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第19話「AF-08d9f:スイート・アフターグロウ/ep2」

■第19話「AF-08d9f:スイート・アフターグロウ/ep2」


 月華に続いて、兎乃も月華の部屋に入る。


 既に何度も入ったことはあるので、物珍しさはない。

 私生活が雑な割に、月華の自室はきちんと整理されている。

 そもそも物がそんなに多くないということもあるが、見ようによっては質素と言えなくもない。

 だが、よく見ると統一感のある白ベースの家具やコミック本などの趣味が垣間見えるものもあり、兎乃は月華の部屋が好きだった。


 月華は部屋の電気を点けると、無言のまま自分のベッドに腰かけた。

 対する兎乃は、自分のために用意された丸椅子に、いつものように座る。


 兎乃は月華が喋りだすのを待ったが、自分から呼んでおいて月華はなかなか話し始めない。

 腕を組んで何かを考え、兎乃を見ずに視線を彷徨わせたりしながら、言葉を選んでいる。


 きっかけを作った方が話しやすくなるかな。

 兎乃はそう考え、自分から口を開く。


「それで、話ってなに?」


 努めて穏やかな口調で問いかける。

 月華はそんな兎乃の気遣いを曲解することなく、結局兎乃に口火を切らしたことを恥じるように溜め息を吐くと、つぶやくように兎乃に聞いた。


「……なあ、ラビにとって、前の世界ってどんな存在だ?」


「前の世界って、地球のこと?」


「ああ」


 月華は落ち着いた様子で頷いた。

 対して兎乃は、月華の意図を図りかねている。


「うーん……どんな存在なんだろう」


 兎乃の困惑する様子を見て、月華は言葉を探すと、ぽつりぽつりと語りだした。


「……あたしにとっては、下らねえ場所だったよ。バーモントは田舎でさ、スキーだの釣りだのレジャーで観光客からカネを吸う以外にロクな産業もねえ。あたしが物心つく頃にはお袋はいなかったし、親父は機嫌のいい時だけ優しい、すぐキレるバカだった。だから、正直に言えば今からあっちに戻れるって言われても嬉しくねえんだよな。こっちもクソだけど、あっちもあっちで大概クソだ」


 月華が自分の身の上を話すのは初めてだった。

 二人の間では、いつの間にか「元の世界の話はしない」というのが暗黙のルールになっていた。


 戻れる見込みのない地球の話は、月華が嫌がる。兎乃はずっとそう思っている。

 だから、月華が突然こんな話をするとは思っておらず、内心で強く驚いた。


「でもさ、それでも忘れていいことじゃねえとは思ってるんだ。どんなにクソみたいな思い出でも、それも含めてあたしだから」


「……うん、そうだね。忘れていいことじゃないと思う」


 兎乃は心からそう思い、月華に同意する。

 月華が何を言いたいのかは分からない。ただ自分の過去を話したくなったとは思えない。彼女はそういう人間ではない。

 だから、まずは友人として、月華の意見に対して同意できると示してみせる。


 そんな兎乃に対し、月華はどこか寂しそうな視線を向けた。


「……ごめんな、本当は言わない方がいいのかもしれねえ。でも、あたしだったら言って欲しいと思う。だからラビにも言わねえといけないんだ」


 こんなに悲しそうで、辛そうな月華は初めて見た。

 兎乃は月華がどんなことを言おうと受け止めようと思い、力強く頷いた。


「お前は……守屋さんの見立てでは、戻って来る度に記憶を失ってる可能性が高い。しかも、少なくない記憶がもうなくなってるかもしれない」


 月華が、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「今までお前が言ってきたことが全部正しいとするなら、そうなるんだ。……それが、一番辻褄が合っちまうんだ」


 兎乃は、月華が何を言っているか分からなかった。


「家族のこと、身の回りのこと、何でもいい。……絶対に忘れないはずのこと。思い出せるか?」


 自分の、元の世界の記憶が、失われている?


 理解できなくて、兎乃は戸惑いながら月華に言葉を返す。


「……どういう、こと? 私、覚えてるよ。お父さんとお母さん。飼ってたウサギ。自分の家、自分の部屋。友達も……」


 言いながら兎乃は思い出す。そう、自分は何も忘れてなんかいない。


 忘れてなんか。


「友達……なんて名前だっけ。どんな顔だった……? 私、誰と仲良かった……?」


 さあっと顔から血の気が引くのが分かった。

 兎乃は必死で記憶をひっくり返す。嘘だ。覚えてる。絶対に覚えてる。忘れるはずがない。


 だって、たった三ヵ月前までの、出来事なんだから。


 だったら、どうして。


「妹さんのことはどうだ」


 兎乃は頭を抱えた。体が震えている。嘘だ。信じられない。


 妹なんていない。私は知らない。覚えてないんじゃない。だっていないんだから。


 ……でも、もし本当にいたのなら、どうなってしまう?


 私は、私の何を信じればいい?


 私は、壊れてしまったのだろうか。

 自分でも気づくことのできないうちに。


 月華は、兎乃を辛そうな顔で見つめていた。

 部屋中を、アナログ時計の秒針の音が聞こえるぐらい、無音が支配した。


 どうして、忘れていることに、気付けなかったんだろう。


「……ユエ、どうして」


 どうして、そんなことを、私に教えたの?


