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第15話「AF-08d78:エターナル・ドライフラワー/ep4」

■第15話「AF-08d78:エターナル・ドライフラワー/ep4」


「スーツ姿じゃない班長、違和感ありますね」


「言ってくれるな。僕だって武装したのは久しぶりでしっくり来てないんだ」


 現場に到着した守屋は、普段のスーツ姿ではなく、兎乃や月華と同じSPRRUのジャケットを着ていた。

 体格の良い守屋が着ると、G.S.P.Tの隊員とも遜色ない雰囲気がある。


「そういうラビも着ぐるみみてえだな」


 横で狙撃銃のチェックをしていた月華がイタズラっぽく口の端を上げた。


 兎乃は普段の装備とは違い、守屋が持ってきた対NBC防護服を着用していた。

 全身を覆う迷彩柄の服を着た兎乃が、恥ずかしそうに自分の姿を見る。


「気休めかもしれないが、無いよりマシだろう」


 守屋はフォローのようなそうじゃないような感想を述べてお茶を濁した。


 先ほどまで現地指揮所があった所は、急速に人気を失っていっていた。


 既にG.S.P.Tは二次封鎖線から撤退を始めている。

 元の外周封鎖線の付近に最小限の拠点を設営しなおし、そこをドローンの発着場とする予定らしい。

 守屋は撤退しているG.S.P.TにSPOOからの許可証を見せ、予定した装備の確保に成功していた。


「さて、それじゃあ僕らもはじめようか。兎乃君、これを君に預ける」


 そう言って、守屋は兎乃に細長い円筒形の道具を手渡した。


「テルミットカートリッジだ。燃焼範囲はおよそ二メートル前後。意図的に起爆しない限り、衝撃で爆発したりはまずしないからそこは安心していい。兎乃君は屋上の植物園に入り、胞子嚢核を探し出し、これをセットしてくれ」


 一キロ弱のそれは、兎乃の手にずしりと乗っかった。

 誤爆しないと保証されたとはいえ、兎乃は手元の兵器に恐怖心を抱いた。


「それとケミカルライトも。無線は維持するが、狙撃目標を見つけたらこれでこちらに合図をして欲しい」


「あとでな、ラビ」


 狙撃銃のチェックを終えた月華が兎乃の胸を拳で軽く小突く。

 兎乃は笑って頷くと、マスクを装着し、フードで頭を覆った。手元はゴム手袋で保護している。


「よし、時間合わせいいな。二十一時五十五分を以て作戦を開始する。二十二時二十五分になったら進捗に関わらず状況終了し撤退。忘れるな。……五、四、三、二、一、状況開始!」


