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第14話「AF-08d78:エターナル・ドライフラワー/ep3」

■第14話「AF-08d78:エターナル・ドライフラワー/ep3」



 兎乃は現地指揮所の医療テントに運ばれ、応急手当と検査がされた。

 身体に異常はないが精神的に消耗していると判断され、屋外用のベッドで横になっている。


 人間として助けたのか、まだ使える道具を修理したのか、どちらかは分からない。

 だが、結果としてG.S.P.Tは月華の要請に応えた。

 隊員同士で声を掛け合いながら兎乃を担架で医療テントへと運ぶ隊員を、月華は複雑な気持ちで追った。


「……G.S.P.Tも、使えねえって訳でもないな」


 ベッドの横に折り畳み椅子を持ってきて座っている月華が、ふてくされたような声色で言った。

 無線周波数は第三班のものに戻しているため、本人たちに聞かれる恐れはない。


 もっとも、少し周りを見渡せばそこかしこに隊員がいるので、今の軽口も聞かれたかもしれない。

 素直だか素直じゃないんだか分からない子供のような態度の月華に、兎乃は苦笑した。


「ごめんね、私のために」


 謝る兎乃の体調が確実に良くなってきているのを見て、月華は嬉しそうに手を振った。


「気にすんな。大したことはしてねえさ。……まだ仕事があるかもしれねえしゆっくり休んどけ」


「うん、そうだね」


 兎乃が『死に戻って』得た情報を元に、守屋はSPOOと協議中だった。

 二人は束の間、仕事を忘れて心身を休めていた。



 * * *



「話は着いた。AFが菌糸状なら、焼却するのが妥当だろう。直接触れなければ害がないのなら、防護服があれば対処は難しくない。モール全体の焼却も、装備と人手があれば明朝には片付きそうだな」


 SPOOとのやり取りを終えた守屋は、隊舎の通信室で波瑠と話していた。

 一仕事終えたと体をほぐしていた守屋は、端末の前で波瑠が険しい顔をしているのに気付く。


「あとはSPOOの仕事だ。明日のニュースを想像すると気が滅入るが。……どうした波瑠。気になることでもあるのか?」


 波瑠は隣に立つ守屋に視線を向けないまま、頭の中を整理しながらぽつりとつぶやいた。


「……計算が合わないんだ」


 波瑠の言っている言葉の意味が分からず、守屋は眉を寄せた。

 だが、守屋は波瑠を信頼していた。だから聞く価値がある。そう判断し、抜いた気を入れなおす。


「何の計算が合わない」


「……アレが発生した瞬間、モールの中にどれぐらい人がいたと思う?」


 守屋は椅子に体重をかけ、ざっと計算する。


「ふむ、ビル管理と警備員が十人から二十人。テナントひとつにつき従業員が三、四人。レストランなら十人としよう。一階あたり十のテナントが入っているとして、テナント数は百。レストランが十店舗なら合計百人で、残り九十店舗は平均三人として二百七十人。平日夜七時の来客数は……よく分からんが三百人から五百人ぐらいか?」


「だとすると概算七百人から九百人ぐらいになる。前提の確認なんだけど、これらの人は全員犠牲になったと考えるのが自然だよね」


「……ああ、そうだな」


 目の前にいる波瑠は冷静に話しているが、胸の内を思うと守屋は複雑な気分になる。


「仮に八百人としよう。で、あのAFが全員殺した。一体何のために?」


「兎乃君の『記憶』を頼りにするなら、喰った、ということになる」


「そう、喰った。つまり養分だ。エネルギーと言ってもいい。……だけど、人間八百人分の養分は、あのコロニーには過剰すぎる」


「……どういうことだ」


 守屋が不穏な方向に進んでいく話に、本腰を入れる。

 波瑠は、この件をこれで終わりにしてはいけないと言っている。それを理解した。


「俺はあのモールを菌一種によるひとつのコロニーだと考えたんだ。アレが菌を模しているなら、生存と増殖を第一の目的としている可能性は高い」


「だから栄養源として人間八百人を喰った、と」


「人間を喰い、増殖し、それを繰り返しモール内を喰い尽くした。そこまではいいんだ。だけど、それだと今、アレがあのモールから出てこない理由がない。アレは八百人分の栄養で更に増え、市外へと浸食していないとおかしくなる」


