第9話「AF-08d49:ウェルカム・ホーム/ep4」
■第9話「AF-08d49:ウェルカム・ホーム/ep4」
「……十四箇所か。少し多いな」
波瑠がリストアップした地点が記された地図を四人で眺めながら、守屋が頭をかいた。
「この他に、無数の住宅も範囲に含まれる訳だけど」
「住宅は昼間から調べる訳にもいかないからな。……同様に学校も無理だな。SPOOのバックアップがないと面倒だ。二人がうろうろしていても問題ない所から潰したい」
「なら水道局の施設もダメなんじゃねえの」
「そこは人の出入りも多くないだろうし、警視庁の名前を使えば入れるだろう。とはいえ、積極的にやりたくもないな」
「じゃあ、残るのは神社やお寺、公園、お店ですか」
「まずは神社仏閣と公園からにしよう。自由に動けるところからだ。それから河川敷と橋も念の為。最後に商業施設。日が落ちる前ならこれぐらいが限界だろう」
「夜は動かねえのか?」
「リストアップ内にいる保証すらないんだ。持久戦も見据えて動く以外にあるまい」
「ま、今は何もしないよりマシってレベルか」
「その通り。実際にどこから回るかは二人に任せる。もしAFの催眠が疑われた場合、バディの安全確保に努めろ。僕の予想なら、二人同時に意識まで支配される確率はまだ低い」
「……班長、万が一AF本体に遭遇した場合は」
「できる限り処理しろ。今やらなくてもどうせやれと言われることになる。なら早い方が被害を少なくできる」
SPRRUは所詮先兵に過ぎない。
もしここで月華と兎乃が『消耗』しても、それはSPOOにとっては問題にならない。
いや、むしろラッキーだとすら考えるだろう。『カナリアが石を見つけて死んだ』と。
ようやく兎乃にも分かってきたが、それが転生者の扱いなのだ。
納得はできないけど理解はできる。兎乃は何も言わずに頷いた。
「藍了解」
「蓮見、了解しました」
「波瑠は引き続き網を監視。SPOOの動向も抑えておけ」
「了解」
「よし、速やかに行動開始しろ」
* * *
時刻は十四時を回った。
兎乃と月華は本日二度目となる五童子市内への移動を経て、第一目的地の承宝寺に来ていた。
月華はやや旧式だが十分使える性能の中型バイクを路肩に停める
兎乃は月華より先にバイクから降りると、ヘルメットを脱いだ。顔に当たる外気が心地よい。
完全にエンジンを停めた月華も後に続く。エンジンキーを抜き、ポケットに放り込んだ。
「悪くないだろ、二輪」
月華は気持ちご機嫌だった。どちらかというと車よりバイクの方が好きらしい。
鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気で、二つのヘルメットをワイヤー錠を使ってバイクに繋ぐ。
「こっちの方が小回りが利く」という理由で月華がガレージの隅から引っ張り出したバイクだが、実際には趣味が半分ぐらいかなと兎乃は見当をつけている。
黒いジャケット姿の二人が寺に入る。
人の出入りはほとんどないが、かといって怪しまれることもない。
昼間かつ人払いも当然できていないので、二人ともプレートキャリアを着ていない。
ホルスターも右腿ではなく、肌着の上の左脇に忍ばせており、上からいつものジャケットで隠している。
兎乃としてはやや心許ないが、そもそもAFに対しての信頼度も高くないし、と月華は気にしていない様子だった。
承宝寺はこの国においてはそれほど珍しくない、住宅地に溶け込んだ寺であり、敷地はそれほど広くない。
入り口からまっすぐ石畳が続き、正面奥に本堂と絵馬掛。右手に順に駐車場と稲荷堂。左手には墓地がある。
日本出身の兎乃としては見慣れた光景だが、月華にとってはあまり馴染みがないらしい。
そう広くない敷地内をきょろきょろと見回している。
「それで、具体的にはどうするの?」
「ぐるっと一周すりゃいいよ。この前のラジオみたいに、大体のAFは近づくと勝手に反応する。だからあたしらは周りを見ながらに歩き回りゃいい」
ポケットに手を突っ込んでリラックスしながら月華が言った。
方針としてはとても雑だが、まあそういうものなのかと兎乃も深く考えずに納得する。
参拝、もしくは墓参りに来たかのだけのように、各施設を眺めて回る。
その間、稲荷象や絵馬、墓石などひとつひとつに注目してみたが、異常や違和感は何もなかった。
もののニ十分程度で全体を見終ってしまう。
「ここじゃねえな。この調子で回ってくぞ」
もちろん兎乃に異論はない。
月華がタバコを一本だけ吸う時間を設けてから、再び二人でバイクに跨り移動する。
そんな調子で、二人はリストアップされた寺社仏閣を回った。
一つ。二つ。三つ。一箇所にかかる時間は短いが、移動も挟むため時間だけが過ぎていく。
そのまま収穫はなく、三時間ほどが経った時。
七つ目のポイントの調査中に、現場ではなく隊舎の方で先に動きがあった。
