番外編その3「楽しいお買い物の話」
■番外編その3「楽しいお買い物の話」
兎乃にはちょっとした楽しみの日があった。
それは、一週間に一度の、買い物の日である。
その日も、兎乃と月華は午前いっぱいの外出時間を使って買い溜めをするべく、隊舎近くのスーパーマーケットへと向かっていた。
駐車場にバンを停めると、助手席の兎乃が先に降りていく。
ご機嫌で元気いっぱいの兎乃に着いていきながら、月華はポケットに手を突っ込んだまま体を震わせた。
「ホント、ラビは買い物が好きだよな」
兎乃はスキップでもしだしそうな勢いで、歩きながら後ろを振り向いた。
「だって、これ以外に外出する機会もないじゃん。むしろユエがよく我慢できるなって私は意外に思ってるけど」
「前見ろ、前」
手のひらを振った月華に大人しく従って前を見る兎乃の横に並ぶように、月華は少し歩を早める。
「あたしは隊舎で運動できるから、割と満足してんだよな。ガレージもあるから機械いじりもできるし、コミックや映画はいくらでもじゃないけど買えるしな」
兎乃と月華の生活費は、当然二人の財布からは出ていない。
というより、二人には給料という概念が適用されない。
あくまでも義務的役務従事に課せられているという扱いで、身柄はSPRRUの管理課にある。
だから外出は管理責任者である班長の申請と、上の許可が無いとできない。
そして日用品の購入は、班の必要経費として処理されている。
だから、余計なものを買い込む余裕はほとんどなかった。
「で、今日のお目当てはなんだ?」
必然、買い物のスタンスは二通りに分かれる。
できるだけ沢山お得に買おうとするタイプと、買えないものは次回でいいやタイプである。
この二人で言うと、兎乃は前者で、月華は後者だった。
そして過去数回の買い物を経て、月華は兎乃に主導権を渡した。
それほど頓着のない自分が兎乃に合わせた方が早い。そう判断したのだった。
「卵と乳製品。それと基礎化粧品だね。あと食器洗剤が切れそうだからそれかな」
「へいへい。それじゃあ荷物持ち致しますよ、お嬢様」
「うむ、よろしく頼む!」
予算は七千五百円。兎乃の戦いがはじまる。
* * *
まずは今週特売の食料品から。
卵を一パック、牛乳とヨーグルトまでが日々消費する分。
それにおまけでスライスチーズを一袋。これが今週のお楽しみのひとつである。
月華が押しているカートに品物を入れながら、あちこち見まわる兎乃。
「これ、赤い卵と白い卵って結局何が違うんだ?」
「赤玉の方が栄養があるって言うけど、実際どうなんだろうね。まあ、今の私たちは安い方でいいのいいの」
「うーい」
卵と乳製品で、約六百四十円。
* * *
続いてそれ以外の食料品。
兎乃の主食は米であり、月華もそれに異を唱えることはない。
だが月華は朝食にサンドイッチを作ると喜ぶので、それを踏まえて分量調整する。
お米が二キロで三週間弱。パスタと薄切り食パン。
お肉は鶏と豚で我慢し、サンドイッチ用のハムを添えて、ヘルシーフードとしてお豆腐をイン。
「昔、トーフ・ベーグルってのを買ったことがあってよ。びっくりするよな。何の味もしねえの。無味無臭のヨーグルトって感じ」
積まれた三丁の木綿豆腐を見ながら、月華は懐かしそうな顔をした。
兎乃は豆腐を塗りたくったパンを想像し、げんなりした顔をした。
「お豆腐はそれだけでどうにかするものじゃないからね……でもお豆腐のポテンシャルは凄いよ。豆腐ステーキなんてレシピもあるんだから」
「なんだそれ。フェイクミートか?」
「ううん。お豆腐を香ばしく焼いてあげるやつ。作ってみようか」
「……あー、へえ、なるほど。いつものミソスープでいいよ」
「そう?」
主食と主菜で、約三千六百円。
* * *
お野菜は使いまわしの良いものを中心に、不足しているものをぽいぽいと。