「一理ある。だが、理由はどうあれ我々にとって好都合じゃないか? 外に出てきてくれないおかげで、焼却範囲も少なくて済む」


「……最悪のケースを考えたいんだ。これ以上、AFの犠牲者を一人でも増やさないために」


 波瑠の手が強く握られるのを守屋は見逃さなかった。

 普段淡々としている波瑠がこうして感情を表に出すのは珍しい。


 だが守屋は驚かない。波瑠がAFを憎む理由を、守屋は誰よりも理解している。

 二年前、波瑠だけが助かった事件のあとから、その炎は消えることなく燃え続けている。


 だから守屋は、波瑠の考えを切って捨てる訳にはいかない。そう判断した。


「分かった。考えよう。お前の考える最悪のケースはなんだ?」


「……アレが生存と増殖を『やめていない』ケース」


「だがアレは現実問題として外に出てきていない。地下もないぞ。丁寧に地下フロアやバックヤードでぴったり浸食が止まっていることは聞いている」


「じゃあ、空はどうかな。菌自体は飛べないけど、菌には『飛んで株を増やす方法』がある」


 波瑠がくるくると指先を上に向けて回す。

 その先を察した守屋が机に体を乗り出した。二人だけの通信室にドン、と机を叩く音が響く。


「……なるほど、胞子か!」


 波瑠が頷く。


「アレは食事を終えて、繁殖期のような状態にいるんじゃないかな。だとしたら、余っているとしか思えないエネルギーの使い道にも納得がいく。――納得がいってしまうんだ」


「胞子嚢がどこかで着々と育っている。確かに考えるだけで最悪だな。だがうちに第一班と第二班を含めても、誰もそのようなものは見ていない」


「つまり量産ではなく、一点集中型。名前にするなら『胞子嚢核』――胞子を生み出す中心核のようなものがある可能性が高い。……もしそれが成熟し、胞子をばら撒いたら」


「未曽有の大惨事になるな」


 ショッピングモールひとつを短時間で喰い尽くす菌の胞子が、無数に拡散する。


 糸納市を中心に、歴史的にも稀な規模のバイオハザードが起きることは間違いない。


「クソッ。悠長に構えてもいられなくなったな。SPOOに連絡しよう。……だが、それだけでいいのか? 本当にそれが最善か?」


 自問自答する守屋を波瑠は見た。表情に苦悩が見て取れる。


 あの表情は知っている。命と命を天秤にかける時の表情だ。

 守屋が決断を下す時、その表情を見るのは波瑠だけだった。だから、養父の苦しみは波瑠にも分かった。

 だから波瑠は、義父の苦しみを少しでも軽くできればと、そう願って口にした。


「……何が最善だったかは終わってからじゃないと判断できないけど。俺は義父さんが正しい決断を下せる人だと、信じてる」


 守屋ははっとした顔で波瑠を見て、それからわずかな間だけ表情を緩めた。

 すぐに険しい顔つきに戻った守屋は、今度こそ通信機に手を伸ばした。


「……波瑠、後で相談がある。僕は最善を尽くす。お願いだ、手伝ってくれ」


 守屋が通信機を操作しながらそう言うのを波瑠は少し驚きながら聞き、「了解」と返答した。



 * * *



『SPOOは、ドローンによる爆撃で一帯をAFごと焼却することを決定した。遅くとも二時間後には実行される。二次封鎖線内はまとめて危険地帯になる』


 現地指揮所の医療テントの隅で待機していた二人へと、守屋が経緯を説明している。


『二人の仕事は終わりだ。R1R2は隊舎まで帰還しろ』


「班長、二時間で胞子が飛ぶ前に間に合うんでしょうか」


『不明だ。だがそれ以上に早く、確実に対処できる方法がない』


「仮に胞子が撒かれたら隊舎は安全なのか?」


『保証はない』


「はっ、保証はない。ね」


 月華は苛立ちと諦めの混じったような声色でそう言うと、今まで堪えていたタバコを取り出して火を付けた。


「そんじゃ、命令も出たしあたしらは帰っか」


 一口ゆっくりとタバコを味わってから、月華は兎乃に声をかけた。


 兎乃が医療ベッドに腰をかけたまま、考え込んでいることに気付く。

 月華が再度声をかけるより前に、兎乃は守屋に向けて聞いた。


「……守屋さん。その胞子嚢核っていうのは、爆弾じゃないと壊せませんか?」


「おい、お前……」


 月華が怪訝そうな顔をする。


「火炎放射器とか、ガソリンをかけるとか……そういうのじゃダメなんでしょうか」


『……兎乃君。何を考えている』


 守屋が兎乃に問う。

 それは純粋な疑問ではなく、自分が何を言っているか理解しているのか、という意味である。


 兎乃の声は震えている。

 それは自分の死を恐れる震えであり、友人の死を恐れる震えだった。


 兎乃は考える。

 自分は死んでもやり直せる可能性がある。


 もちろんできるなら死にたくない。

 慣れることなんて絶対にない苦痛。次はないかもしれないという恐怖。


 でもそれは、耐えられる痛みだ。血反吐を吐いても、立ち上がれる苦しみだ。


 でも、月華は違う。

 兎乃の観測している世界で死んだ月華は、二度と生き返ることはない。


 それは耐えることのできない絶望だ。


 兎乃は、自分自身が死ぬことより、月華が死ぬことを恐れていた。


「わ、私一人なら、胞子嚢核まで『生きて』辿り着けます。多分、誰よりも早く」


「バカ野郎! ふざけるなよ!! どうしてラビがどこまでやる必要がある!」


 そして、誰よりも早く反論したのも月華だった。

 跳ねるように立ち上がり、兎乃を怒鳴りつける。


「そもそもあたしらには関係ない! 分かるか? 関係ないんだ!! 勝手に連れてきて! 道具扱いして! 死ねば交換すりゃいいと思ってやがる! そんな奴らのために、なんでお前がそこまで背負わなきゃならない!!」


