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第11話「AF-08d49:ウェルカム・ホーム/ep6」

■第11話「AF-08d49:ウェルカム・ホーム/ep6」


 狐の石像、あらため『AF-08d49』の番号が付与されたAFを処理してから三日が経った。


 隊舎の自室で目を覚ました兎乃は、いつも通り身支度を済ませる。

 打ち身と捻挫は思ったより治りが早く、今朝はほとんど痛みがない。


 事務室へ向かう階段を下りながら、兎乃は少しだけ不安になる。

 あれだけ派手にバイクをクラッシュさせて、月華は本当に大丈夫だろうか。


「うぃーす」


 扉を開けた瞬間、聞き慣れた声が聞こえて、兎乃は思わず笑みをこぼした。


 右腕と右足をバンドやサポーターで固定されていて、自力で歩けないらしい。

 車椅子に座りタバコを吹かしている月華はそれでも元気そうで、兎乃はほっと胸を撫で下ろした。


「うわあ、凄いね……」


 なんと声をかけていいか分からなくなった兎乃はそう言って曖昧な表情をした。

 自分を助けた結果重傷を負ったのだから感謝の気持ちを示した方が良い気もするが、肝心の月華はそれを望まないだろう、と兎乃は判断した。


 兎乃は信じた。月華は受け入れた。

 ならこの怪我に誰の責任もない。藍月華とはそういう人間であり、兎乃の理解は間違っていない。


「鎖骨骨折。肋骨にひび。右足首骨折に靭帯損傷。他、擦過傷多数。しめて全治三ヵ月。十八回目の出動でついに、という感じだな」


「はっ、二ヵ月で治してみせらぁ」


 苦笑しながら怪我の具合を説明した守屋に対し月華はあっけらかんと言い放つ。

 多少の強がりも含んでいるだろうそれを、けれども兎乃は嬉しく思った。


「蓮見君も気をつけてくれ。こいつ、ちょっとした移動だと左足だけで自力で済ませようとするんだ」


「アホらし、トイレ行くぐらいでいちいち人の手借りてられっかよ」


 月華ならやることなすこと他人に世話されるのはイラつくだろうなと想像し、兎乃はくすくすと笑った。

 意外とおせっかい焼きの月華は、そのくせ自分が他人にお世話されると気恥ずかしくなるのだ。


「んなことよりAFはそのあとどうなった?」


 いつもより気持ち少なめの煙を吐きながら、話題を変える月華。

 守屋が、端末を起動させながら「それなら」と答える。


「公式には四件、蓮見君の分も含めて五件で、きっちり事故は止まったよ。まあ一、二週間は警戒態勢が続くだろうけど、うちがやることはないね」


 ひとまず事態は収束したという事実に兎乃は安心する。


「班長、あれは結局何だったんですか?」


「僕もあれこれ聞いただけだから詳しくは知らないけどね。どうやらそれなりに由緒ある道祖神らしい」


「ドーソシン?」


 月華が馴染みのない言葉を聞き返す。


「道案内の神様、ですよね」


「ああ。五童子は稲荷信仰が根強い地域だから、その眷族か何かかもね。道祖神は境界を守る神で、例えば交差点は『交わる』場所、即ち厄が入って来ると考えられていた時代がある。そういうものから内を守り、また先へ行く旅人が安全祈願なんかをしていたらしい」


「それが、首が折れてああなってしまった、ということでしょうか」


「どちらが先かは分からないけどね。折れたから捻じれたのか、捻じれたから折れたのか。蓮見君が元に戻したら収まったから、前者なのかな」


「で、SPOOはその神様どうすんだよ。ぶっ壊していいのか? あたしは知らねえけど、ここだとそういうのあんまりよくねえんだろ」


「難儀してるらしいよ。下手に触ったらより強くなって再発する可能性は十分あるだろうし。でもSPOOが潜在的なAFをずっとそのままにはしとかないと思うな。これは僕の偏見だけど、『多少の被害』が出てもそのうち回収するだろうね」


「まったく、仕事熱心でございますこと」


 月華が皮肉っぽく言う。


 他は分からないが、少なくともここ第三班のメンバーは民間寄りの思想が主流だ。

 だから損得勘定を第一にするSPOOのことは、基本的に皆うっすら好んでいない。

 とはいえそれも兎乃の見立てに過ぎない。他人の本心なんて分からないものだ。


「……そうだ。SPOOで思い出したんですけど。ユエがこれじゃあ、出動命令が来たらどうするんでしょうか」


 兎乃はふと思い付いて尋ねてみる。

 まさかお休みがもらえるとは思わないが、一人で行けとだけは言われたくない。


「バッカお前、このまま行くに決まってんだろ。あたしを舐めるなよ」


「そうなる前に補充要員が割り当てられるだろうね。月華は『再利用』とかいって僕も与り知らないところに連れて行かれるかな。三ヵ月も動けない転生者の回復なんて、SPOOは待っちゃくれないんだよ」


 ふざける月華を無視して重い事実を口にする守屋。

 月華の表情がすうっとなくなる。それは何かを覚悟した顔のように見える。


「……そうするのか?」


「したくないね。月華はもう十八回出動して生き残ってる超精鋭なんだ。気軽に『再利用』するなんてもったいない真似、しちゃダメでしょ。……という建前がSPOOによく効いてね。なんとか継続を認めさせたよ」


