第17話「AF-08d78:エターナル・ドライフラワー/ep6」
■第17話「AF-08d78:エターナル・ドライフラワー/ep6」
『昨夜、央都糸納市の大型商業施設で発生した化学物質漏洩とみられる崩壊事故について、警察と消防はこれまでに三十六人の死亡を確認したと発表しました。負傷者はおよそ二百四十人にのぼるということです。警察によりますと、現場には依然として有害物質の残留が疑われ、捜査活動は慎重に行われています。また崩落の原因について、テナントの設備管理に問題がなかったかどうかも調べる方針です。央都は近隣住民に対し、しばらくの間現場周辺に近付かないよう、呼びかけています』
「うへえ……ほとんど嘘じゃないですか」
朝のニュースを眺めながら、兎乃はげんなりとした表情を作った。
守屋と波瑠の推測では、八百人前後の死者が出ているはずだった。それがこの有様である。
『戦後最大の事故』とテロップで謳ってこそいるものの、実態よりはるかに被害を少なく見せている。
「残念ながらこんなものだよ。厚生労働省や警察庁の人が何人か首を切られてるだろうけど、それでおしまいだね」
守屋はこともなげといった様子でコーヒーを口にした。
「SPOOやG.S.P.Tはどうなんでしょう?」
「彼らは基本的に事後対応になることを想定した組織だからね。これぐらいの被害ならお咎めはないと思うな」
「これぐらいの被害、ですか」
自分の返事で兎乃が気落ちしたことに遅れて気付いた守屋は、慌てて手を振った。
「ああごめんごめん。違うよ。犠牲が少ないということじゃない。犠牲が広がらなかったってことの方が彼らには重要なんだ。いつ、どこで、どのように発生するか分からないAFに対して、初動の被害は正直どうしようもないからね」
「……すみません、理解が足りませんでした」
「気にしないで。僕だって気にならないって言ったら嘘になるから」
守屋の心境も複雑ではある。
正直に言って、守屋としては考え得る限り最善の結果になったと言っていい。
しかしそれは、八百人の民間人と兎乃の六度の死を代価に得た結果であることに変わりはない。
第三班の人員を盛大に褒め、労いたい気持ちはあるが、それはそれで難しい。
仕方なく、守屋は普段通りにする他ないと判断した。
無論、献身と貢献に対する個人としての感謝は三人それぞれに伝えている。
「しかし兎乃君、本当に体に問題はないのか? 六度も……その、能力を使ったんだろう?」
守屋は言葉を濁した。
死に戻りという能力の実態は分からない。
だが、それがノーリスクであるはずがない。
「あ、はい。もちろん大変でしたけど、十分に休んだので。今はもう」
それが、本人がこの調子である。
肩透かしを食らったよう気持ちになるが、本人が言う限り追及はやめよう。守屋はそう判断した。
「何かあったらすぐに報告して。どんな些細なことでもいいから」
「はい。ありがとうございます」
転生者に特別な力が与えられたのは後天的な処置らしい、というのが現代の通説だ。
だったら、摘発された違法ペット業者が召喚時に能力付与を行ったということになる。
しかし、ただの木っ端犯罪企業にそんなことをする理由もない。
守屋は軽く息を吐いて、中世の転生者の記録でも調べてみるかと考えた。
「……ざーす」
そんな時、事務室の扉が開いて月華が出勤してきた。
シャツに短パン、その上からSPRRUのジャケットを引っ掛けただけの寝起きスタイルである。
「ユエどうしたの。随分早いね」
兎乃は素直に驚いた。もはや時間や服装については言及すらしない。
月華は返事もせずにふらふらとソファーへ歩み寄ると、ごろんと横になった。
「もう、ご飯作ってくれるって約束忘れてないよね?」
随分と親しくなった、と守屋は二人を見て微笑んだ。
兎乃が配属されてから三ヵ月になる。随分と長く保っている。
月華と兎乃のバディは、過去最長と言っていいレベルで生存し続けている。
だが、その道筋は安定したものではない。
月華の身体能力と判断力、兎乃の死に戻りと洞察力。それらが揃っての結果に過ぎない。
それに、兎乃の視点では既に八度も死んでいる。
これを良い結果と言うのは、自身の無能を表すのではないかと、守屋は自嘲したくなった。
嫌な考えを忘れようと、守屋は送られてきたAFの報告書をぼんやり眺めた。
「……そういえばさ、兎乃君、僕に何の協力を求めるか決めた?」
このタイミングで聞いたのは、ふと思い出したからにすぎない。
配属直後の出動から帰還し、守屋と兎乃で交わした協力の約束。