 月華が力任せに折り畳み椅子を蹴り飛ばした。

 ガシャン、と音を立てて椅子が倒れ、あとには月華の荒い呼吸が響いた。


「……この世界に、そんな価値なんてねえんだ……!」


 雑ではあるが性根は世話焼きの月華がここまで激昂する姿を、兎乃は初めて見た。


 恐らく、月華は立場上言ってはいけないことを言っている。

 相手によっては聞かれただけでも月華の生死に関わりかねない、危険な発言。


 だが、守屋は何も言わなかった。


 答えたのもまた、兎乃だった。


「……でも、この世界にはユエがいるから。だから、私が命を懸ける価値は、あるんだ」


 月華は息を呑んだ。


 立ったままの月華を見上げる兎乃の表情は、怖がっていて、そして優しかった。


 声と手は見て分かるほど震えているのに、兎乃がもう決断したことが、月華にも分かってしまった。


『……兎乃君、本気なんだな』


「……はい。やれるだけやってみたいんです。やらせてください」


「ふざけるなよ。だったらあたしも行く。ラビ一人にはやらせねえぞ。お前らはさっさと逃げればいい」


 月華が息巻いて言い切る。


 月華の言は矛盾している。

 月華を死なせる確率を減らすために兎乃は自分の身を危険に晒すと言った。

 そして月華は、兎乃が危険を冒すなら一人では行かせないと言った。


 お互いが大切だからこそ起きる矛盾。二人は共に引くことができない。


 月華がヘッドセットを放り投げようと手をかけたとき、無線からどこか嬉しそうな声が届いた。


『……君たちは、本当にいいバディだな。二人とも聞いて欲しい。実は、僕と波瑠で考えた作戦がある。

 本当は波瑠に手伝ってもらって僕だけでやるつもりだったんだが、月華と兎乃君が協力してくれるなら、より現実的になる』


 守屋の声は、諦めた人のそれではなく、抗う人のそれだった。


『だから、二人の力を貸してくれ。お願いだ』


「……守屋さん」


「……勝算があるのか」


『ある。僕はあと五分足らずでそっちへ着く。だから、今のうちに作戦を説明する。いいか?』


 守屋は返答を待たない。

 二人がすでに耳を傾けていると知っているからだ。


『波瑠の推測だと、胞子嚢核は広く開けている場所にあるはず。あのモールにはうってつけの場所がある。屋上の植物園だ。今、僕は隊舎からあるだけの防護装備を持ってきている。それとそっちに着いたらG.S.P.Tが用意している装備をいくつかもらうつもりだ。具体的には狙撃銃と焼夷徹甲弾。それとテルミットカートリッジ』


「テルミットカートリッジ……ですか?」


『ああ、溶接とかに使われる技術を使ったやつだ。要は超高温発火装置だ。三千度ぐらいに達する。過去何度か使用例があったのを知っていてね』


「そう都合よく持ってきてるのか?」


『間違いない。これだけの規模の展開をしておいて、G.S.P.Tが過去実績のある装備を用意しないはずがない』


