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第12話「AF-08d78:エターナル・ドライフラワー/ep1」

■第12話「AF-08d78:エターナル・ドライフラワー/ep1」


 年末、そして新年を異世界で迎え、一月も後半に入った頃。

 隊舎地下の訓練室で、兎乃と月華は午後最初の日課であるトレーニングをしていた。


 多くの時間を隊舎に軟禁されているSPRRU隊員は基礎体力を落としやすい。

 それゆえ、二人はランニングマシンをメニューの第一に設定している。


 この三ヵ月で兎乃の体力はかなり向上した。

 最初は十分も走れば満身創痍だったが、今では合計一時間以上のランニングをこなせるようになっていた。


 そんな兎乃だが、今日も横で走る月華を驚きと呆れの混じった目でチラ見してしまう。


 二ヵ月前、バイククラッシュから兎乃を庇い重傷を負った月華が走っている。

 その事実だけでも驚異的なのに、ペースは既に今の兎乃を越えるレベルまで戻っていた。


「ユエ、無理しなくていいんだよ?」


 それは気遣いというより、じゃれあいに近い言葉だった。

 怪我の快癒は喜ばしいが、それはそれとして月華より『動ける』という事実が面白くなかったと言えば噓になる。

 つまりこれは、兎乃の敬意と友情と、あとちょっとの嫉妬からくる月華への甘えに他ならない。


「まだまだ、ようやく八割ってトコだ」


 返す月華の言葉は裏がなく、兎乃の諧謔に気付く様子はない。

 自身の体が自由に動くという事実が素直に楽しいのだろう。


 この二ヵ月、月華はままならぬ生活に辟易し、兎乃はそんな月華を喜んで世話していた。

 その反動か、月華は自身の宣言通り、全治三ヵ月の怪我を二ヵ月で回復させた。


 三十分のジョギングを終え、兎乃が呼吸を整えている間に、月華は筋トレへとメニューを移す。

 楽しそうに筋肉を傷めつける相棒を眺めながら、兎乃は「医者が人間の回復速度じゃないと真顔で言った」と笑っていた守屋の顔を思い出した。


 守屋さん。やっぱりこの人、人間じゃないかもしれません。



 * * *



 そして月華が最低限の運動能力を取り戻したのと同時に、第三班の現場業務復帰の時が来た。


 フル装備で即時出動。


 そう守屋から命じられた兎乃と月華は、糸納いとの市へとバンで向かっている。

 時刻は夜中の九時。あたりは完全に夜闇に飲まれている。


 移動中の時間を使って、守屋から状況説明が二人にされる。


『今回の出動命令はいつもとやや状況が異なり、既にG.S.P.Tが展開済みだ。SPOOも関係各所と連携し、大規模な工作を実行している』


「なんじゃそら。あたしらが出張る必要ないんじゃねえの」


 いつも通り喫煙しながら運転している月華は、タバコを咥えたまま器用に喋った。


 月華の疑問はもっともだった。

 繰り返しになるが、そもそもSPRRUはG.S.P.Tの先兵に過ぎない。そしてG.S.P.TはSPOOの実働部隊である

 常識的に考えれば、SPOOとG.S.P.Tが動いている以上、SPRRUの出る幕はない。


『規模が問題でね。糸納ピアッツァというショッピングモールがあるが、約二時間前を境にモール内からの連絡が全て途絶えた。何があったかは全く分かっていない。ある時を境に、文字通りあらゆる連絡がひとつもされていない。施設管理者、テナント従業員、そして一般客。全員の安否が不明だ』


 兎乃は思わず息を呑んだ。

 AFの脅威は身に染みて理解している。

 SPOOまで動き出したこの状況下で二時間安否不明、それは全員の生存が絶望的と言って間違いない。


 兎乃はその被害が生み出す悲劇を想像することを意識的にやめ、実務面のみに思考の幅を絞る。


「……民間人の注目は避けられませんね」


『そういうことになる。なのでSPOOはもう天地をひっくり返した騒ぎになっている。付近の民間人の誘導、交通規制、報道機関のブロック、挙げればキリがない。対外的にはバイオテロか、不慮の大事故か。内閣官房まるごと忙殺されてるだろうな』