この子たちは最悪カレーになるので、どうやったって無駄にならない。
「ラビお前、最悪カレーに入れればいいって思いながら選んでるだろ」
カートに入れられた玉ねぎ、人参、じゃがいもを見ながら月華がおかしそうに言った。
残りのレタスはサンドイッチやサラダに使うためのもの。
「お野菜を使いきれなくても気にしないユエさんには、カレーの偉大さが分からないんです」
料理は基本的に兎乃が担当している。
食に対して薄く広く好き嫌いがある月華に任せると、ラインナップが偏るためである。
幸い、出された分はきちんと消費してくれるので、兎乃はそれなりに満足している。
あとは定番のもやしと、いざという時の軽食に便利なバナナをひと房。
「果物は高いからそうそう買えないよね」
残念そうに言う兎乃の背中をぽんぽんと叩きながら、月華は無責任なことを言う。
「ま、我慢できなくなったら班長殿にお願いしようぜ」
お野菜と果物で、約千円。
* * *
ここからは日用品なので、最悪後日に回してもなんとかなる。
まずは割安基礎化粧品から。
厳選は兎乃に任せ、月華はびよんびよんと揺れる歯磨き粉のポップを眺めている。
そもそも外出がほとんどない上に、毎日午後にトレーニングメニューが入っているため、普段の化粧は必然的に薄くなる。
従って必要優先度は、シャンプー等の洗髪剤と洗顔料、そして次に残りの基礎化粧品、最後にメイクアップ化粧品の順になる。
シャンプーやボディソープはまだ残っているので、今週の予算から捻出できるのはこれぐらいか。
たっぷり悩んでから、兎乃はプチプラの化粧水と洗顔フォームの二点で断念した。
「ところでユエ、私が来るまでは化粧品ってどうしてたの?」
「石鹸とシャンプー」
「……お金は、かからないよね」
ナチュラル美人め、私がそれを保たせてやる。
謎の決意に拳を握りしめながら化粧品売り場を撤退。
二点で約千円。
* * *
その他、洗濯洗剤とティッシュペーパーで約六百円。
残った六百五十円が今週の嗜好品の代金である。
「そういえばユエ、タバコはいつどこで買ってるの?」
兎乃が見ている限り、一日一箱分ぐらいは吸っているはずだが、この買い溜め時間で買っている様子はない。
そもそもひと箱五百円以上するタバコを好きなだけ吸うのはどう考えても無理なはずである。
「企業秘密」
月華は謎のピースサインをしながら雑に返答した。
大方、守屋さんが装備費として別清算させているんだろう。
優秀な現場隊員への「ご褒美」としては妥当だと、兎乃も思う。
だけど、せめて、それがタバコじゃなくて、お菓子とかだったらなあ。
兎乃はそれが、ただ悔しい。
溜め息を吐きつつ、小分けされたチョコ菓子と紅茶のティーバッグを買って予算ぴったり。
今週の一週間分まとめ買いタイムは、一時間弱で終了となったのであった。
* * *
満足げな兎乃を助手席に乗せて、月華はバンを走らせながら帰途につく。
「お嬢様、今週もいいお買い物でしたか?」
「うむ、わらわは満足じゃ」
ふざけて言い合いながら、兎乃は腕を組んで二度三度と頷いた。
その時、「あ」と兎乃が突然声を挙げた。
「食器洗剤、忘れちゃった」
言われた月華も「あー」と思い出したように唸った。
確かに、買い物前に必要品として言っていたような気がする。
「ま、いっか。来週までちょっとずつ使おう」
「任せときな。あたしの腕の見せ所だな」
作るのは兎乃の担当、洗うのは月華の担当である。
「任せた」と笑う兎乃は楽しそうで、月華も買い物も悪くないと素直に思えた。
また、一週間が始まる。
本話は、2章と3章の間の、インターバルストーリーです。
本編とは関係のない、ある日の日常を描いた回になります。
本日は20:30に、もう1話投稿させて頂きます。