 守屋は迷わずに断言した。

 ならば月華と兎乃にそれ以上異を唱える理由はない。


『続きだ。人員を捜索と狙撃の二つに分ける。捜索員が植物園に入り、胞子嚢核を探し出し、テルミットカートリッジを設置する。それから狙撃員が焼夷徹甲弾で胞子嚢核を撃てば、カートリッジへ延焼するはずだ。胞子嚢核さえ焼き切れば最大の危機は脱すると思っていい。これが、最も早く胞子嚢核を処理する、一番現実的な手段だと判断した』


 少しずつ具体性を帯びていく対策に、兎乃の中に希望が芽生え始めた。

 できるならやりたい。大切な人を死なせないために。


『狙撃位置は波瑠が策定済みだ。モールの北にある百貨店の屋上だ。距離はおよそ八十メートル。狙撃は月華、スポッターと指揮は僕がやる。兎乃君、申し訳ないが、やはり君が一番辿り着ける可能性が高い。胞子嚢核の捜索を任せてもいいだろうか』


「……はい、班長。任せて下さい」


『すまない……ありがとう。胞子嚢核さえ破壊できればゆっくりとコロニーの対処をする時間が確保できる。そうなればSPOOもより穏便な処理方法を取れるだろう。市街地の一画を焼け野原にしないで済むなら、それに越したことはない』


「にしてもあたしらが動くの、よくSPOOを説得できたな?」


『そっちにすればタダ同然なんだからやるだけらせろと押し切ったよ。期待はされてないさ。だからこそ、SPOOの間抜け面を拝むのが楽しみだよ』


 皮肉っぽく言った月華の言に、守屋もまた皮肉を込めて返した。


「はっ。いいね、同感だ」


『作戦内容は理解したな。いいか、時間制限は三十分だ。それ以上経つと我々が退避できなくなる恐れがある。各位、質問はあるか? なければ僕が着き次第すぐに行動開始する』


「R1了解!」

「R2了解しました!」



 * * *



「ああそうだ、ラビ。こいつ持っててくれ」


 無線でのブリーフィング後、月華はマイクをオフにしてからそう言い、ポケットから何かを取り出して兎乃に放り投げた。

 兎乃が両手でキャッチしたそれは、月華が愛用しているオイルライターだった。


「ユエ、これ」


「終わったら取りに行くからさ。……ラビ、あたしはお前がいいんだ。バディは他の誰かじゃなくて、お前がいい」


「私も、ユエがいいな」


「……なあ、もし二人で自由になれたら、二人で世界を見て回ろうぜ。バイク買ってさ、ラビ後ろに乗ってくれよ」


 それは、叶うことのない夢物語。


 だから兎乃は、驚きながらも、笑って頷いて見せた。


「……いいね。私も色んなものを見たい。ユエと二人で」


「約束だ」


 月華は兎乃の顔を自分の方によせると、額と額をそっと触れ合わせた。

 月華の額は熱く、兎乃の震えを静かに受け止めていた。

毎日20:30に更新予定です。

明日は第15話を投稿いたします。

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