 状況は理解した。

 次は自分たちの仕事の話になる。


「で、そのAFはモールから出てこねえのか?」


『現状、被害はモールの中だけに限定されているらしい。出てこないのか、出れないのか。いずれにしろ内部の状況が全く分かっていないのが問題だ。AFの姿そのものも特定されていない』


「つまり、それが私たちの役目ですね」


『そうだ。既に展開しているG.S.P.Tが動くまでにできる限り中の状況を調べる。与えられた時間は、せいぜい一時間あるかないかぐらいだろうな』


「時間制限付き、監視付きってこった。面白くねえ」


「SPRRUからはうちだけですか?」


『第一班と第二班も投入されるが、連携は期待するな。各班、正面入り口、従業員出入口、物資搬入口のそれぞれから調査するよう指示が出ている。我々は正面からだ。突入後も各班個別で行動することになる。……質問はあるか?』


「班長、モールの状況については全く情報なしなんでしょうか」


 兎乃の発言に対し、守屋は無線では珍しく言葉に詰まった。


『それが……僕もあんまり理解できていないんだが。「一面の雪化粧」だそうだ』



 * * *



 ショッピングモールの周囲は、二重の封鎖線で隔離されていた。


 モールの周囲二百メートルほどの距離を一周するように敷かれた外周封鎖線は、民間人や報道を食い止めるものである。

 一般の警察官によって構築されており、封鎖に当たっている彼らもそれより中の本当の事象は伝えられていない。


 月華はそんな外周封鎖線の一画までバンを進めると、近寄る警察官に合わせて運転席の窓を開けた。


「警察庁刑事局、特対です。区分Dの十六」


「D十六確認。通過どうぞ」


 守屋から伝えられていた符丁で一切の問題なく外周封鎖線を越える。

 二次封鎖線は、モールそのものに近付かないように設けられたもので、モールからおよそ五十メートルに敷かれている。


 この二次封鎖線の手前、モール正面入り口にあるバスロータリーに、現地指揮所が設営されていた。

 大きなタープが三つ設営され、それぞれ用途別に機材や物資が詰まれ、武装済みの隊員が行き来している。

 ざっと五十人いないぐらいだろうか。兎乃は初めて見る物々しい雰囲気に、やや気圧されていた。


 バンを隅の車両用スペースに停め、二人は降車した。

 その間、会話はない。兎乃の目には、どこか月華が苛立っているように見えた。


『指揮所本部に現場指揮官がいるはずだ。到着報告をしてくれ』


 守屋からの指示を受けながら、兎乃は月華に着いていく形で現場指揮所の中を歩いた。

 一つは医療テントで、一つは装備物資の集積所兼待機所、そしてもう一つがアンテナがごてごてと天井から伸びた車両に隣接した、指揮所本部だった。


 途中、特殊部隊の隊員何人かとすれ違ったが、彼らは月華と兎乃に構わなかった。

 そこに任務中であるという理由以外の別の意図が含まれていることを、兎乃は肌で感じる。


 二人は無言のまま、指揮所本部に到着した。

 カーキ色のタープの下、複数の長机を合わせて作られた大きなテーブルに、小型の無線や複数のモニタ、周囲の見取り図などが散らばっている。

 二人の通信手が外部との通信を維持する他に、壮年の男が立ったままテーブルの見取り図を見下ろしていた。


 恵まれた体格に鍛えられた肉体が、装備の上からでも分かる。

 月華はその男に近付くと、敬礼しながら声をかけた。


「SPRRU第三班、到着しました」


 男は動かず、目線も動かさない。

 数秒の沈黙ののち、男は姿勢を動かさないまま月華に言った。


「SPRRU第三班、モール正面口から進入し情報収集。進入後の通信はUHF、四三四.六メガヘルツを使用しろ。以上、行動に移れ」


「……了解」


 声色に不快の二文字が混ざり始めている月華は、吐き捨てるように言うと踵を返した。

 早足で先を行く月華を小走りで追いかける兎乃。


「ユエ、あの人は」


「G.S.P.Tだよ。SPOO直轄の実働部隊。分かるかラビ。あいつ、切り上げ時について指示しなかった。あたしたちが当然消耗する前提で、しかもそれを繕う必要性すら感じてねえ」