その天秤の片方に乗せるべき、兎乃からの要求はまだ出されていなかった。
当の兎乃すら言われて思い出したかのような始末で、「あー」と天井を見てしまった。
「すみません、決めてません。まだ私も自分がどうしたいのかとか、よく分かってなくて」
「まあ、こんな立場だからね」
「そうなんですよ。流石に逃げたいとかはもう思わなくなりましたけど。……でも、少しでも長く、仲間と生きられればいいですよね」
守屋がちらりと兎乃の方を見ると、その横顔はどこか悲しげだった。
いずれ、それほど遠くないうちに死ぬ。
それは月華の死か、兎乃自身が戻れなくなって死ぬか、どちらかは分からない。
でもきっと、そういう日は来る。
それを理解して、でも認めたくない。そういう表情であることが、守屋には分かった。
守屋は何度もそういう表情を見てきた。
防衛省のレールから逸れ、SPRRUに流されて五年。何人もの隊員を見送った。
彼らの半分は最初の出動から帰れない。
残った隊員も、二回目の出動でまた半分になる。三回目まで残れる時点でおよそ四人に一人。
そして、ここまで残った隊員は、皆一様にこの表情をした。
月華ですら例外でなかった。
三回目の出動を生き残った月華は、まだ諦観を持っていなかった。
月華が皮肉と諧謔の仮面を被りだしたのは、一年を過ぎてからだった。
いや、むしろそちらが素なのかもしれないな、と守屋は考え直す。
今、月華と兎乃は互いへの信頼と依存がベストに近い形で噛み合っている。
互いが世話をする部分と世話をされる部分が存在し、バランスが取れている。
そんな兎乃に見せる月華の態度は、守屋が「被った」と捉えた仮面に似た態度だった。
兎乃も、月華と他の間には明確な一線を引いている。
拒絶とかではない。どちらかというと社交に近い線ではある。
だが月華に対してはその線を取り払った。
「もう、ユエまた髪乾かさないで寝たでしょ! ほらほら、せっかく綺麗な髪なんだから、手入れしよ!」
「……やーめろってラビ。いいよ、後で自分でやるって」
「やらないから言ってるの!」
ソファーでやいのやいのと攻防を繰り広げる兎乃と月華の二人を眺めながら、守屋は苦笑した。
今のメンバーなら。
守屋はどうしても期待してしまう。
今のメンバーなら、誰も脱落させずに変革があるまでやっていけないだろうか。
それは推測ではなく願望に近い。
そもそも変革などと考えてはいるが、そのような兆候は守屋の知る限り存在しない。
ただ、こんな歪な制度はいずれガタが来る。守屋がそう信じているだけだった。
だから、その問いを発したのもまた、思いつきに過ぎない。
「こうして見ると、まるで月華が本当の妹みたいだな」
兎乃が振り返り、ちょっと得意げに笑って見せた。
――それが、既に限界だった表面に、亀裂を入れる一歩だったとしても。
「ふふ、世話焼くのは嫌いじゃなくて。
妹がいたらいいお姉ちゃんになれるって自信があるんです」
――踏み出した足を、元に戻すことは。
「……兎乃君、今、なんて?」
――二度とできない。
「はい? 私、一人っ子だったから。ずっと妹がいたらいいなって思ってたんですよ」
* * *
『個体番号:AF-08d78
個体呼称:エターナル・ドライフラワー(The Eternal Dried flowers)
形状:白色の菌
分類:危険度高/テンペスト
異能:菌を模したAFであり、生存・増殖を目的として行動する。
発生した建物内を「コロニー」とみなし、内部の有機物を溶解・吸収したのち、
骨だけを残して粉砕・散布することで自身を「防腐」しようとする習性を持つ。
また、獲得した養分を使いコロニーを最大まで巨大化させたのち、
余剰養分を使って胞子嚢を作り出し胞子を拡散する。
拡散された胞子は着地後、再びその建物を「コロニー」とし活動を開始。
これを繰り返し、自身のコピーを無限に増やしていく。
コロニー生成時は強い攻撃性を見せるが、胞子生成中は攻撃性を潜める。
ただし胞子嚢に生物が近づくことを嫌い、一時的に活発になることもある。
死因:身体組織の溶解によるショック死。
起源:「増殖」と「防腐」。
「増える」為に「守り」、「守る」為に「増える」を繰り返す。
対処:コロニー全域の焼却により無力化。収容したサンプルは無菌状態で厳密に保管。』
これにて第3章は終了です。お付き合いありがとうございました。
面白ければ、引き続き第4章以降も、どうぞよろしくお願いいたします。
毎日20:30に更新予定です。
明日はインターバルストーリーを2話投稿いたします。




