたことを提案する。


「タクシーの運ちゃんとか何か知らねえかな。餅は餅屋って言うだろ」


「ふむ、噂話からAFの起源を推定して追える可能性があるか。月華、昼の間にいくつかタクシー会社に話を聞いてきてくれるか。対象はこっちでリスト化する」


「あいよ。名乗りは?」


「警視庁交通部交通捜査課で行け。不審なGPSログの確認から話を初めて、可能であれば噂話まで探って来てくれ」


「オーケー分かった」


「兎乃君は隊舎に残ってSNSの情報収集をしてもらえるか? 目撃情報として信頼度の高いものを見つけ次第情報を共有してくれ。判断基準は、兎乃君がこれは嘘じゃなさそうだと思うものでいい」


「了解しました」


「本捜査は夜からになる。月華と兎乃君は十七時には作業を切り上げ、体を休めるように。波瑠は僕と二人でログの入手と精査だ。二十時までにできる限りやるぞ。二十時半から再度ブリーフィング。いいな? よし、取り掛かれ」



 * * *



 夜八時半。


 外回りから戻った月華と、SNS監視をしていた兎乃は途中から休息し、時間になり事務室へ顔を出す。


 守屋は疲労の色を隠せない様子で、兎乃と月華を確認して自分のデスクへと二人を呼んだ。

 守屋のデスクには央都の市町村の大まかな地図が広げてあり、いくつか書き込みがしてあった。


 守屋が椅子に体重を預けながら、二人に方針を伝達する。


「結果から言うと、全部で五件ログ上でそれらしき姿の確認に成功した。車種は黒のクラリオン・コンフォーテス。ナンバーは『丹波たんば 500 す 10-00』。丹波ナンバーだが、五童子、馬馴まれ目白めじろの地区でもSNSでの目撃情報がある。だがSNS情報の多くが馬馴側の丹波エリアに偏っているため、捜索はここを中心とする」


 守屋の指が、区と市町村の境を北から南へすっとなぞり、そこから西側を差した。

 二人は、示された地図に目を落としている。

 

「じゃあ馬馴区までは行かなくていいんだな?」


「馬馴区は第一班の担当だからいい。下手に担当の境界を越える方が面倒になる。続けるぞ。月華の聞き込みによると、タクシー会社にお決まりの怪談みたいなもので、『タクシー運転手はタクシーの怪異と出会わない』というものがあるらしい。話自体は眉唾物だが、これも参考に範囲を絞る。具体的には駅前や繁華街以外を重点的に回る」


 地図上にざっくりと重点捜査エリアが描かれる。

 それでもまだかなり広い。

 月華が難儀だとでも言うように目を細めるのを、兎乃は見逃さなかった。


「班長、被害者は出ましたか?」


 兎乃の問いに、守屋は首を横に振った。


「分からない。念のため、都内市町村での昨日から今日までの、原因不明の死者を調べた。全部で三件ある。ひとつ、川座市で一人暮らしの老人男性が死亡。孤独死の疑いが濃厚。ふたつ、新倉原にいくらはら市で無職の青年男性が路上で死亡。低体温症の疑いが濃厚。みっつ、高麗こま市でアルバイトの大学生男性が自宅で死亡。交際相手との恋愛感情のもつれが疑われているが、交際相手は未だ捜索中」


「どれもタクシーと関係がありそうな気はしねえな」


「ああ。なので僕と波瑠はまだ『無人タクシー』による被害は出ていないと見ている。もしかしたら殺傷性のないAFかもしれないが、都市伝説を聞くとそうは思えないな」


「都市伝説ベースで言うなら、行方不明者はどうでしょう」


「行方不明届としては都内市町村で昨日から今日にかけて十件。アベレージで言うならいつも通りと言っていい。仮にこのうち一件程度が『無人タクシー』の仕業だとしても、埋もれちゃって分からないだろう」