 守屋のカウントダウンに合わせ、三人はそれぞれ走り出す。

 守屋と月華は北にある百貨店へ。そして兎乃はAFのコロニーと化したモール内へ。



 * * *



 月華は守屋と共に、駆け足で百貨店を駆け上がっていく。


 先導は守屋がしている。というより、月華は狙撃銃を持っている分、遅れざるを得ない。

 守屋は焼夷徹甲弾ニ十発が詰まったケースだけなので、体力差を考えても身軽になる。


 守屋の照らすライトの灯りを頼りに、二人の足音と息遣いが無人の階段に響く。


「……ところで守屋さんよ、コレを狙撃銃って言うのは詐欺じゃねえのか?」


 月華が抱えている狙撃銃は、正確には対物ライフルと呼称されるものだった。

 その全長は七十センチ、重量は十二キロ程になる。

 重さだけで言えば全身を防護服で固めた兎乃の装備より重い。


 これだけの重量物を抱えて走ると、流石の月華でも息が切れる。


「すまない。焼夷徹甲弾を撃てる銃がそれしかなくてな。ちなみに、対物ライフルを撃ったことはあるか?」


「ある訳ねえだろ。普通のライフルもねえよ」


 守屋にとってこの返答は意外だった。


 確かにSPRRUでは基本的に拳銃より強力な火器を使用することはない。

 実際に、月華も今までの出動は全て拳銃だけで乗り越えてきている。


 守屋が意外に思った理由は、月華の出自にある。

 地球という世界は、月華の言によるとこの世界と同様に広く銃が普及している。

 「地球じゃガキも含めて全員銃撃ってる」という月華の言を元に、守屋は地球出身の転生者を優先して確保していたほどだ。


「……これは想定外だ。射手を変わった方がいいか?」


「ラビが一人で体張ってるんだ。トドメぐらいはあたしにやらせてくれ」


 月華の声色に不安の色があることに守屋は気付いた。

 だが、あえて触れなかった。月華の表情を見ないまま、努めて当然の様に返答する。


「その申し出は、尊重すべきだな」


 退避指示と同時に百貨店も電源を落としているため、二人は階段を駆け上がる。

 モールと同じ十階建てのそれを踏破し、屋上に出るメンテナンスドアへと辿り着く。


「こじ開けるぞ。これを頼む」


 守屋は弾薬ケースを床に置くと、背嚢から二つの鉄製の工具を取り出した。

 対物ライフルを安置して呼吸を整える月華に金属製のハンマーを渡し、自分はてこ状のハリガンツールを持ち出す。


 先端のピック状の部位を、ドアノブの横、扉と壁の境目に当てる。


「ここを叩いてくれ」


「泥棒の真似事も初めてだ……なッ!」


 顔に汗を浮かべながら、月華はハンマーを振るう。

 ガン、と金属と金属がぶつかる激しい音がして、ハリガンツールが少しだけめり込んだ。


 そのまま数回、ハンマーでツールの先を打ち込む。

 ある程度めり込んだら、守屋が体重をかけててこの原理で扉をこじ開ける。


 これを何度か繰り返し、数分で屋上の扉を開けた。


「……意外と覚えてるものだね。演習で二、三度ほどしかやったことはないんだが」


 流石に息を切らしながら守屋はそう言うと、工具をしまって弾薬ケースを担ぎ直した。

 月華もライフルを抱え直し、二人は屋上の南端へと駆け足で向かう。


 落下防止用の腰の高さ程度のへりを乗り越え、南端の際で装備を下ろした。


 波瑠が策定した狙撃ポイントまでは、行動開始から四分ほどで到着した。

 ここまで兎乃からの通信はないが、何の障害もない狙撃側の方が到着が早いことは予定通りである。


 月華は床に寝そべるようにして、対物ライフルをバイポッドで安定させた。

 守屋は月華の横に弾薬ケースを置き展開すると、自身は月華の左横で膝立ちになった。


 キャリアプレートから双眼鏡を取り出してモールの屋上を眺める。


 植物園は、ガラス張りの温室状になっていた。

 モールの屋上の大部分を使った贅沢な作りで、総面積はかなり広い。


 ガラス越しに見える植物園の中は、だが真っ白に染まってしまっていて遠近感が図り辛い。

 もっと言えば植物自体の形状も把握できないものが多い。当然胞子嚢核は見つからない。


 ここから胞子嚢核が確認できれば楽だったのだが、と守屋は内心で舌打ちした。


「月華、見えるか?」


「ダメだな。真っ白で分かったもんじゃない」


 念の為狙撃手自身にも確認したが、屋上に伏せてスコープを覗いた月華も明確に否定した。


 予定通り、兎乃の誘導を待つ他ない。守屋はそう結論付ける。


「R2、こちら守屋。狙撃位置に着いた。予定通り行動しろ」



 * * *



 兎乃は二度目のモール内を、今度は一人で歩いていた。


 背嚢にテルミットカートリッジとケミカルライトを格納し、手はフラッシュライトだけを持っている。

 拳銃は意味がないと判断し、所持はしているが持つことはなかった。