 ここに来てから月華が不機嫌だった理由はもはや疑いようもない。


 人間扱いされていないことに対する怒り。

 それは当然のことであり、また同時にどうしようもない事実である。


 だから、兎乃は月華になんて声をかければいいか、分からない。

 月華は月華で、兎乃に愚痴を吐いたことを後悔しているようだった。ばつの悪い表情で言葉を継ぐ。


「……悪い。分かってても、ムカつくもんはムカつくんだ」


 周囲には相変わらずG.S.P.Tの隊員が行き来しているが、彼らの温度を感じられない。

 これだけ周りに人間がいるのに、味方は月華しかいないことに気付き、兎乃は薄ら寒く思った。


 無線の向こうで、守屋が苦しそうに息を吐いた。


『……すまない』


 余計な飾りのない、一言だけの謝罪。

 守屋自身が、この状況を苦々しく思い、かつ無力感を覚えていることを兎乃は理解した。


「前も言っただろ、あんたのせいじゃねえよ」


 月華の返答は、先ほどの態度とは打って変わってとても落ち着いていた。

 兎乃は何も言わなかったが、無線の向こうにも味方がいることをあらためて実感し、どこか救われた気がした。


「さて、気持ち切り替えて仕事しますか。……にしてもこれは、まーた凄ェことになってんな」


 二人は二次封鎖線を通り過ぎ、モールの正面口付近まで近づいていた。

 距離にして二十メートル弱まで来ると、十階建てのモールはとてつもない大きさに映る。


 これは現場指揮所に着いた時から見えていたが、モール外壁のうちガラスの部分は、真っ白に曇っていて中は全く見通せない。

 だが実際に近付くと、異常がそれだけでないことは一目で分かった。


 モール内の電気は消えてしまっているため、奥は十メートルも見通せない。

 だが、正面口から見える範囲のモール内部の、床、壁、天井。その全てが真っ白に染まっている。

 更に奥も同様であろうことは、想像するに難くなかった。


 『一面の雪化粧』。


 確かにそれは、そう表現するのが一番適しているように、兎乃には思える。

 それと同時に、その光景に背筋がぞっとしていることを兎乃は自覚した。


 ――あの雪原には、命の影が無い。


 どんな理屈か、その白さはモールの内側から出てくることはないようだ。

 見える限りあらゆる出入口を境に、モールの中と表現できる部分だけが見る限り全て白一色に変貌している。

 恐らく、外周全てを回っても同様の光景が続いていることだろう。


『波瑠、どう見る』


 守屋は隊舎に共にいる波瑠に無線にも乗せて問いかけた。


 普段は使わない装備だが、兎乃と月華の肩には無線の小型ライブカメラが取り付けられている。

 守屋と波瑠も、視覚情報としてこの光景を見ているはずだった。


『……まだなんとも。近づいてみるしかないと思う』


 状況分析も担うことになる波瑠の言に、月華が頷くのを兎乃は見る。

 月華はホルスターから拳銃を抜きながら、努めてラフな態度で無線に告げた。


「ま、そうなるよな。本部、R1R2、モールに進入する。いいな?」


『本部了解。R1R2、警戒を怠るな』


「R1R2了解。行くぞラビ。後ろは任せる」


「うん。行こう」


 月華がフラッシュライトの電源を付け左手に握る。

 兎乃も同様に拳銃とフラッシュライトを握ると、二人は白銀のモールへと歩き出した。

毎日20:30に更新予定です。

明日は第13話を投稿いたします。

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