 やれやれといった様子で守屋がため息を吐いた。


「ひ、人が悪いですよ。隊長」


 不安になり始めていた兎乃が抗議する。守屋は弱った顔をしながら言う。


「ごめんね。でも覚えておいて欲しい。君たちはそういう立場にいるんだ。最後の最後に、僕は君たちを守れない。できることはもちろんするけどね」


「ま、それも仕方ねえさ」


 一瞬、研ぎ澄まされた氷の刃のように鋭く透明になった月華の顔も、いつも通り飄々としたものに戻っている。

 その表情の裏に何があるのか、兎乃は知らないし、できれば聞きたくもない。


「ともあれ、少なくとも怪我が治るまで月華は事実上お休みだ。蓮見君一人で出動させることもないと思う。SPRRUが『手を貸し合う』のはいつものことだからね」


 それはつまり、そのレベルで欠員が出ているということに他ならない。

 性根が真面目な兎乃は、どうしてもその度に意気消沈してしまう。


 一方の月華は既に割り切りが終わっている。動かせる左手だけで体を気持ちよさそうに伸ばす。


「さあて、折角のバカンスだ。有難く享受させてもらいましょうとも。ラビ、悪いんだけどあたしの部屋から適当にコミック取って来てくれねえ?」


「ええ、ユエ右手吊ってるのに?」


「片手がありゃ読めるだろ。でも不便っちゃ不便か。じゃあさ、気晴らしに外行こうぜ。ちょうど新作のアクションムービーやってるって聞いたんだよ」


「アクション……ムービー……」


 兎乃は少し困ったように眉を寄せた。


 映画。

 確かに、前に行ったことがある。今ではない、前の世界の話。


 経験はあるのに、具体的な思い出が浮かばない。

 両親と行ったのか、姉妹で行ったのか、友人と行ったのか、一人で行ったのか。


 前に見た映画の内容はどんなだったっけ。

 大分長い間、見ていない気がする。流行病があって、映画館に行かなくなって久しい。

 だから思い出せない。


「どうした? 映画嫌いか?」


「……ううん、そんなことないよ」


 兎乃は首を横に振り、考えるのをやめることにした。


「なあ守屋さん、それぐらいの恩賞もらっても罰は当たらないだろ。そうと決まれば行こうぜ、ラビ。まずは着替えさせてくれよ。こんなカッコじゃ目立って仕方がねえ」


 守屋が参りましたとでも言うように笑っている。


「いいよ、行ってきて。外出許可は出しとくから息抜きしてきなさい。蓮見君。月華の面倒見てあげて。君も楽しんで来たらいい」


「あ、はい。ありがとうございます」


 SPRRUのジャケットを肩から羽織っただけの入院着姿のユエに促され、兎乃は車椅子を押す。

 車椅子を押して事務室から出ていく二人を見送り、守屋は一人事務室に残される。


 扉が閉まる。

 車椅子の音が聞こえなくなってから、守屋は目をつむって腕を組んだ。



 守屋には、二人に言わなかったことがある。

 それは、AF-08d49の被害者の共通点だ。


 被害者の身元情報を並べて読んでいくうちに、守屋は理解した。


 老年の男性は、最愛の妻を五年前に亡くしている。

 会社員の女性は、大学入学による上京と同時に始まった、一人暮らしを共に過ごした愛猫を半年前に。

 営業の男性は去年、最愛の妻との間にようやく儲けた子が、流れていた。


 ――そして四件目は、三件目の男性の伴侶その人だった。


 夫の死のあと、妻もまた『何か』に導かれるように死んだという事実を知った時、守屋は自分がまた数年分は老け込んだように錯覚した。


 『何か』を追いかけて死んだ、四人の被害者。

 『美しく金色に輝く動物』という催眠余波の証言。

 「いかないでくれ」と死の直前に願った男。


 確証はもちろんない。

 だが、それらの共通点が突きつける推論はあまりにも筋が通っており、どうしても否定できない。


 ならば――


 なぜ蓮見君だった?


 蓮見君は、一体何を見た?


 守屋はその先を考えることを止めた。

 容易に踏み込むべき領域の話ではない。それだけは確かだったからだ。


 少なくとも、今はまだ知らせるべきではない。

 そう守屋は自分に言い聞かせ、疲れた様子で深く息を吐いた。


 自分の判断が正しいのかどうか、守屋にはまったく分からなかった。



 * * *



『個体番号:AF-08d49

 個体呼称:ウェルカム・ホーム(Welcome Home)

 形状:道祖神である石像

 分類:危険度中/ゾーン

 異能:半径二キロメートル程の範囲内から選んだ対象に幻覚を見せ、魅了する。

    また、魅了した対象を自身の元へ道案内しようとする性質を持つ。

    本体である石像の破損により境界石としての性質が歪み、

    「道案内した対象を死へ誘う」結果を出力するようになっていた。

    出力した結果に世界が引きずられ、辻褄を合わせるために『偶然の事故』が起きる。

 死因:対象の運命の書き換えによる存在修正にて事故死。

 起源:「境界の分岐点」を司り「旅の安全」を祈る。

 対処:本体の修復により無力化。安全な収容方法を検討中。』


これにて第2章は終了です。お付き合いありがとうございました。

面白ければ、引き続き第3章以降も、どうぞよろしくお願いいたします。


毎日20:30に更新予定です。

明日はインターバルストーリーを2話投稿いたします。

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