 本日の結論をまとめるように、月華が言う。


「結局、有力な手掛かりはねえなぁ。仕方ねえ、今日も見回りと行きますか」


「うん。班長、出動してきます」


 守屋は二人に申し訳なさそうに苦笑すると、バンのキーを手渡した。


「手間をかけるね。頼んだよ」



 * * *



 隊舎からバンで新倉原市まで移動し、タクシーの通りが少なさそうな道を行く。


 駅前でなくとも、交通量がそこそこある通りは、人気もありかなり明るい。


「やっぱり、こういうトコにはいねえ気がするな。あまりにも人目に付きすぎる」


「そうだね……そうすると住宅地かな」


「住宅流しながら西央にしおう市の方に向かうか」


 進路を北に取り、住宅地を横断する道路を低速で走る。

 こちらは大通りと比べると人通りはグッと減り、車もあまり走っていない。


「いそうかどうかで言えば、こっちの方が雰囲気はあるか」


「うーん。でもタクシー自体がいないね」


 住宅地を一回りしたあと、伏水通りを北上して西央市へと移動する。

 癒しの森公園を遠巻きに迂回するようなルートで、時計回りに巡回する。

 そこにも異常は無く、次は横山道を東に向かい都道二百三十四号へ向かう。


 既に捜索開始から二時間ほどが経過し、日付が変わるまで一時間を切った。


「影も形もねえなあ。そろそろ切り上げ時か?」


「そうだね。大分冷えてきたし」


 気分転換に窓から外気を入れていた兎乃は、白い息を吐きながら言った。


「寒いから早めに閉めてくれ。……おい、外気温が零度切ってるじゃねえか。寒ぃ訳だよ」


 月華が気温計の表記を見ながら億劫そうに言う。

 兎乃が苦笑しながら窓を閉めていく。


 最初に違和感を持ったのは、守屋だった。


『氷点下だって? 天気も崩れていないのに随分と冷え込むんだな。……いや待て。波瑠、今日の西央市の気温予想を調べてくれ』


 波瑠の返答はすぐには返ってこない。

 端末で検索をかけているのだろう、十秒ほどして、波瑠の声が届いた。


『ウェザーニュースだと西央市の夜は五度から六度らしいけど』


「おいおい、こっちはマイナス四度だぞ。バンの計器がイカれたか?」


 月華は言いながら、助手席に座る兎乃が落ち着かない様子なのに気付いた。


「……ユエ、嫌な感じがする。いくら何でも、静かすぎない?」


 兎乃が耳を澄ませながら言う。

 時間が時間なのでそもそも静かではあるが、それにしても確かにあたりは静まり返っている。

 思い返せば、先ほどから車の一台も目撃していない。

 いくら深夜の生活道路とはいえ、十分間一台もすれ違わないなんて、あるのだろうか。


『限定地域の異常な温度低下。新倉原の路上で低体温症の死者。人を隔離する空間。……あり得ない話じゃないな』


 守屋が素早く仮説を組み上げ、指示を出した。


『月華、その低温と無人環境はAFの影響の可能性がある。あたりを走って、温度が上がらない方向を探してくれ。もしかしたら、その先に『無人タクシー』がいるかもしれない』


「オーライ、それじゃちょっと速度を上げるぜ」


 月華は外気温のデジタル表示を見ながら運転し、時折道を左右に曲がって方向を調節した。

 温度が零度を上回りそうになったら道を変え、氷点下を維持しながら街中を進んでいく。


「これが本当にAFなら移動してやがるな。俄然怪しくなってきやがった」


 十分ほど外気温を見ながらバンを走らせた月華が言う。

 確かに、一点を目指しているにしてはやや方向転換が多い気がする。


 またAFと対峙する覚悟は、していたはずだった。

 あるT字路を左折した正面に、車のリフレクターの赤が暗闇に浮かんだ瞬間、兎乃は思わず息を呑んだ。

 月華も前方の車を認識している。真面目な顔つきで速度を調節し、車間距離を縮めていく。


 寒い。


 車内は空調が効いているはずなのに、兎乃はそう思った。


 前を走る車の姿が明瞭になっていく。

 黒い車体。点灯していないが、屋根にはタクシー特有の社名表示灯が付いている。


 ナンバーが見える。月華が小さく口笛を吹いた。


「黒のクラリオン・コンフォーテス。『丹波 500 す 10-00』。ビンゴだ」


 ヘッドライトでうっすらとタクシーの車内の様子が浮かび上がる。


 後部座席に客の姿はない。

 そして、後ろからでは注意してみないと気づき辛いが、運転席にもまた、人の姿はなかった。


「本部。こちらR1、目標を発見。現在追跡中……おっと」


 月華が報告している最中に、『無人タクシー』のブレーキランプが光った。

 窓を閉め切っているバンには何の音も届かず、すうっとタクシーが停車する。


『こちら本部。R1、何があった』


 月華は慎重に車間距離を維持し、およそ十メートルの距離を保ってバンを停めた。

 暗闇の街中に車が二台、縦に連なって停車する。


 そして、二人が見守る視線の先。

 タクシーの後部座席、左側の扉がひとりでに開いた。


 まるで、乗車するよう促しているみたい。

 兎乃の背筋をぞっと悪寒が走る。


「……こちらR1。目標の停車を確認。これより目標に接近する」


『本部了解。R1R2、警戒を怠るな』


「R1R2了解。ラビ、行くぞ」


 月華は素早くジャケットの内から拳銃を抜き、運転席から降車していった。


 兎乃は白い息を大きく吐いて緊張をごまかすと、拳銃を抜き、助手席のドアを開けた。

毎日20:30に更新予定です。

明日は第21話を投稿いたします。

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