 顔を上げた兎乃の目に、恐怖と悲しみと、そして怒りが混じっていることを月華は理解した。


 覚悟していたはずなのに、月華は思わず目を逸らしそうになる。

 言わないでいられたら月華も兎乃も、楽だったのかもしれない。

 でも、月華は言うべきだと思った。言わないでいることは、誠実ではないと判断した。


 月華は目を逸らさないよう心を強く保ちつつ、声を震わせまいとして言った。


「あたしは、友達に隠し事をしたくない」


 兎乃は、自分が月華に八つ当たりしそうになっていたことに、ギリギリで気付いた。

 兎乃の心の中には大きな恐怖が形を作ってしまった。

 それでも、月華が本当に兎乃のことを想ってくれていることも、また理解できた。


 月華が立ち上がり、兎乃に近付く。

 再び顔を覆ってうつむいてしまった兎乃を、月華はそっと抱きしめた。


「……ごめんな」


 兎乃は自分の目から涙が零れていることを、今更知った。

 それはとめどなく溢れ、月華の部屋の床に落ちては小さな音を立てていた。



 * * *



 数時間後、夜八時。


 守屋が通信室での波瑠とのルート選定を終え事務室に戻ると、月華が一人、ソファーに座っていた。

 きちんと軽装の出動装備を整えた上で、タバコも吸わず、目を閉じて、守屋を待っていた。


 すうっと月華が目を開き、守屋を見る。


「……どうした」


「頼みがある」


 問うた守屋に対し、月華は真面目な声で、端的に言った。


「今日だけでいい。あたし一人で出動させてくれ」


 突然の要求に、戸惑う守屋。

 月華は一見して態度が悪く非常識なようでいて、守屋が許せない一線を越えることは今までに一度もなかった。


「理由を説明してくれるか」


 ひとまず自分のデスクへと戻った守屋は、オフィスチェアに腰を下ろすと月華に向き直った。

 月華は無表情のまま、まっすぐと守屋を見ている。


「ラビに、話した」


 その二言だけで、守屋はおおよその経緯を把握した。


 「そうか」と一言だけ返すと、月華から目を逸らして天井を見やり、両手を頭の後ろで組む。

 月華は何も言わない。必要以上の説明は意味がないと確信している。


「今日だけで何とかなるのか?」


「なる。……ラビなら立ち直れるさ」


 月華はそう言い切ったが、その声に絶対の自信がないことを守屋は感じている。

 実際の所は、月華もそう信じたいのだろうと、そういうことだと守屋は理解した。


「……分かった、信じよう」


「助かる」


「じゃあ悪いが今日は一人で出動してくれ。ルートはこちらで指示する。

 万が一AFに遭遇した場合、対処は情報収集に限定しろ。

 もしうちの内部に問題があるとSPOOに知られたら、その方が兎乃君の立場が危うくなる」


「了解」


 守屋はキーラックからバンの鍵を取り出し、月華に手渡した。

 月華はキーを二度三度握ってから立ち上がると、事務室を後にしようとした。


 その背に、守屋が声をかけた。


「……すまない。ありがとう」


「頼みを聞いてくれたから、貸し借りなしだな」


 月華は一度だけ振り返って皮肉っぽく微笑むと、手をひらひらさせながら事務室を出て行った。


 結局、その日の出動で得られた成果は、何もなかった。



 * * *



 兎乃は、自室のベッドでシーツに包まりながら、泣き疲れてまどろんでいた。


 頭がふわふわして熱っぽく、現実味がない。

 いっそ、ここ三ヵ月が全部夢だったらとまで思いもした。


 今でもまだ、記憶がなくなっていることに対しての実感は薄い。


 今日思い出せなかっただけなのでは?


 明日になったら、案外簡単に思い出せるのでは?


 感情がそう考えては、そもそも一時的にでも忘れるようなものではないと理性が否定する。


 話の後、月華は泣き疲れた兎乃を、そっと自室へ運んで去って行った。


 月華が心配してくれたこと、友達として隠し事をしなかったことには感謝の気持ちはある。

 だけど、それ以上にショックが大きく、今は誰とも話さず一人でいたかった。


 このまま何度も死んだら、いつかは全部忘れちゃうのかな。


 兎乃はぼうっとする頭でそんなことを考えた。


 自分が自分であるのは、自分が自分として生きてきた過程があるからだろうか?


 だとしたら、それを全部失ってしまった自分は、もう自分じゃないのかな?


 ――疲れちゃった。


 兎乃はぐるぐると堂々巡りを続ける思考の果てに、そう思った。


 楽になりたい。


 でも、死んでも終われない。私が私である記憶を失うだけ。


 じゃあ、どうすれば楽になれるのかな。


 全部諦めれば、楽になれるのかな。


 このまま眠って目が覚めなければ、楽になるのに。


 ああ、でも。

 ユエが悲しむのは、嫌だな。


 ユエのためになら、私が私でなくなっても、それはそれで、まあ、いいのかな。

 それなら、私が生きた意味はあったって、言ってもいいのかな。


 まどろみから眠りへと意識が移っていく最中、兎乃はそんなことを考えていた。

毎日20:30に更新予定です。

明日は第20話を投稿いたします。

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