網を監視していた波瑠が、突如として無線に声を乗せた。
『守屋さん、四件目が出たらしい。警察が事故で動き出してる。クソ、ペースがどんどん早くなってやがる』
『面白くない展開だな。明日にはもうSPOOも動きそうだ。波瑠、情報を聞き漏らすな。被害者の動線が把握でき次第リストを更新。R1R2、ひとまず今日は次で最後にしろ。上とかち合うのは避けたい』
「だとさ。さっさと行って終わらせようぜ」
「……ユエ、あれ」
無線に対して心あらずだった兎乃が、調査中の公園の隅を指差す。
公園を囲むように植えられた木のうちのひとつ、その根元に金色に輝くウサギがいる。
距離にして十メートルほど。こちらの様子を伺うように、微動だにせず兎乃を見つめている。
「なんだよ。木がどうした」
月華はうろんげに兎乃が指差す方を眺めている。
「え、あそこに金のウサギが」
それを聞いた瞬間、月華は途端に顔を険しくして兎乃の目を塞ぎ、抱き着くように胴を抑えた。
兎乃の指差す方向の木の周りには、月華が見る限り間違いなく『ウサギなどいなかった』。
「見るな。惑わされるぞ」
月華はAFの幻惑だと断定している。兎乃も同様にそう思っている。
だが兎乃の中に逆らい難い感情が湧いてくる。追わなくちゃ。あのウサギが逃げてしまう。
「ユエ、離して」
「馬鹿! お前、今日二回目なんだぞ!」
兎乃は無理やり抗おうとはしなかった。その代わり、両手で自身の目を抑える月華の手に触れる。
「ううん、やっぱりあれ自体に害意はないよ。分かるんだ。まるで自分のことみたいに。あの子は、私に着いてきて欲しいだけ」
そう言って、そっと月華の手をどけた。
月華はまだ兎乃の体を抱いてはいたが、目隠しをどける動作に逆らいはしなかった。
兎乃の視界に、再び金色のウサギが映る。
よかった。まだ逃げていない。兎乃は心の底から安堵する。
それと同時に、今逃がしたら二度と会えなくなる。絶対に見失ってはならない。という強い焦燥感に襲われる。
兎乃が無意識に一歩足を踏み出す。
月華が抱えているにも関わらず、その体がわずかに前に進んだ。
「ラビ、やめろ!」
理性と感情が剝がされていく感覚がある。
こうなった時、自分の理性がどれだけ脆いかを、兎乃は身をもって体験している。
やっぱり、見てしまうと幻覚に溺れてしまいそうだ。
なら、直接見なければどうだろう。あれが私の『視覚』ではなく『意識』に働きかけているなら、『見ず』とも『感じる』はず。
そう考えた兎乃は今度は自ら目をつむった。
ウサギの存在を、意識だけで掴むように集中する。
瞼の閉じた何も見えない世界に、わずかに光る筋が浮かんでくる。
その筋はある一点で複雑に集まり、小さな球を作っているように見えた。
いた。あのウサギだ。
今すぐ月華は振りほどいて走り出したい衝動に襲われるが、手を握りしめて堪える。
「……ユエ、私を連れて行って。ウサギが案内してくれる。耐えるだけなら、もうしばらく自分を留めておけそうだから」
「でもラビ、追いかけたら死んじまうだろ!?」
こうして問答する間も理性で感情を制御しながら、兎乃は首を横に振った。
「あれと事故は、やっぱり別物だと思う。ユエ、私はあの子を感じられる。でもそれに集中してないと、すぐに自我を失うと思う。だから私が耐えてるうちに、私というレーダーを使ってあの子の連れて行く先に行って欲しいんだ」
「別物だからって事故が起きることに変わりはないだろ!」
「ううん、違うの。ユエなら事故を避けられると思うんだ。だって事故は『この世の法則から外れてない』」
月華は、その時ようやく、兎乃の意図を完全に理解した。
兎乃自身が幻覚を追う、レーダーの役割になる。
だがそのレーダーが動けば、死の制裁が発動する。事故という偶然をもって。
そして兎乃にそれを避けるすべはない。『兎乃では』事故を避ける力や判断力はない。
でも、月華は違う。月華なら常人には避けられない事故を回避できるかもしれない。
だから、月華に兎乃の命を預ける――いや、それも正確じゃない。
『二人で生き残るために、ユエの命を頂戴』と、兎乃はそう言っているのだ。
馬鹿げている。月華の理性がそう即座に判断する。
今この時点で兎乃はAFに取り込まれていると考え、無力化して撤退するべきだ。
そう思ったその時、瞼を閉じたままの兎乃が、こんな状況なのにどこか嬉しそうな声で言った。
「お願い。こんなこと頼めるの、ユエしかいないんだ」
期待と信頼と尊敬が混じった感情的な声。
でもその中に、確かに兎乃の理性もあることを、月華は本能的に理解した。
「……上等だ。いいぜ、向かう先が天国だろうと地獄だろうと最後まで付き合ってやる。あたしはお前のバディだからな。やるぞ、マイスイートラビット」
だから月華は諦めて、自分もバディを信じようと決めた。
兎乃が自分にそうしたように。
毎日20:30に更新予定です。
明日は第10話を投稿いたします。