 相変わらず、歩くたびに足元で微小な骨が砕ける小気味よい音がする。

 兎乃はその音をなるべき意識の外に追いやりながら、一歩一歩ゆっくりと先へと進んだ。


 対NBC兵器用のマスクを着用したせいか、先ほどにも増して息苦しい。


 ふう、ふう、と一歩ごとに息を吐きながら歩くさまは、まるで山嶺に挑む登山家のようだった。


 今の所、AFが兎乃に対して牙を剝く様子はない。

 一度死んだのは、その前に素手でカビに触ったのが良くなかったと思っているが、それは後付けの理由に過ぎない。

 浸食のトリガーが何なのか判別していないことが、兎乃にとって一番の精神的重圧だった。


 一階のエスカレーターに辿り着く。ここまでは一度通った道なので迷うことはない。

 基本的にはここを上がって行けば、少なくとも最上階までは辿り着けるはずだ。

 骨粉で覆われたエスカレーターを、足元が滑らないように注意しながら一段一段と上っていく。


 怖い。


 兎乃の頭を一番占めていたのは、それだ。


 モール内は相変わらず灯りの一つもない。

 フラッシュライトはそこそこの範囲を照らしてくれるが、それでも視界の半分にも満たない。

 加えて、モール内には音が全くない。

 自身が骨粉を踏む音。自身の呼吸の音。それ以外の音は何もしない。


 ふと、自分以外の足音がしていないか不安になって足を止める。

 もちろんそんな足音はしていない。自分の呼吸音だけが聞こえる。


 再び歩き出す。

 やはり誰かが着いてきている気がしてしまい、今度は振り返る。


 誰もいない。


 怖い。


 まるで世界には自分一人しかいないような静謐と、いつ何者が不意に現れるかも分からない暗闇。

 それらは決して慣れるのことのない、根源たる恐怖だった。


 唯一の心の支えは、骨伝導ヘッドセットだった。

 不要な通信は控えているが、声をかければ応えてくれる仲間がいるという事実が、兎乃の心を強く支えている。


 二階を過ぎ、三階へと上がる。ここからは未知の領域になる。


 防護服は決して軽くない。

 一式で七キロ程度あり、背嚢は更に二キロほどの重さがある。

 体力は付いてきたとはいえ、十キロ弱の重量物を身に着けて足元が不安定なエスカレーターを上るのは、それなりに労力が要る作業だった。


 三階、四階、五階。


 背嚢の肩紐が痛くなり、少しずらす。

 明確に荒くなってきた呼吸を整えるため、足を止めて深呼吸する。


 呼吸を整えながら上階をライトで照らした兎乃の耳に、守屋の声が届いた。


『R2、こちら守屋。狙撃位置に着いた。予定通り行動しろ』


「R2、了解」


 仲間が待っている。

 それを心に刻み、再びエスカレーターに足をかける。


 六階、七階、八階。


 時計を見る。行動開始から六分ほどが経過している。

 間に合うのかと不安がよぎるが、それを振り払う。

 焦るな、焦るな。心の中でそう繰り返しながら、エスカレーターを上がっていく。


 九階、十階。


 エスカレーターが途切れた。


 屋上へ続く道は別になっているらしい。フロアを探さないといけない。

 エスカレータの脇に案内標識があるはずだが、全てカビで覆われてしまっている。

 ナイフで削ってまでそれを探すべきか考え、浸食のリスクを考えて諦めた。


 兎乃は元はレストラン街だったフロアを見渡した。

 当然だが、周囲は静まり返っている。


 ――私は、この光景を知っている。


 兎乃は唐突に、そう確信した。

 だが、どこで見た光景かを思い出すことができない。


 寒い。


 反射的に暖を取れるものはないか、左右を見た。

 火がちらついている。暖かい火。ひとつ、ふたつ、みっつ。


 暖かさに包まれながら、頭を撫でて欲しい。

 懐かしい、優しい手の記憶が朧気に浮かぶ。


 だけど、それが誰の手なのかを思い出せない。

 大切な人。あなたを、私は――


 兎乃は我に返ると、頭を振ってその光景を追い出した。

 雪景色はもうない。周囲にあるのは、生々しいまでの骨の白さだけだった。


 仲間が待っている。


 時計を見た。八分経過。残り二十二分。

 植物園の捜索にどれだけ時間がかかるか分からない。

 間に合わせる。なんとしても。


 兎乃は再び、一歩一歩と足を踏みしめながら歩き出した。


 何かの記憶。限られた時間。そして蓄積する疲労。

 それらが兎乃の注意力を下げていた事実は否めない。


 兎乃は気付かなかった。


 侵入者に気付いたAFの防衛本能が動き出していることに。

毎日20:30に更新予定です。

明日は第16話を投稿いたします。


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